第三十三話『投与。』
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──自分の考えていた予定とは、だいぶ狂ってきたな。
そう思いながらイェンは森の中を移動していた。
(思いの外、役に立たない連中だった。
ツァンイーには、痕跡の破片まで喰わせていたと云うのに。
せめて亜人の方くらいは殺してくれると思っていたけど、
敗けた上に痕跡まで奪われてしまった)
ツァンイーが敗けてしまった事は、致し方無い。
自分の想定していたよりも、ユンタがずっと強かった事も、
ロロが厄介なスキルを持っていた事も、
イェンが事前に調べた情報には含まれていなかったのだ。
──未だ、森にかけている幻覚魔法は効果を失っていない。
スイ達は、直ぐに森からは出られない筈だ。
奪われた痕跡を取り返さないとならない。
戦ったとして、敗けるとは思っていないが、
それでも連中が分断されている今のうちに、
叩いておく方が効率が良い筈だ。
それに自分に出されている指示も、こなさなくてはならない。
ゴアグラインドにも痕跡を喰わせて、能力の上昇の具合を観測するのだ。
そして、イェンは自分の足元で、スイの雷を喰らって、
未だ気絶しているゴアグラインドを見下ろしていた。
イェンはすぐには気づけなかったが、
監視カメラの様な役割を果たす様に、
スイが配置していた精霊の気配を感じ、自分の居場所がスイに特定されてしまった事を察した。
(あの精霊使い。詰めが本当に甘いな僕は)
「起きてください。ゴアグラインドさん」
イェンはゴアグラインドの頬をペチペチと叩いて目を覚まさせた。
魔法で受けたダメージは深く、未だ身体は痺れ、
呂律も、まともな有り様では無かった。
「う……う……イェン……!!
あの女!! あの女とガキ何処へ行った!!?」
「その前にコレを」
イェンは女神の痕跡の破片をゴアグラインドに見せた。
「なんだこりゃ?」
「時間が余り無いので詳しくは説明出来ませんが、
女神の痕跡です。コレを飲んで、彼女たちともう一度戦ってください」
「女神の痕跡だと?!!
俺たちゃこれを探しに来たんじゃねぇのかよ?!!
なんでてめえが持ってんだ?!!」
「探しに来たんですよ。
それからコレは、ウチの上層部が保管していたもので別物です。あなた達に痕跡を投与して、
結果を報告するように僕は指示を受けていました。
一応、組織なもので。
ちなみにツァンイーさんには先に飲ませていました」
「ああん?!!
俺たちで実験してたってのかよ?!!」
「そうですよ。
そうでなけりゃ、あなた達みたいな下っ端、
わざわざ使わないでしょう?」
「てめぇ!!」
「ま。僕も出された指示を聞くだけの下っ端ですがね。
貴方もこのままでは終われないでしょう?
楽に勝てる様に、魔法を封じ込めておいて、
優位に立っていた筈なのに」
「当たり前だろうが!!」
「良かったです。それならコレを飲んでください」
「……こんなもん、飲んだらマズイんじゃねーだろうな?」
「副作用とかですか?」
「お前は信用ならねぇからな」
「それも観測項目のひとつですね。
魔物では試した事があるみたいですよ。その後どうなったかは教えませんけど」
「死んでるじゃねーか!!」
「このまま戦っても、ゴアグラインドさんに勝ち目が無いのは変わらないですよ?
召喚術師の方も、かなり強いですから。
それに。
作戦に失敗したんですから、罰も与えられると思います」
「罰って何だよ!!?
聞いてねえぞ!!
楽に片付くって言ってたじゃねーか!!?」
「楽でしょう?
だって死んだら、もう余計な事を考えなくても済むんですよ?」
「て……てめえ……!!!
最初っから、俺達の事を捨て駒に……」
「ははは。
どうせ生きていたって、他人に迷惑をかけるぐらいしか能が無いでしょう?
命の使い途を与えてやっただけでも、
有難いと思ってください」
「殺してやる!!!!」
ゴアグラインドは詠唱を始めたが、
直ぐにそれを中断しなくてはならなかった。
イェンが無理矢理にゴアグラインドの口を開かせ、
痕跡を捩じ込もうとしてきた為だ。
「つべこべと五月蝿い。いいから飲め」
イェンの声にゴアグラインドは恐怖した。
そして、自分を押さえつける腕力も、
隠さなくなった魔力も、
遥かに自分を上回るこの男に逆らってはいけないのだと悟った。
黙って口を開いて、放り込まれた痕跡を嚥下するより他に、もう選択の余地は無かった。
「協力してくれて助かりますよ」
イェンは片手で印を組むと呪文を唱え、
ゴアグラインドの体内で痕跡と彼の魔力が、
同調し易いようにする為の術式を施してやった。
「神話の時代から現代に至るまで、
最強と称される女神に所縁の有るものです。
残滓とは云え、そのような物に恩恵を与えられるなんて、
光栄な事だと捉えてください」
ゴアグラインドの体内で、
痕跡は根を張るようにして、彼の全身の隅々にまで行き届く様に、魔力を供給し始めていた。
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