第五十四話『追憶と夢のつづき。』
本日投稿の、
3話目になります!!
◆
未だ、
夢から醒める事は無く、
わたしは再び、
幼いわたしと、コトハさんの居る、
景色の良い丘の上で、
二人の事を眺めていた。
コトハさんが、
わたし達の住んでいた区画の辺りを指差している。
「あ!あれは僕達の家じゃないかな?」
「どれ?」
「ほら!
あの青い屋根の!
方角も合ってるし、絶対にそうだ!」
「全然見えない」
「王宮から、あんなにも離れているんだね」
「よく見えるね?僕には全然わからない」
「僕は、あの家が大好きだからね」
「そうなの?」
「あの家には、
スイが居て、
ヤンマが居て、
たまにユンタが遊びに来る。
自慢じゃないが僕にはどうやら、
この世界に来るまで、
友達と呼べるような存在がいなかった様だからね」
「そう言ってたね」
「こんなにも、
自分の周りが賑やかなのは、
初めてなんだ。
とても幸せな事だと思う」
「そうなんだ。
コトハさんが喜んでくれているなら、
僕も嬉しいな」
「ふふ。
僕のところに来てくれてありがとう、スイ」
「どういたしまして」
「そろそろ帰ろうか。
お腹が空いたから僕を迎えに来たんだろう?
長話をして悪かったね。
僕はスイと話をするのが好きなんだ」
「いいよ。
でもお腹は本当に空いてる……。
それに、勝手に出てきたから、
ヤンマが怒って、
探しに来てるかも知れないね」
「いいさ。
一緒に叱られてあげるから。
それよりスイ。
帰りにお菓子屋さんに寄って帰ろう。
君にチョコを買ってあげる」
「……え!?!?
チョコ……?チョコレート!?
なんで!?
今日は僕の誕生日なのかい!?」
「君の誕生日はまだ先だ。
もっと寒い時期だっただろう?」
「なんで!?
なんで誕生日でも無いのに!?
なんでチョコレートを買ってくれるんだい!?
た……、誕生日に僕がお願いしても、
あまり買ってくれないじゃないか!!?」
「あはは。
この世界じゃチョコはえらく高級品だからなぁ」
「そうだよ!
ウチは貧乏だ!!
っていつも言うじゃないか!?」
「今日は何だか無性に、
僕の大切な愛する娘であり、
妹であり、
友人でもある、
君に贈り物をしたくなったのさ」
「わ……。わわわ……。
うわぁぁぁぁぁぁぁあああ?!?」
「あはは。
そんなに喜んでくれるなんて。
君は当にプレゼントの贈り甲斐があるなぁ」
「い……!
行こう!
コトハさん!
早く行こう!!?」
「はいはい。
ヤンマには内緒だよ?」
◆◆
────わたしは憶えている。
流れていく雲が、
落としていった影の形でさえも、
風が吹いて揺れて香った、
草花の清々しい香りも、
夕暮れの街を走りながら繋いだ、
コトハさんの白くて綺麗な手も、
買って貰ったチョコレートを、
とても大事に食べたことも、
その、甘くて頬が落ちそうな美味しさも、
胸の中が一杯になりそうな、
心が踊る甘い匂いも、
口の端にチョコレートをつけたわたしを見て、
可笑しそうに笑っていた、
コトハさんのことも。
気づけば、
わたしの眼からは、
たくさんの涙が零れていた。
おかげで、
視界がぼやけて、
何も見えない程になってしまった。
わたしは子供の時のように、
声を出して泣いた。
そんな風に泣いたのは、
本当にいつ以来だったか、わからなかった。
おそらくこの日は、
チョコレートを買って貰ったこと以外は、
わたしとコトハさんが過ごしていた、
いつもの日常と大差ない日だった筈だ。
それでも。
あの人が居ただけで、
こんなにも優しく時間が流れていたのだ。
わたしは、そう思うと涙が止まらなかった。
前後して見せられた、
コトハさんとヤンマの言い合いは、
この日では無く、別の日だった筈だ。
コトハさんは、
きっとあの日の事を、
あの丘の上で、
ひとりで考えていたのだ。
わたしのこと。
ヤンマのこと。
ユンタのこと。
────そしてわたしは思い出していた。
この日から、
ちょうど一年後に、
コトハさんは旅に出たのだ。
わたしとヤンマを、
コトハさんが大好きだと言っていた家に残して。
それから、
もう、七年も経ってしまっていた。
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