第四話『転移する人々、精霊魔法。』
◆
「あー面白かった。いや笑ってしまって気分を悪くしたらすまないね。悪気は無いんだよ。ただ、あんまりにも君が不細工に笑うものだからつられてしまったんだ。無理に笑う必要なんてないんだから可笑しくてね」
“え?なにこの人……?初対面なのにめっちゃ失礼ッッッ!!しかも絶対悪いって思ってないだろ!!?”
リクは目を見開き、驚愕した表情で少女で見ていたが、少女は言葉とは裏腹に悪びれる様子もなくニヤニヤとして意地悪そうにリクをしげしげと眺めていた。
「しかし見れば見るほど目はまん丸だし鼻は高くないし、子どもみたいな顔をしてるなぁ」
“なに!?なにコイツ!?マジむかつくんだが!!”
「冗談はこのくらいにして。君。立てるかい?君には少し聞かないといけないことがあるんだけど喋れそう?」
“冗談てなんだよ!??いきなり人の見た目めっちゃディスッといて話替えちゃったよ!?俺コイツ嫌い!!!泣”
リクは涙目になりながら抗議するように少女を睨み付けた。
少女は少し肩をすくめるような仕草をしてこう言った。
「まだ動けないみたいだね。苦しんでいる相手に失礼なことを言ってしまったな。笑ってしまったお詫びにならないかもだけど」
少女はゆっくりとリクの肩に手を置くと目を瞑って手のひらに力を込めた。
「万象を司りし親愛なる精霊よ、偉大なる大気と大地の祖霊よ、我らが結びたる契約という名の友愛のもとに、この者に清浄なる循環を与え、脆弱なる生命の行き先に光を指し示し標したまえ」
少女がそう詠唱すると彼女の周りを光の粒のようなものが発光しながら漂い出して、リクの身体も一瞬光に包まれた。眩しさの感じない暖かくて柔らかな光だった。
───『精霊による生命の息吹』
少女が詠唱を終えた瞬間、リクは身体中に鉄の杭を打ち込まれたような重苦しさが徐々に解きほぐされて楽になっていくのを感じていた。
「な…なんだこれ??身体が楽になってく……。か、回復魔法なのか??」
少女は少し楽しそうに笑いながら得意げに返事をした。
「フフン。そんなに大それたものじゃあないさ。楽になったと感じるのは君の身体が調子を戻そうと頑張ったってことだね」
「すげぇ……。ほんとに魔法とかがある世界なんだ……」
「まぁ君の居た世界とは少しだけ勝手も違うと思うよ」
「さすが異世界!………てか、俺が違う世界から来たってわかるのか?」
「そりゃわかるさ。聞きたいことがあると言っただろう?それも含めて少しお互いの事を話そうか。そろそろ起き上がってごらん」
リクは身体に力が入ることを確認して、倒れ込んだ体勢からようやく立ち上がることが出来た。
身体の何処かに異変はないかあちこち動かしてみたが、見たところどこも大事はなさそうだった。
「簡単な怪我なら君の調子次第で勝手に治癒していくと思うけど、どこも痛まないかい?」
「ああ、どこも痛くないな。すごいもん見せてもらった。助けてくれて本当にありがとう」
少女はリクの顔を見つめて笑った。
「どういたしまして。少し歩きながら話をするようになるからこちらも都合が良かったよ」
「俺もいくつか質問したいことがあるけどいいか?」
「かまわないよ。わかることなら答えてあげるから。こう見えて会話をするのは嫌いじゃない。さ、ついてきてくれるかな?」
少女はくるりと踵をかえすとリクを道案内するようにゆっくりと歩き出した。リクもそのあとをついて歩いた。
“めっっっっちゃ可愛い…………!!!え?え?俺なんかちょっとキャラ変じゃないか??人と話すのが本当に久しぶりすぎて……しかもこんな可愛い子にどうやって接してったら良いんだよ?!!でも下手にオドオドしてたらダメな気がする!!生まれ変わろう、異世界で!!いきなり失礼なこと言われてムカついたけど全然あり!!背もちっちゃくて華奢で肌も綺麗だし…なんか人形みたいだな…………。でも、正直、胸は無いな”
リクは少女の後ろ姿を見ながら、彼女の顕になった肩や鎖骨がとても綺麗だったことや、丈の短いタンクトップから臍が見えていたことを思い出していた。
確かに胸は大きくなかったが少女の滑らかで綺麗な身体のラインをハッキリと思い浮かべるとひとつの結論に至った。
“全然ありだな”
「ねぇ」
リクがブツブツと脳内でひとりごとを言っていたのを遮るように
少女が振り返って声をかけてきた。
「聞いてる?聞こえてなかったかな?もう少し大きな声で喋ろうか?」
少女はリクの隣へ来て並んで歩きだした。
「い、いや!悪い、ちょっとまだぼんやりとしてた。で、なんだっけ?」
「ふうん。ま、いいか。君がここに来る前に居た世界のことなんだけど」
「うん」
「ニホンというところで間違いはないかい?」
「そ、そうだけど………。なんで日本のこと知ってるんだ?」
「君が初めてじゃないってことさ。以前にもいたんだよ、ニホンから来たんだって人たちが」
「マジ?!あ、だから言葉が通じるのか?」
「そうだよ。わたしが住んでいるところにもニホンの人が暮らしているからね。一緒に暮らしていたこともあったから、ニホン語を教えてもらったんだ。でもニホン語がわからない人たちもいるし不便だろうから、ちょっと耳を貸してくれる?」
少女はそう言って不意に指でリクの耳に触れて軽く詰まんできたのでリクは緊張してしまい固まってしまった。
「万象を繋ぎし風と音の精霊よ、彼の者と我らを隔てし言の葉を通ずるものに換え、彼の者に隔てることなく届けたまえ、契約という名の友愛のもとに、彼の者へと力を貸したまえ」
───『言語の自動変換』
一瞬、耳の中へなにかが入りこんできて喉のあたりにまで入ってきた感じがして驚いたが痛みもなにも感じなかった。
「な、なんだ!?」
「心配しないでくれ。君たちの言葉で言うところの翻訳をしてくれるようにしただけだから」
「すげえ!!そんなことまでできるのか!?」
「うん、ちなみに今わたしはニホン語で喋ってないよ」
「お前がさっきから使ってるのって精霊魔法ってやつなのか?」
「一般的にはそういう名称だね」
「すげえな、こんな痒いとこまで手が届くのか」
「そんなに珍しいものでもないよ。ところでわたしが先に質問してもいいかな?」
「あ、ああ悪い」
「君はどうやってこの世界に来たんだい?」
「どうやってって……普通に夜にコンビニ行こうとして玄関開けたら森にいて……」
「転移する術か装置か……それに似た何かを使った?」
「いや、そんなのなにも使ってないな。ていうか使えない」
「この世界のことは以前から知ってた?」
「知らない」
「この世界に来る時になにか身体や頭に違和感みたいなものはあった?それと、わたしの契約している精霊たちも無かったと言っていたけど、魔方陣やそれに似た術式の痕跡みたいなものは見なかった?」
「いや、なかったな。違う世界に来た!とは思ったけど。それに魔方陣とかも見てないな」
「そうなんだ。さて、君が聞きたいことってなんだい?」
「有益な情報がなくて悪かったな」
「いや、別にかまわないよ。君のせいじゃないさ気にしないでくれ」
「気を遣われると逆に気になるんだけど………。ゴホン、ここって俺が思ってる世界の感じで合ってるのかな?剣と魔法の世界って感じ?」
「そうだね、君たちの言葉で言うところの異世界。ファンタジー?ってやつだね。わたしの言葉で君の想像をどこまで補完出来るかはわからないけど剣も魔法もある世界で間違いないよ」
「やっぱりそうだったんだ……前に来た日本人も同じことを言ってたのか?」
「言っていた。その人はもっと興奮していたけどね」
「俺だって嬉しくて興奮してる」
「ゲーム?とかアニメ?みたいだって言っていたよ」
「さてはオタクだったな。マジかぁ~……ほんとにこんな世界があるなんてなぁ……」
「同じような事を言うんだねニホンの人は」
「そりゃそうだろ!俺の住んでた国じゃこういう世界は作り物しかないんだから。すごく人気があるし、こういう世界の物語を題材にした産業だってあるんだぜ」
「知ってる。聞いたことがある」
「あ!それと俺この世界に来た時にいきなり知らない奴に殺されそうになったんだけど、誰かが止めてくれたんだよ、あれってまさかお前か?」
「そうだよ」
「それも本当にありがとう!!いきなりすぎてめちゃくちゃビビってた、あの男って何者なんだ?凶悪な蛮族とか盗賊とか?」
「いや、彼はわたしの知り合いだよ」
「へ?」
「ちなみに彼が怒ってたのは君が悪いもの寄せ付けないようにしてる結界の外から中へ急に入ってきたから。あの場所はそういう場所なんだ」
「お、お前あいつの仲間だったのか?!俺をどこへ連れてくつもりなんだよ?!やっぱり殺す気?!!」
「アハハ、殺さないよ」
「殺されそうになったとき止めてくれたんだよな…?」
「うーーん、正確には少し違うかな?嘘嘘。冗談だよ。そんなに怒らないでくれるかな?わたしはどっちが喋ってる言葉もわかるから様子を見ていたら可笑しくてね。しばらく少し離れた場所で静観させてもらってたんだ」
「は、はぁぁぁぁぁ?!」
「彼はニホン語はわからないからね、あまりに急に君が現れるものだから自分たちの敵だと思ってたみたいだけど、傑作だったね。君が適当に痛めつけられたあたりで本当に危なくなったら助けるつもりだったから心配しなくていい」
少女はまた意地悪そうにニヤニヤとしながら楽しそうに歩いていた。
「傑作って、おま……ッッッ」
“コイツ………ドSやん……もしかしてめっちゃ性格悪い?!!!”
リクは自分が連れて行かれてく場所に不安を覚え、少しだけ隣を歩く少女との距離を空けた。
すいすいと迷わずに歩く少女について歩き、やがて森はその巨大な姿を徐々に途切れさせ、明らかに風景が変わったと感じるほどに二人は出口へと近づいていった。
◆◆