第四十九話『いつの間にか夜明けは近づいている。』
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「さて」
スイは、
シャオの腕をほどく事を諦めて、
ゴアグラインドの倒れた姿を、
確認する様に見た。
─もう、立ち上がる事は出来ないだろう。
そして、
森の奥の方に視線を送り、
そこに居るであろう人物に声をかけた。
「イェン。出てきなよ」
「終わりましたかね?
しかし、
凄まじい手練ですね。
流石、イファルの白銀。
打撃が迅すぎて、全く見えませんでした」
「……誰ですか?あの男」
シャオが鼻を啜りながら、
スイに抱きつく力を強め、
静かに闘気を放ちながら、
イェンを威嚇した。
「心配しなくても大丈夫だよ。
彼は、通りすがりの腕の悪いスパイだ」
「スパイですか?」
「そう。
スパイと言って良いのか、わからないくらいに、
お粗末な仕事ぶりだったけれどね」
「……あの……、
もうちょっと柔らかい表現は無かったですかね?」
「事実でしょ?」
スイは不思議そうな顔をして、
イェンに返事した。
「……まぁ、
それはいいです」
イェンは諦めてそう言った。
「君に頼みたい事があるんだ」
「なんでしょうか?」
「村人達の居場所を探すのに、協力して欲しいんだ」
「え?な……なんで僕が……?」
「だって、
ゴアグラインドは口が利ける様な状態じゃないし、
わたしも魔力がほとんど残ってない。
君も探索する魔法は使えるだろう?
それなら、
君が魔法を使うべきだし、
こんな状況になってしまったのは、
君の監督不行き届きじゃないかな?」
スイは当然だと言わんばかりに、そう言い放った。
「か……監督不行き届き?
あの……、
僕は別に、
この人たちの上司では無いんですよ?」
半ば呆れた様にイェンがそう言った。
「形式上そうでないとしても、
事実、
君が指示を伝えていて、
二人よりも実力が上だった訳だし、
上役を担うのは当然だろう?」
スイは全く動じずにハッキリとそう述べた。
「僕には全然……、
それが、当然の事の様には思えないんですが……」
イェンは困った様に、頭を搔いて見せた。
「あのさ、
さっきも言ったけど、理解する必要は無いんだ。
君だって、雨が降ったら傘を差すんじゃないかな?
そのくらいに、自然だと云う事なんだよ」
「……すみません……。何を仰っているのか……」
イェンは完全に困惑しきっていた。
「??」
困惑するイェンを、スイはきょとんとした顔をして眺めていた。
「あんな、
めちゃくちゃな言いがかり聞くわけないだろ……。
喩え話も、意味わかんねー……。
何で、その喩えチョイスした?」
リクは呆気にとられていた。
◆◆
「……あの……。
だからですね……、
よく分からない理屈を、
そんなに堂々と言われてもですね……」
イェンが、
しどろもどろになりながら、
そう言って、
スイに苦言を呈していたが、
それに対してスイはお構い無しで、
挙句の果てには、
首を傾げながら、
「何をワガママを言っているんだこいつは?」
と云う態度を、あからさまにしていた。
「参ったな……。
こんなにも頑固者だとは……」
「え!? 僕がですか……?
でも、貴女の言っていることを理解出来ないと、
僕は承諾が出来無くないですか?」
「君が理解出来ない事と、
わたしが自分の理屈を通す事と、
君が協力を承諾する事は、
別の話じゃないかな?」
「べ……、別の話にはならないでしょう!?」
「よーし。
それならこうしよう。
君は一旦、
わたしの理屈を忘れて構わない。
その代わり、
君はわたしのお願いを聞く。
それで、どうだろう?」
「言っていることが、全然自分の中に入って来ないのですが……」
「スイの言う通りです」
相変わらず、
スイに抱きついたままの、
シャオが合いの手を入れるように同調した。
「私は、
途中から来たので、
経緯はサッパリですけど、
絶対にスイの言う事が正しいと思います!!」
シャオが自信に満ち溢れた表情でそう言い切った。
「今の話を聞いて、どうして、
そう思えるんですか……?」
「ありがとうシャオ。
でも、そんなにくっついてると少し動きづらいかな」
スイがそう言ってシャオに微笑んだ。
「ヒィィャァァァァァァァァァァーーーーーーッッッ!!
何なんスかぁぁぁぁーーーッッ!!?
もう、王子様じゃないッスかーーー?!」
ロロが顔を真っ赤にして叫んだ。
「ちょ……、
ちょっと待ってください……。
なんだか頭がおかしくなりそうで……」
「イェン。
時には、理解を超えたところに、
本当の真理が転がっている事も有るかも知れないよ?
少し休む?
でも残念だけど、
もう夜も明けてしまうし、
そんなに長くは休ませてあげられないかも知れない。
こう見えて、わたしたちも急いでいるんだ」
「………いえ……。結構です。
わかりました。
もう、僕もいい加減帰りたくなって来たので、
協力します……。
もうこの話は終わりにしましょう……」
イェンは諦めた。
そして、
この女は少し頭のネジが飛んでいるんでは無いか、
と云う疑念が産まれていた。
「ありがとう」
スイがニッコリと笑ってイェンに礼を言った。
「……どういたしまして……」
イェンはすっかり疲れ果ててしまい、小さな声で応えた。
そしてイェンの広範囲に及ぶ、
探索する魔法で、
森中をくまなく捜した結果、
木々に隠された様な場所に、
地下に続いている洞窟が見つかり、
その中に人の気配がする、
とイェンが伝えた。
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