第五十九話『路地裏の落涙とモノローグ。』
本日投稿の、
4話目になります!
今日も読んでくれた皆さん、
ありがとうございましたー!!
◆
「びぇぇぇぇえええええええんッッッ!!!!
スイがぁ……!!
スイがぶったぁぁぁぁぁぁぁ!!!!
思いっ切りぶったぁぁぁぁぁ!!!!
びぇぇぇぇえええええええん!!!!」
大声で泣きじゃくるシャオの手を引っ張って、
スイは、人気の無い路地を歩いていた。
「まったく……。
君が調子に乗るからいけないんだよ?」
「ごべんなざぃぃぃぃいい!!!
びぃえええぇぇぇ!!!」
「やれやれ……。
何事かと思われるから……。
そんなに大きな声で泣かないで?」
「だってぇぇぇぇぇ!!
スイが怒ったぁぁぁぁあ!!」
「もう怒ってないから」
ルーファンで、シャオは有名人だ。
『白銀』が泣きながら、
女と手を繋いでいた。
って、噂になるぞ。
と、スイは思っていた。
スイが溜め息をついて、背伸びをした。
少し休みたかったが、
シャオがこの調子では、
何処か店に入る事も出来ないので、
座れて、シャオを落ち着かせる事の出来る場所を探していた。
「ううう………。えぐっ……。えぐっ……」
「落ち着いた?」
「うううううう………。ひっく……。ひっく………」
「リクたちは何処へ行ったんだろう?
迷っているのかな。
この都は広いし、人も多い」
シャオは返事をせずに、まだ泣き続けていた。
「はぁ………。
行儀が悪いけど、そこの辺りで、
適当に座って休んでもいいかな?」
「ううう……。
えぐっ……。
えぐっ……。うん……。
スイ……。ごめんなさい……。
私が泣き止まないから……。でも……。
涙が……、どうしても止まらなくて……。ううううう」
「いいよ。
もう少し落ち着いたら、何処か、お店に入ろう」
「うん……。ひっく……。ひっく……」
スイはシャオと一緒に、
建物を背にして地べたに座り込んだ。
冷たくて固い地面だったが、
座る瞬間にスイは心地よさを感じて少しホッとした。
(やれやれ。
やっぱりルーファンは都会だな。
少し疲れちゃったな)
リクとロロは、
ユンタも一緒に居るし、
心配はしなくてもいいだろう。
スイはそう思って、少しだけ瞼を閉じた。
◆◆
「誰?その子」
猫の耳を頭からちょこんと生やした、
赤い髪の女の子がそう言っている。
とても綺麗な、
瑠璃色の瞳を、
幼いわたしに向けて。
今よりも髪が長い。
わたしが、初めて出逢った時のユンタだ。
「僕の娘だよ」
得意気に、
ユンタにそう言ったのはコトハさんだ。
わたしと手を繋いでいるコトハさんは、
未だ、出逢ったばかりの頃で、
今の私よりも年下の女の子だった。
「はぁ?
娘ー?コトハ結婚してたん?いつ?
てか妊娠なんてしてなかったじゃん?」
「冗談だよ。
結婚もしていない。
まだ僕は十五になったばかりだよ?
彼女はね、スイというんだ。
僕がつけた名前だ。
いい名前だろう?
僕と血の繋がりは無いけれど、僕の家族になったんだよ」
「あんたが名前つけたって……。
孤児の子を引き取ったってこと?」
「そうだよ」
「はぁー……。
コトハ。
あんた、ちゃんと育てれんの?
ウチに、相談くらいしてくれても良かったじゃん」
「スイが家に来た日に、
ユンタはウィソにいなかったから」
「はぁー……。
まーーそーなんだけど」
「スイはね、
すごく頭の良い子だし、おりこうさんだ」
「そーなん?
てか。
この子全然喋んないね?」
「恥ずかしがり屋さんなんだよ。
スイ。この子はね、ユンタって言うんだよ。
僕の一番の友達だ」
「やほ。ユンタだよ。よろしくね」
わたしは、何も言わずにじっとユンタを見ている。
「怖がってるんかな?」
「スイ?
挨拶はしなくちゃいけないよ?」
「年齢はいくつ?」
ユンタが腰を屈めて、
わたしと目線を合わせてくれた。
指を伸ばして、
手のひらをユンタに突き出して、
わたしは言った。
「五歳」
「おーえらい。
ちゃんと言えたねー」
ユンタが優しく頭を撫でてくれた。
「よく見たらすげー可愛い顔してるね?この子」
「そうだろう?
瞳の色もすごく綺麗だ。
君たちの世界の人は美男美女が多いね」
「この子、何処にいたん?」
「僕の家の近くに、
老夫婦がやっている小さな商店があるだろう?
あそこの店先で、林檎を齧っていたんだ」
「はぁ?林檎?」
「お腹が空いていたらしくてね。
店の前に突っ立っていて、
あんまりにもお腹の虫を鳴らすものだから、
見かねた老夫婦が、
この子に食べさせてやったんだ。
でも、
渡せばいくらでも食べてしまうから、
放っておくことも出来ずに困った老夫婦が、
通りがかった僕に声をかけてきたんだ」
「なんだよそりゃ。孤児院から抜け出して来ちゃったのかね?」
「さあね。スイに聞いても教えてくれないから」
「問い合わせてみよーか?」
「いや。いいよ、ありがとう。
きっと戻りたくない理由があるんだろう。
もう一緒に暮らしているし、僕の家に居たら良いと思う」
「えー。なんか心配だな……。
えーと…スイ?
スイはどっから来たの?」
「………」
「ほらね。教えたくないのさ」
「……わからない」
「ん?」
「教えたくないんじゃ無くて、
わからないから答えられない」
「ほう」
「急にどっかから現れて、林檎を食べてたのかよ?
まさかこの子、転移者か?」
「うーん。
こんなに綺麗な金色の瞳をした日本人は、
いないと思うんだがねぇ。
この世界の、何処かから転移してきたんだろうか?」
「ここに来る前の事は憶えてない。
精霊と一緒にいたのは憶えてるけど……」
「精霊と?」
「ああ。
スイにはおそらく、
強い精霊魔法のスキルが有るんだろうね。
四六時中、この子の周りを精霊たちがうろうろしている」
わたしは同意するように頷いていた。
「それ、ほんとに大丈夫なのかよ?
この歳で、スキル付与もしてなくて、
精霊の声が聞こえてるとしたら相当なもんだよ?
早いとこスキル鑑定に行ったほうが良くない?」
「そうだね。その事も相談に来たんだ」
「他にもあんの?」
「うん。
スイの服を選ぶのについてきて欲しい。
僕の服を着せてはいるんだけれど、
どう考えても大きすぎるんだ。
僕はファッションの事はさっぱりだから、
おしゃれなユンタが選んであげてほしい」
「どーりで服ブカブカなのか。
そりゃいーけど……」
「とびきり可愛いやつにしてくれよ?」
「あんた……。
いっつも同じような服着てるくせに」
「だって見てごらん?
スイはこんなにも可愛いんだよ?
僕の野暮ったいセンスの服を、いつまでも着せてられないよ」
「はいはい。
それとさ……。
コトハ、『スイ』って、意味わかっててつけたの?」
「ああ、ヤンマにも言われた。
僕は、その意味を知らなかったからヤンマに教えてもらったよ。でも、僕がつけた理由はその意味とは全然違う。
だから良いんだ」
「なに?その理由って?」
「だって、『スイ』って、響きがとても素敵じゃないか。
この子にぴったりだ」
「………あんた、やっぱり変わってるねーーー」
「そうかな?
それよりも早く服屋さんに行こう。
それと悪いんだけれど、少しお金を貸してもらえるかな?」
「行く末がすげーーー心配になるんだけど!!」
「仕方ないじゃないか。
二人で眠れる大きさのベッドや、
その他の日用品をいろいろ買ったりしていたら、
お金が無くなってしまったんだ」
「ほんとに、これから二人で暮らしてけるんか……?」
「なんとかなるさ。
ユンタとヤンマがいるし」
「めっちゃ他力本願じゃんーー……!」
「よし、行こうスイ。
君もユンタにお礼をちゃんと言うんだよ?」
「わかった。ユンタ。ありがとう」
「…………………どーいたしまして」
短くぶっきらぼうな言葉だったが、
ユンタは、
わたしの頭を愛おしそうに優しく撫でてくれていた。
わたしは自分で思っているよりも、
記憶力が良いのかも知れない。
幼い頃に傍で聞いていた、
コトハさんとユンタの会話を、
こんなにも鮮明に思い出すことが出来る。
そうだ。
それからユンタはよく遊びに来てくれたんだ。
色々なところへ連れて行ってくれたり、
美味しいものを食べさせてくれたりもした。
幼いわたしを、
ユンタはものすごく可愛がってくれていた。
わたしは、
その事を全部思い出す事が出来る。
ユンタが、
わたしを褒めたり慰めてくれたりする時に、
優しく頭を撫でてくれた感触も。
その時の、ユンタの優しい表情を。
そして、
今見ている光景が夢だということに、
わたしは気づいていた。
夢の中で、
昔の記憶が再生される事は、
こんなによ頻発して起こることなのだろうか?
わたしは、
こんなにも夢をよく見る方だっただろうか?
これは、
何かの前触れなのかも知れない。
良いものか悪いものかは、
わたしには判別がつけられないけど、
コトハさんの姿を見る事が出来るのは、とても嬉しい。
たとえ夢の中だとしても。
この時のコトハさんはまだ十五歳。
この世界とは異なる世界から来た女の子が、
突然、目の前に現れた、
わたしを育てると決めてくれたんだ。
たったの十五歳で。
わたしは、
コトハさんと、ユンタの昔の姿を見ていると、
懐かしい気持ちで一杯になって、
ぶわっと、
こみ上げてくるものあったけど、
それを我慢すると、
今度は自然と口元が弛んでしまった。
数えきれないくらいの、
たくさんの思い出を私はもらっている。
まだまだ幾らでも思い出せる。
わたしは確かに幸せだったんだ。
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