第四十七話『とどめを派手にすると云う事。』
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ゴアグラインドはリクに対して、
臆病で弱く、自分に怯えていて、
踏みにじられて虐げられる
矮小な存在だと云う、
勝手な認識を抱いていた。
そのリクがこの状況で、
攻撃を仕掛けて来たのだ、
伏兵を見逃してしまっていたと云う事実が、
ゴアグラインドの思考を激しく乱れさせ、
掻い潜らせてしまう隙を、
与えてしまった。
そして、スキルの発動と共に、
リクから発せられた光を、
まともに正面から見てしまった事に依って、
眼は眩んでしまい、
ほんの数秒の間、奪われた視界が、
彼を更に混乱へと陥いれてしまった。
(糞ッッッッ!! 何だ!!?
何しやがったんだ、あのガキ……!!)
その刹那に、
ゴアグラインドの呪縛魔法の、
身体を磨り潰されてしまいそうな重圧が、
ほんの僅かにだが、軽減されていた。
──ロロの呪歌で、
一度強化された魔法への抵抗力は、
その僅かな軽減が有れば、
身体の自由を取り戻すのに対して充分なモノだった。
ゴアグラインドが、
視界の映像を取り戻した瞬間の光景は、
スイが攻撃魔法を撃つ為に、詠唱を行い、
弓矢を放つ体勢を、
ゴアグラインドに向けて、構えているものだった。
(畜生……!!
喰らうか!!
喰らってたまるか!!)
攻撃を、ほぼ無効化出来る、
自分の空間魔法を発動出来れば、
この最悪の状況での反撃を回避出来る。
ゴアグラインドはそう考えた。
(まだだ!!
まだ敗けちゃいねえ!!)
──『雷光の弩!!!』
──『奇術師の異空間!!!』
スイの攻撃魔法と、
時間差の無いタイミングで、
ゴアグラインドは自分の魔法を発動させる事が出来た。
(勝った!!!
おめえの魔法は届かねえよ!!
俺の勝ちだ!!!)
安堵と歓喜が、
張りつめた神経を、ドロドロに溶かして行く様に、
ゴアグラインドを恍惚とした絶頂へと、
誘ってしまいそうであった。
しかし、
ゴアグラインドの確信と事実の間には、
とてつもなく大きな隔たりが有った。
発動した筈の空間魔法は、
スイの攻撃魔法を無効化する事無く、
ゴアグラインドが驚く間も無く、
次の瞬間には、あっさりと胸を撃ち抜かれていた。
青白く光る雷の矢が、
ゴアグラインドを貫くと、
脳天まで届く強烈な痛みが気を失わせ、
身体は凄まじい痙攣を起こし、崩れて行く様に、
彼は地面に突っ伏して倒れて行った。
「ハァ……、ハァ……」
スイはその場に座り込み、
もう一歩も動けないと云った様子で、
懸命に呼吸を整えようとしていた。
「お……おい!
だ……大丈夫か!?」
──『スキルの獲得に失敗しました』
心配そうにスイに駆け寄ったリクの頭の中で、
そう告げる声が聞こえた。
「へ……!? 失敗……?」
「すげーーじゃん!
リクっちーー。
やる時ゃ、出来るタイプかーー?」
「リク君すごいッス!!
ゴアグラインドさん完全に油断させたッスもんね!!
かっこいいッス!!」
「い……いや……」
「お手柄だよ……。リク」
まさか、スキルの発動に失敗していたとは、
リクはとても言い出せない雰囲気であった。
(何か……。何か違う!!!
満を持した感じで、めっちゃかっこ良くキメたのに、
効いて無かった……。
スキル効いて無かったんかいーー!!!)
そう思いながら、三人に囲まれて、
リクは、何か隠し事をしている居心地の悪さと、
壮大な誤解を招いてしまった後悔とで、
気恥ずかしい思いで頭を一杯にさせていた。
─その時。
───「汚れと背徳の理を……、
我に与え賜た……、嘘偽りと外道の王よ……」
消え入りそうに掠れた、
その声は、
倒れている筈の、ゴアグラインドの詠唱の声だった。
「マジかよーー?
しぶとすぎんだろーー!」
「へっへっへっ……。
魔力が分散しちまってたみてえだなぁ……?
死んじまったかと思ったが、
仕留め損なったなぁ?」
スイは舌打ちをして、
魔法の詠唱を始めたが、
ゴアグラインドの指摘通りに、
疲労で魔力が分散してしまい、
魔法の発動が大幅に遅れてしまった。
──『奇術師の大罠!!』
ゴアグラインドの放った魔法は、
先程までのモノとは違い、
空間を捻って切り裂いた様な大穴を開け、
その入り口が、スイ達を呑み込む様に引力を発生させると、
抗う事も儘ならず、
身体は塵の様に吸い寄せられて行った。
「コ……コレ…マジでヤバいんじゃないか!!?」
「ひ……引っ張られるッス!!」
「動けねーーーー」
「別の場所へ飛ばす魔法じゃねぇからよ……!
空間と空間の転移の間に、
強制的に飛ばす魔法だ。
中に吸い込まれちまったら、
肉体は存在する事が出来なくなるからよ、
バラバラになっちまうんだ!
おめえら、もう終わりだ!!
くたばりやがれ!!」
ゴアグラインドがそう叫んだ瞬間だった。
白い光にしか見えない物体が、
その残像を残したまま、
凄まじい速度でゴアグラインドに衝突していった。
「…………おッッッ?!?!
げぇぇぇぇぇェェッッッ?!?!」
ゴアグラインドは何が起きたのか全く判らず、
目眩と共に、自分の下腹部に激しい痛みを感じ、
それが、
自分の腹に、めりこむ程に打ち込まれた拳だと、
ようやく認識した時には、
横っ面に、
二発目の拳を叩き込まれていた。
「…………ッッッッッッッッッ?!?!?!!?」
ゴアグラインドは激しく殴り飛ばされ、
受け身を取る事も出来ずに、地面に叩きつけられた。
「………ゼェーーー……、ゼェーーー………。
て……てめえ………!!
誰だこの野郎………ッッッ?!!」
ゴアグラインドがヨロヨロと立ち上がりながら、
自分を殴打した存在を確認すると、
其処には銀髪の美しい女が一人、
憤怒の形相を露にゴアグラインドを睨みつけていた。
「……我が名はイファルの刃、
『白銀』のシャオ!!!」
その響きだけで、
ゴアグラインドを圧倒し、
怯ませる程に大きく、
凛とした声だった。
「そして……、
私が世界一愛する女性……、
世界に降り立った奇跡……、
この国に咲き誇る美しき花の妖精にして、
ウクルク最強の精霊術師……、
スイのお嫁さんになる女!!!!」
鋭い鋲の付いた、
鋼の手甲を装備したシャオが腰を落とし、
体勢を低く構えて、
風を切り裂く様な音を立てながら右ストレートを放った。
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