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リンカーネイトリンカーネイトリンカーネイト  作者: にがつのふつか
第六章 『巡アラウンド・ザ・クロック』
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『请接受我诚恳的祝福。』



 周囲を這いずり廻る黒い影の、ぐにゃぐにゃうねうねとしたシルエットが、次第に目視出来るようになってわかったけど、黒い影は雌雄両性の外見をした(露になった乳房と男性器を兼ね揃えている)、人型にも見える異形の怪物だった。人型とは云っても、頭部は口の辺りまで蜈蚣むかでみたいな外骨格が剥き出しになっていて、顔なんかはハッキリと見えない。

 それから、黒く、金属的な輝きを放つ鱗のようなものが、乳房や、男性器、腕や脚の内側を除いた箇所をビッシリと覆っていた。


 魔物や魔獣と云った生物とは明らかに異なる、その巨大な怪物は人間の呻き声のように聴こえる唸り声を喉の奥で鳴らしながら、肉叢の魔女(シージ)へ威嚇を繰り返している。


 これがヤンマから贈られた義歯(呪具)に仕込まれていた呪法。召喚獣とかの類いじゃない、人間の感情から産み出された、攻撃性と純度の高い呪いが具現化した姿だ。


 呪いはシージを完全に敵と見なしているみたいで、太くて蜘蛛みたいに数の多い腕で、ボク(スイ)を護るようにしながら、威嚇の声は段々と凶悪な響きを伴っていく。


 「醜悪だな」


 蔑むような口調でシージが言う。


 「それ(呪い)が、人間の内から発生したものなのだとしたら、心底、反吐が出る。父親(ヤンマ)からの贈り物だと、お前は綺麗ごとでデコレーションしたようなことを言っていたが、(シージ)には汚ならしい執着にしか見えん」


 本当に嫌そう。


 「それは君の主観でしょ?」

 

 「呪具師ごときが、こんな化け物を易々と造れはしないだろう。お前を護る為の想いで、それを成し遂げたのだとしても、狂った親の、子どもへの過干渉なんざ歪んでるとしか言いようがない。理解が出来ん」


 「君はボクの親のことなんて何も知らないくせに」


 「仮にも女神の化身たるお前が、こんな、しみったれた怪物に頼る姿なんて見たくはなかったな。

……こんなに追い詰めらた状況でも、お前の中のあの女(女神)は眼を醒まさんらしい。さア、もうソレは仕舞え。俺と行くんだ」


 「いかない。それにさ、ボクはもう精霊魔法は使えない。君の云っている、女神を呼び覚ますことがボクの役割だとしても、もう言葉の精霊(マオライ)も居ないんだ。ボクの声なんて、案外、もう届くことなんてないのかも知れないよ?」


 「案ずるな」


 シージがボクに歩み寄る。


 「間違いなくお前は鍵だ」


 ──ガチィィィッッッ!!


 と、酷い金属音。怪物(呪い)が、しならせた鞭のような腕をシージに打ち込む。


 次の瞬間、意外とあっけなく、シージの身体は、あらぬ方向へと弾き飛ばされてしまっていた。


 「……悪質だ」


 多分、イファルの王宮の壁があった筈の、何も無い灰色の空間に叩きつけられた後、シージが憎々しげに呟く。


 シージは額から流血し、忌々しそうに怪物を睨み付けていた。終始、飄々としていた彼女の様子が、すごくわかりやすく段々と変容していくのがよくわかった。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()


 シージは、断片的とは云え、コトハさん(中央の魔女)能力(自動で傷が修復)を模倣している。シージ曰く、完璧に模倣が出来たわけではないらしいけど、ボクたちのパーティーで最も肉弾戦に優れたシャオに滅多打ちにされても無傷だった。それが、今、シージはきちんとダメージを受けて、それに腹を立てている。それも、物凄く。


 「魔法と呪法とで、術式の構造が違うのは理解出来るが。だが、それだけで、こんなにも容易く俺の防御魔法まで貫くものなのか?傷も治らん。お前の仲間のクォーターエルフ(シャオ)の打撃の比じゃないぜ?」


 「ボクも驚いた。それに、君、()()()()()()()()()()()()()()()()()?」 


 「……」


 どうやら図星だったらしい。

 

 塞がらない傷だなんて、なんて凶悪なものを贈り物に選らんでくれたんだろう。ありがとうヤンマ。


 「これだけで君に勝てるとは思っていないんだけどね」


 これは本音。


 「なぜ、そう思う?」


 シージの問い掛けに、正直な考えを話す。


 「根幹的な問題だよ。呪法で産み出した、この怪物の攻撃が、君の防御を無効化したとしても、ヤンマと君とじゃ、実力差が有りすぎる。君は防御を貫く攻撃と回復魔法の無効化を分析して、それから対策を考えて、すぐに最善の手を打つ筈だ。君は、おそろしくて強い魔法使いだから」


 「嫌みにしては面白みが無いな?」 


 「事実でしょ。ボクは君には勝てない」


 「それでどうする?お前の云う通りなら、お前の今の攻撃は只の時間稼ぎにしかならない。たしかに俺にダメージを与えることは出来たが、お前も気づいているんだろう?致命傷にはならん。お前の危機的状況を条件に、発動する呪法の威力が強まる仕組みらしいが、実力差と云うのは埋まらなかったようだな。無意味ですらある」


 「無意味ではないよ。鉄壁だと思っていた君の防御が崩れた。これは大きな進歩だ」

 

 「嫌いじゃない考え方だが、そんなに悠長にしてる暇もないだろう?もう諦めろ、スイ。お前は、この状況じゃ、どう足掻いたって俺に勝てないんだ」


 「やれやれ。君は信じられないくらいに長生きしている強い魔法使いだと云うのに、発想は随分と貧弱なものなんだね」


 「どういう意味か一応訊いておく」


 「可能性の話さ。()()()()()()()使()()()()()()()『思考して思考して、擦り切れて焼き付くまで考え尽くして、それでも、未だ、届く距離に無い何かを(もが)いて掴もうと手を伸ばすこと、それに、もうひとつ付け加えるならば、それらが無為に終焉を遂げるものであろうと、()()()()()()()()と云う、迷いにばかり気を取られるべきではない。考えつくものの全てが魔法と呼ばれるものなのだとしたならば、魔法が魔法で在る意味などは無いにひとしい』」


 「……何の話だ?」


 「あれ?知らない?サブライム(南方の国)のブラッドリィの言葉だよ。君は魔法使いの書いた著書なんて、あまり読まないのかな?」


 「興味が無くはない。俺より寿命の短かった魔法使いで、面白い連中を何人も知ってる」


 「そう。それなら、いつか手にとって読んでみるといいよ。古い年代のものだけど、再版もされていて、比較的、手に入りやすいから」


 「よくある自由派の魔法使いの虚言だな。古い考え方かも知れんが、俺は、自由過ぎる発想が時に身を滅ぼす時もあると思うが」


 「まア、それも無くはないね」


 「だがしかし、発想としては、柔軟な方が強度が高いこともあると云えるだろうな。中には、怪物じみたぶっ飛んだ奴が現れることも知っている。だが、こんなことを云ってしまえば、無邪気なお前の気には喰わないだろうが、魔法とは所詮、重ねた年月と研鑽の結果が基礎になる。当然の道理だが、強者の創造と、弱者の創造には雲泥の差が産まれる。お前にとっては退屈な意見だろう」


 「つまんないね」


 「だろうな。勘違いして欲しくはないんだが、俺が言いたいのは、俺も、無論、魔法は自由であるべきだと捉えていることだ。だが、安直に自由であるべきだと思想に飛びつくのは好きじゃないと云う話だ。()()()()()()()、と云うことに固執して取り憑かれてしまえば、お前の云う、可能性を狭める危険性を孕む。自由には代償が必要なんだ。わかるだろう?」


 「野暮だね。君が長生きしていて、とても強い魔法使いのわりには、ボクは何故か興味を惹かれない。ハッキリ言おう、君が本を書いたとしても売れないと思うし、ボクは読まない」


 「心配しなくても良い。お前は俺に喰われて俺の一部になるんだからな。今は異なっていて、互いに交わることの無い価値観だとしても、そうなってしまえば、()()()()()()()()()()()。お前の魔法への矜持も、執着も、思想も、お前の肉体が、この世界から消え失せてしまったとしても、未来永劫、俺の中に在り続ける」


 やれやれ。


 「随分とボクを食べることに固執するけどさ、不老不死になったとして、それで君は一体、何がしたいの?君は、今の時点で既に不老だし、不老と云うことは、寿命の概念は無さそうだ。それに君を殺すことが出来る存在なんて、そんなに多くはいないんじゃないかな?死ぬ確率は物凄く低そうに思えるんだけど。それとも、他に何か目的があるのかな?」


 「お前がそれを知ってどうなる?」


 「知りたいと思うのは当然でしょ?このままだと、本当の理由も知らないまま、ボク食べられちゃうんだよ?」


 ヤンマの呪法から産まれた怪物が、ガチガチと音をたてながら牙を鳴らす。


 その次の瞬間、シージは再び怪物の襲撃を受けた。身体を突き破ってしまいそうなほどに激しい攻撃を。


 「……ッ!!」


 シージの表情が歪む。致命傷にはならないけど、未だダメージを与えることは出来るみたいだ。


 だけど、さっきとは明らかに違う。


 そう思うのは、防御魔法を構築した術式が、最初の攻撃の時とは異なることに気づいたから。強度の違いがどれくらいあるのかわからないけど、明らかに攻撃のタイミングに合わせて防御魔法を発動させていた。


 「嘘でしょ。さっきは少しだけズレてたのに。もう合わせられるの?」


 「俺の魔力感知にかからない呪法だ。次は合わないかも知れないぜ?」


 多分、次の攻撃は当たらない。


 「まいったな」


 「随分と諦めが早いんだな?可能性の(くだり)は何処へやったんだ?」


 諦めてなんかないさ。


 ヤンマがくれたのは、ボクを護る呪いと祝福だ。……散々、魔法の話をしておいてなんだけど、()()()()()()()()()

 

◆◆

 

 『呪いってのはなぁ、感情で術式を組む。理屈の多い魔法に比べりゃ、人間の思いっつーのは突き詰めてみりゃ、存外、単純なもんでな?一旦、敷いた(構築)術式は、術者が傍に居なくたって、半ば自動で発動するような仕組みも珍しくは無ぇもんさ。たとえば、観るだけで呪われちまう絵画とかだったりな。俺がお前(スイ)にかける呪いもそうだ。俺が傍に居なくたって、お前をきっと護る』


 今のはヤンマの台詞。頭の中で真似をしながら反芻してみたけど、あんまり似てはなかったんじゃないかって思う。


 『呪いは術者の命令言語だけを理解する。一度、組んだ術式は、術者が解かねえ限り解けねえし、解かねえまま死んだって、そのまま残ったりするもんだ。自由が売りの魔法に比べりゃ、機械的で一方通行なもんに見えるだろうけどよ、そこにゃ、俺が抱える、お前への想いが目一杯に詰まってるからよ。(ヤンマ)はお前の親父だ。お前のことは世界で一番理解してえし、理解してるつもりだぜ』


 ヤンマの愛情表現は物凄く直接的だ。


 『彼が単純なわけじゃないだろうね。彼の愛は大きくて深いのさ』


 コトハさんがいつか言っていた。


 『愛してるぞ、スイ』


 百万遍(ひゃくまんべん)くらい聞いたことがある気がする。


 理解してるつもりっていう、ヤンマの言葉は信憑性が高い。つまり、ヤンマはボクの考え方を熟知している可能性が大いに有る。


 わかるかな?


 これは可能性の話。


◆◆◆


 

 

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