第四十話『得体の知れない魔法。』
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「クソがぁぁぁぁぁ!!!」
ゴアグラインドは、もはや呪縛魔法が効かないと解ると、
再び奇術師の異空間を発動させようと詠唱を始めた。
魔法の同時発動の出来ないゴアグラインドが、
呪縛魔法を発動する前に、奇術師の異空間を解除していた事を、
スイは見逃していなかった。
「トリッキーな魔法を使う割に、器用では無かったみたいだね」
詠唱を終えた、スイの魔法が発動した。
「黙れ!!! 黙れ黙れ黙れ黙れ!!!!」
ゴアグラインドは焦りの余り、
僅かに魔法が発動するタイミングを見誤り、
ズレてしまった事に気づかなかった。
───『消し飛べ』
スイが短く言葉を発すると、
ゴアグラインドの左腕は、千切れる様にして消し飛んだ。
「…………?!?!?!
ガァァァァァァッ?!?!」
自分の腕が千切れた痛みで、
ゴアグラインドは発狂しそうなほどに、激しく混乱した。
(嘘だ嘘だ嘘だ……!!?
俺に攻撃が届く筈が無ぇのに?!!
何でだ……?!!)
「ゴアグラインドさん!
一旦、魔法を使うのは諦めて、スイとの距離を空けてください」
「糞ッッッ! 糞ッッッ!!
イェン!!! どうなってんだ!!?」
「判りませんね。
とにかくその腕では、最早戦うのは無理でしょう。
死にたく無ければ、邪魔なので退いて下さい」
イェンは広範囲の攻撃魔法を放つつもりだった。
ゴアグラインドを巻き添えにしてしまうかも知れないので、
忠告はした。
(まあ。
もう観測の結果は充分だろう。出来たら、
副作用で、どうなってしまうかまでは見ておきたかったけど、
スイの魔法は僕の知らないモノだ。
絶対に危険だ)
スイの金色の瞳の奥に、得体の知れない何かが、
揺らめきながら、潜んでいる事に、
イェンは声を詰まらせ、詠唱を中断する程に、
激しい恐怖を覚えた。
(逃げなければ)
イェンはそう考え、離脱を図ろうとした。
魔力を分散させない為に、分身では無く本体で来てしまった事を、後悔していた。
───『動くな』
スイが鋭く言葉を発すると、
イェンは身体を動かす事を、禁じられ、
その場に縫い付けられてしまったかの様に、
動けなくなってしまった。
(何だコレは!!? 本当に精霊魔法なのか!!?)
「下等なゴミどもがぁぁぁ!!」
ゴアグラインドが、腕を抑えながら、
痛みに踠いても尚、まだ魔法を放とうとしていた。
しかし、痛みで魔力を練る事に集中出来ず、
連発した魔法のお陰で、魔力も残り僅かになっていた。
「はぁ………。まだやるのかい?
空間系の魔法は消耗が激し過ぎて、
供給が追いつかなかったのだろうね。
もう君に勝ち目は無いと思うな」
そして、スイが間を置いて、続けて言った。
まるで眠りにつく誰かに、
羊の数でも数えてやっているような、
穏やかで優しい声だった。
「君が降伏して村人達を解放するなら、これ以上は攻撃しない。君がまだ抵抗するなら、それはそれで仕方がない。
君が死んだ後に村人達の行方を探すのは、
少し大変かも知れないけど」
それを聞いたリクは、
胸がひどく締め付けられるように感じた。
声は穏やかだったが、スイの表情はとても暗く、
顔は血の気が引き、すっかり青ざめてしまっている様に思えた。
止めなければいけない、リクは咄嗟に声をあげた。
「お、おい!!
もういいんじゃねえか?もうコイツ戦えそうに無くね…?」
「わかってるよ。だから彼に判断を委ねている」
「も、もうやめとけよ……?お前、殺したりはしたくねぇんだろ?」
「そんなことしたいわけがないよ。
リク。大丈夫だから落ち着いて」
「だ、だったらさ……。
俺……見たくねえんだけど…。お前がそんなことするところ……」
「そうだね。私も出来たら、そうしたい。
どうかな?ゴアグラインド。君はどうしたい?」
ゴアグラインドはゼェゼェと息を吐きながら、
痛みを必死に堪えていた。
そして、彼は一縷の望みを託して、
振り絞って声をあげた。
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