第三十四話『警戒と図星。』
◆
痕跡に依って付与された魔力は、
ゴアグラインドのダメージさえも回復させ、
身体の痺れや痛みを、彼は直ぐに感じなくなっていた。
本当に小さな破片にしか見えなかったのだが、
中に込められた魔力が、膨大だと云う逸話は確かのようで、
身体中に流れ込む魔力の量は凄まじいものだった。
溢れ出てしまいそうになりながらも、
漲っていく力に、彼は興奮し、
浮遊した様な陶酔感に心躍らせていた。
「おいおいおいおい……!!
マジか!!?
コレが、さっきのちっぽけな痕跡の恩恵かよ!!?
俺の元々の魔力なんざ比べ物にならねえ!!」
ゴアグラインドは上機嫌に、そう言って捲し立てた。
「まあ。
貴方は元々、魔力の量が少なくは無いですから。
ダークエルフですし」
「凄え!!!
こんなもん有るなら、さっさと出せば良かったんだ!!」
「さっきも言いましたけど、
それだけ強い力を持っている物ですから、
副作用が有る事だけは、覚悟しておいた方が良いですよ」
「副作用……。構わねえ……!!
あの精霊使いの女だけは殺さねえと、俺の気が済まねえ……!!」
「それと、
召喚術師に痕跡をひとつ奪われています。
殺しても構いませんが、確実に取り返してください」
「ツァンイーは敗けたんだな?」
「敗けました。彼女の場合、
魔族とは云え、元々が大した事無かったですから。
それでも善戦はしていましたけど」
「チッッ!!」
「それと、召喚術師と一緒に居る、
グラスランナーのスキルも厄介です」
「ロロか。あの役立たず……。裏切りやがったのか」
「元々、
嫌がっていたのを強引に従わせていたんだから、
仕方が無いでしょう」
「構わねえ。
あんなゴミ共が居なくても、もう敗ける気がしねぇ。
連中は何処に居るんだ?」
「心配しなくても、直ぐに逢えますよ」
──この男は弱くは無いが、
単純で、その上、頭が本当に悪い。
連中を侮らない方が良い。
イェンは辺りに漂う精霊の気配を、
手繰る様に数えながらそう考えていた。
いつ魔法封じが解けたのか知らないが、
自分と対峙している最中で無くて良かった。
あの精霊使いには、決して警戒を怠るべきでは無い。
◆◆
「イェンが、ゴアグラインドにまた接触をした様だね」
スイは精霊に依る魔力感知で、
イェンの正確な居場所を知る事が出来た。
「え……?アイツ逃げたんじゃねーの?
大丈夫なの?」
「そんな簡単な話じゃないよ。
ゴアグラインドよりも、
余程イェンの方が実力が高い。
どういう訳か、積極的に戦闘に参加はしてこないけど、
まともにやり合っていたら、わたし達は敗けていたよ」
「で……でも、お前も魔力が戻って魔法使えるんだろ?
今なら敗けないだろ?」
「どうだろうね?
イェンは魔力の量が桁外れに多い。
幻覚を見せる魔法を発動しながら、幾つも他の魔法も操っているからね」
「幻覚?」
「え?
気づかない? どう考えても森の広さが変だと思わない?
もうさっきの場所から随分歩いたのに、まだユンタ達と合流出来てないんだよ?」
スイは少し呆れている様子だった。
「君は魔法に対する認識が少し甘いな。
気づいて知る事は、魔法にとっては重要な事だよ。
知らないと魔法に対する耐性も格段に低くなる。
それだから、君は魔力の感知も下手だ」
「ステータスが低くて、悪かったな」
「ステータスは確かに低かったけど、
悲観的に物事を捉えていては駄目だよ。
この世界の不思議な力と云う物の根源は、
創造をする事を想像する事だと、
わたしは思ってる。
ネガティヴな思考は、それだけで想像の妨げになるものだからね」
「善処します……」
「君は想像力の豊かなニホン人だろう?」
スイはそこまで言うと、一息つくようにして、
ゆっくりと息を吐いた。
「それにね。
傷口の手当てをしてあげたんだから、一人で歩いてくれないかな?
重たくていい加減疲れてしまったんだけど」
「しょ……しょうがないだろ!!
まだ痛むんだよ!!
それに歩いても遅いし、どっちにしろお前に迷惑かかるし」
「やれやれ」
スイは諦めてリクの肩を担ぎ直すと、再び歩き始めた。
体力に自信が無いと言っていた通り、額には汗が浮かび、
呼吸も荒くなっていた。
「わたしも、回復魔法を真剣に習得するべきだね。
わたしの魔法じゃ、傷口は塞げても、痛みまでは取り除いてあげられないから」
「なんで回復魔法は習得しなかったんだ?」
「得手不得手があるからね。
癒して復元したり、異常を回復したりと云う事が、
わたしはどうも苦手なんだ」
「それはお前に他人を思いやるって云う、
想像力が無いって事か?」
「痛いところを突くね」
スイはそう言うと、遠慮無しにリクの足の爪先を、
勢い良く踏みつけた。
「痛ッッッてぇぇぇぇ!!!」
「喚くな。
肩まで貸して歩かせてあげてるのに、
君が恩知らずな事を言うからだ」
「け……怪我人に何て事すんだよ!!?」
「黙れ。
騒いでると、治るものも治らなくなるよ?」
──未だ、戦闘は終わっていないから。
スイはそう言いかけて止めておいた。
とにかく、ユンタとの合流を急がないといけない。
魔力は戻ったが、それだけで易々と勝てる相手では無いのだ。
◆◆◆