第四十三話『仕掛け。』
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「貴方が居ると、
少し面倒ですからね」
イェンは投げやりに、そう言い捨てると、
ゴアグラインドに施した術式を解いた。
「ヴォぇぇぇッッッ?!!
ゲホッ!?
ウォェッッッ!!」
ゴアグラインドは激しく嘔吐し始め、
口からは女神の痕跡が吐き出された。
小さな破片の綺麗な色が、どんどんと黒ずんでいき、
最後には音を立てて割れて崩れていった。
「あーあ。
勿体無いことをした。
せっかく力を与えてやってもクズはクズですね」
イェンはつまらなさそうに言った。
「女神の痕跡を喰わせて、
無理矢理に力を与えるなんて、
ひどい事をするもんだね」
「でもダメでしたけどね。
貴女には力及ばずでした」
「随分と人でなしだ。
この男のことは嫌いだけど同情を禁じ得ない」
「このぐらいが妥当でしょう?」
「でめぇぇぇ……!!
イェン……!!!
殺す……!!
殺してやる……!!」
ゴアグラインドが怒りと、
吐瀉物にまみれながらイェンを睨みつけた。
「ダークエルフの隠れ里からも、
摘み出されている厄介者です。
死んでも誰も困らない」
「……傲慢なる悪鬼よ。民草を食い荒らす卑しき執政者よ……」
ゴアグラインドが詠唱を始めたが、先程までの速さは無かった。
「やれやれ……」
イェンはそう言うと片手で複雑な印を結んだ。
「ガッッッ?!!ゲボッ?!!!」
ゴアグラインドの詠唱が止まり、
苦しそうに、
喉を押さえてもがき始めた。
「僕が、さっき一緒に食わせたモノに、
気づかなかったみたいですね?
あなたの身体の中には、
僕の魔力に反応する呪印を仕込んでおきました。
彼女たちに勝てなかった時に、
僕に八つ当たりされても困るかと思って仕込んだんですが、
やっぱり役に立ちましたね?」
ゴアグラインドは激しく咳き込み、
悶えて、大量に血を吐き出した。
「さようなら、ゴアグラインドさん」
イェンが手で組んだ印の形を変えようとした時、
歌声が聴こえてきた。
「♪セイレーンの高らかな声に合わせ
バンシーは清き愛を叫ぶ
船乗りたちは皆笑い
迷える船路に光差す
竪琴よ鳴れ
歌声よ響け!!」
───『混沌に光差すカノン!!!』
ロロが美しい和音の旋律を奏で、
荘厳な雰囲気の呪歌を歌うと、
ゴアグラインドに光が差し、
彼の激しい吐血は、あっという間に止まった。
「……理解に苦しみますね」
イェンがロロの方に視線を向けた。
「あの……!!
ずみまぜんげど……!!
まだぞの人に死んでもらっぢゃ、困るんズよ……!!」
ロロがイェンにそう言い放った。
唇の端には少し血が滲んでいる。
「あんだ……。
ざっぎがら……なんなんズが……!?
勝手に話進めないで欲しいッズ!!
村の皆を返じてもらうのが先ッズ!!」
ロロは息切れをしながらも、
激しく強い口調でイェンに言った。
「それは僕に言われても……」
「そうだそうだーーー。
仲間割れ?
とか正直、勝手にやってろなんだけど、
この子の村の人たち先に返せや。
ロロ子。ほんとにチョット休んでな?
ごめんね?
ウチが頼り無くて、
無茶させちゃった」
ユンタが、
ロロを庇う様に立ちはだかり、
イェンに睨みを利かせた。
「ユンダぢゃん……。
ぢ、違うんズよ?
ユンダぢゃんが、頼りないどが、
ぞんな事、どんでもなぐで……。
みんなが、頑張っでぐれだのを、
あの人に水差ざざれぢゃうんだと思っだら、
なんが、自分、柄じゃないんズげど……。
頭に血が昇っぢゃっで……。
ヂョッド、
張り切り過ぎぢゃっだっでいうが……」
ロロが慌ててユンタに弁明した。
ガラガラになった声で、
懸命に自分の気持ちを伝えるロロのことが、
ユンタはたまらなく愛おしくなった。
「ロロ子ぉーーーーーー!!」
ユンタはそう叫ぶとロロに抱きついて頬擦りをした。
ロロは一瞬驚いた顔をしたが、
その後は照れながらも嬉しそうに、
ユンタのされるがままにしていた。
「ロロの言う通りだね。
わたしもやり過ぎてしまって、
とても反省しているんだ」
スイが申し訳なさそうにロロに謝った。
「ロロ。ごめんなさい」
「あ、謝んないでぐだざいッズ!
……自分の代わりに皆が戦っでぐれでるのに……。
余計なごどじで……、
自分の方ごぞごめんなさいッズ!!」
「えーと………。それで僕は一体どうしたら……?
まさか皆さんで僕を倒すとか言い出しませんよね?
それは止めておいた方が良いと思いますけど……」
「バーーーカ。
やんねーーーよ。
ウチらボロボロだし、
おめーが、
このクズ殺さなかったら、
そこで話終わりだろーーー」
「良かった。
それならそうしましょうか。
僕としてはこの男の生死は本当にどっちでも構わないので」
イェンは本当にどちらでも良いのだろう。
とても簡潔で、
あっさりとした物言いだった。
それよりも戦闘を避けられそうで、
それを聞いていたリクは安堵していた。
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