第三十九話『接戦と傲り。』
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「ユンタ!
なんだコイツ?手応えがない」
コタローと呼ばれた狼の魔獣が、
ゴアグラインドに炎を吐いても、攻撃の届かない事について、
驚いた様子でユンタに言った。
ロロに魔力も回復してもらったものの、
ツァンイーとの戦闘で、三体同時に召喚をした為に、
著しく消費されたユンタの魔力は、
未だ完全には戻っていなかった。
今の魔力では、上位の魔獣を召喚するのは厳しい。
(ウチのバカーーー。
ロロ子に良いとこ見せたすぎた!
コイツの魔法マジで厄介だな!
コタローも充分強いのに)
「残念だなぁ?!!
俺は奇術師の異空間を、
ほとんど時間差無しに発動出来る!
コイツは大概の攻撃を違う空間に飛ばすから、
俺に攻撃は当たらねぇ!!
さぁゴミども!!
どうすんだよ?!!
このまま俺になぶり殺されるかぁ!!?」
ゴアグラインドは、
身体中に走る歓喜の震えを抑える事が出来なかった。
それと同時に、先程口車に乗せられた自分を、
不甲斐無く感じ、激しい怒りもこみ上げてきていた。
(最初からビビる必要なんて無かったんだ畜生……!!
全員殺す!! 特にあの女は絶対許さねぇ……!)
そして、ゴアグラインドが詠唱を始めた。
「我が内に潜みし絶え無き悪意よ。
醜き呪詛に宿りし忌まわしき業よ。
全てを塗り潰す傲慢の旋律よ。
我が命により形を成し、
愚かなる者どもの救い断ち切る悪鬼の宴を与えたまえ!!」
───『終曲不協和音!!!』
───ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴッッッ!!!
鼓膜を突き破りそうな不快な音が重なり、
スイたちの上から、
覆い被さるようにして呪縛の魔法が放たれた。
押し潰そうとする様な衝撃の圧力がかかり、
全員が膝から崩れ落ちていった。
「な、なんだよ?! これッッッ………!!」
リクが悲鳴混じりにそう叫び、必死に呪縛に抗った。
身体がメキメキと音を立てているように感じ、
痛みを堪えようと踠き、
がむしゃらに身体を動かそうとした。
「呪縛魔法だーーー!!
くそーーー動けねーーーーーー。
わりーー! コタロー1回戻っててーーー!!」
ユンタも地面に這いつくばって、
立ち上がろうと必死に踠いた。
少しでも放出する魔力を防ごうと、コタローの召喚術を解いた。
「しまったね」
スイが苦しそうにしながらポツリと言った。
「コレを最初から、狙ってたのかな?」
「いやーーー違うんじゃない?
アイツ頭悪そうだし、たまたまじゃね?笑」
ユンタが笑いながら減らず口を叩いた。
「買い被り過ぎたかな?」
スイも軽い調子で返した。
「クソどもがぁぁぁ!! 潰れて死んじまえ!!
ごらぁぁぁ!! ギャハハッッッ!!」
もはやゴアグラインドは興奮の余りに、昂りを通り過ぎて、
とても正気では無いように見えた。
「ユンタちゃんもスイちゃんも余裕ッスね?!
ちょ……ちょっと待っててくださいッス!!!
ぃよぃしょぉぉぉぉおおお!!」
そんな中、ロロが掛声と共に、
呪縛に逆らうようにして立ち上がった為、
リクは心の底から驚きの声を上げた。
「ロ、ロロ?!!
嘘だろ?!!
なんで動けるんだよ?!!」
パーティーの中でも、一番小柄なロロが、
自分たちを縛り付ける強力な魔法に抗って、
リュートのチューニングまで始めた事は、
その場に居た、誰の眼にも信じられない光景だった。
「すごい」「ロロ子やっぱすげーーわ」
「自分グラスランナーなんで、魔法の抵抗力が高いんス!!
今まで種族が違うってだけで皆にいじめられて、
すっごい嫌だったんスけど、
今は皆の役に立てそうなんでマジ嬉しいッス!!
リクくん!
苦しいだろうけど、もう少し踏ん張っててくださいッス!!」
そして、ロロが呪歌を歌い出した。
「♪小さくて弱い光ばかりだった
彼らを嘲笑う者たちしかいなかった それでも
荒れ狂う海原に 深く険しい幽谷に
無様でも立ち向かう彼らを蔑んで呪う言葉など
誰が書き残すものか
彼らの勇敢で高潔な魂を
我らが永劫に語り継いでやるのだ」
「ロロ?!! てめぇ!!!」
ゴアグラインドは激しく動揺し、魔法の出力を上げようとした。
しかし、ただでさえ自分が使える中で最も強い魔法だった為か、思ったように出力が上がらずに、
逆に魔力がどんどんと消費されていくのを感じて、ゴアグラインドは焦り始めた。
「ゴアグラインドさん! 降参するッス!!
あんたみたいなカッコ悪い人と違って、
みんなはかっこいいんス!!
かっこいいみんなの役に立てる自分が、
今、超誇らしいッス!!!」
「クソがぁぁぁぁ!!!!」
───『小さな勇者たちの行進!!!』
ロロが呪歌を歌い終えると、
呪縛が柔らかく熔けていく様にして、
その効力を失い、身体はあっという間に軽くなっていた。
「みんなのステータスの魔法抵抗力を急上昇させてるッス!!
これでもうあの魔法は効かないッス!!」
「す、すげーーー!! ロロすげーーー!!」
リクがロロとハイタッチをし、ロロが嬉しそうに照れた。
そしてはにかみながら、ガラガラになった声で、
「お役に立でで嬉じいッズ」と言った。
「こ、声ガッサガサじゃねーか!!?」
「二枚舌のズギルば喉に負担がずごぐで……」
「ありがとう。ロロ。
君は本当に優秀な吟遊詩人だね。
あとはわたしたちに任せて少し喉を休めてあげて」
そしてスイが、澄んだ小さな声で詠唱を始めた。
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