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リンカーネイトリンカーネイトリンカーネイト  作者: にがつのふつか
第六章 『巡アラウンド・ザ・クロック』
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『なまえ。』



 ボク(スイ)が女神の転生者(リンカーネイト)


 違う。そんなわけないじゃないか。


 声に出して、そう言ったつもりだったけど、肺の奥から気の抜けたような空気になって吐き出されただけで、批判的な含みを持たせた筈のその言葉は、いつまで経ってもどこにも辿りつくことはなかった。

 

 嘘なんだって思い込むことも出来て、それを受け入れることは、とても容易いことの筈だったのに、何故だか知らないけど、ひどく懐かしいと思える奇妙な感覚が、不気味なくらいに、ひたすらに親しげにしながら、身体の内側の、更に更に深い裏側にまで張りついて、ちっとも離れやしない。


 「お前(スイ)が、女神の復活の為に産まれた装置だからと云って、そのことが、お前が優れた魔法使いだと云う事実に直結しているわけではないんだぜ?お前が強いと云う現状は、()()、お前の研鑽による結果でしかない。逆の発想をすれば、お前という存在が、女神の転生先だったということ自体が、副次的な事実だったと云えるだろうな。強い魔法使いの、前世がたまたま女神だったというだけのことだ」


 逆の発想をする必要性があるんだろうか。


 「ボク(スイ)が、君の話をまともに聞くと思うのかい?それに、正直に言ってしまえば、だから何?というのが素直な感想だよ。だいたいの人間は、前世のことなんて知ったって、それに対して、どうすることも出来やしないじゃないか」


 「それは、だいたいの人間の前世がくだらないものだからとも云える。それと比べて、お前の前世の豪華なことったら無いと(シージ)は思うぜ?何せ、この世界の敬愛と畏怖を独占して、ありとあらゆる賛辞と崇拝を欲しいままにする、あのクソろくでもない、再生と祝福を司る女神だ。お前の前世として考えるのならば、まあまあの及第点だと云えるだろうぜ」


 「褒めてんの?それとも貶してるの?」


 「俺は女神のことを殺したいくらいに忌々しく思っているが、お前のことは気に入っている」


 「君は女神さまと認識があるんだね」


 「そりゃ勿論あるさ。俺だけじゃないぜ?俺の仲間の魔女で、今も生きてる連中は全員、女神のことなんて大嫌いなんだからな」


 「ルカさん(尸童の魔女)も?」


 「ああ、そうだ。だが、あいつはウクルクに居着き続けるうちに、少しは昔と変わっちまったみたいだがな。あいつは無闇やたらと、強大なものに惹かれる癖がある。それから、自分の心酔した、その強大なものが、いつか自分のことを惨たらしく殺してくれるんじゃないかって妄想で興奮する変態だ」


 それを聞いて、当然、ルカさんのことが頭のなかで思い浮かべられていたんだけど、記憶のなかのルカさんには、シージの云うような特殊な性癖があるような人には、とても思えなかった。


 「嘘だ。信じられない」


 「中央の魔女のことも、えらく気に入っていたんだぜ?それはもう、本当にイカれてるんじゃないかってくらいにな。何千年も生きた魔女が、生娘みたいに頬を赤らめる姿なんて、俺にはあまり気持ちのいいものではなかったけどな。まア、今頃、本当に殺されてしまっているかも知れないがな。()()()()()()()()()()、もしも、そうだとしたら傑作だ」


 「コトハさんとルカさんが戦ったの?」


 なんだか嫌な予感がする。


 「そうだ。中央の魔女が、この世界に戻ってくることを教えてやった時の、ルカの喜びようったら凄まじいものだったんだぜ?」


 「何故、君はコトハさんが戻ってくるって知ってたんだろうか?」


 「それは、俺が異世界(ニホン)に居たからに決まってるだろう?」


 「異世界に転移する方法を知っていたの?」


 「随分と前からな。禁忌だなんだとされてはいるが、自由に往き来出来ても、俺は向こうの世界には全く興味が沸かん。俺が向こうの世界に興味を持つとすれば、何故、向こうの世界の人間が、この世界に転移すると、特別に強い能力を与えられるのか、と云うことだけだ。今までに転移者を何百人と捕らえては、わずかな肉片になるまでバラバラの粉々にして調べ尽くしてみたものの、未だ何ひとつ俺にはわからない。その点については興味は尽きんな」


 「つまらない人生だね」


 「そうだろう?他人が眼を背けたくなるような酷い出来事の中でしか、俺は人生に意味を見出だせない。擬似的に他人にすり変わる能力(模倣する魔法)の所為か、自分のことにすら興味を持てない。それに、俺はそれ以上に他人の人生に興味を失っている」


 「それは(使用者)次第だろう。ボクだって、自分や他人に、興味なんてあまり持てない」


 「おいおい。俺が言うのも、おかしな話だが、無関心はあまり良くないと思うぜ?そんな風に長い間過ごしていると、いつか、お前は自分のことさえも、他の何かと見分けがつかなくなってしまうだろうよ」


 「ボクは君じゃない。ボクも自分が空虚なものだってことは自覚してる。だけど、ボクは君のように他人の人生をもてあそんだりはしたくない」


 「ふふふ。転生する前の、お前のことを知っているからだろうだが、こうも人格が違うと戸惑ってしまうな。孤児(みなしご)のお前が、そんなにも出来が良いと、よほど中央の魔女の教育が行き届いていたんじゃないかと勘繰ってしまうが、許せよ?」


 「前の人生になんて、興味ないよ」


 ──ドクン。と、意識とは別の、明らかに異なる主体性を持っているような何かが、激しさを宿して波打つ。


 「ボクはスイ(名無し)だ。他の何にもなれやしないし、なりたいとも思わない」


 「ははは! 皮肉な名前だ。だが、お前のことを、まず最初に定義づける機能を持っている、そのシンプルな名前が俺にはひどく羨ましく思える」


 「別に珍しい名前でも無いでしょ。特に孤児には」


 「名前と云うものは重要なんだぜ?まア、そんなことは、魔法使いのお前には教えるまでもないか」


 シージは、そう言いながら背を向けて、妙にハキハキとした口調で、ゆっくりと、酔い痴れるように独り語りを続ける。


 「授け与えられた名前には魔力が宿る。名付けとは、生命に名称を吹き込むことで魔力が機能する、魔法的な意味合いを持つ儀式に他ならない。(よそ)(てめえ)を分かつ為に、誰がどう見聞きしたって、易々とアレとコレの識別が出来るようにする為に、まず、産み出されたものに、名前と云う個別の特殊な番号を振る」


 誰も彼女に相槌を打ちはしない。

 何かの底に沈んだような、この空間の中では。


 「そうすると、魔法使いであるやなしを別にして、その個別の特殊な番号は膨大な数の多様性を孕んで、色とりどりに着色されていく。世界に内包されながらも、たしかに分離して、それぞれが個々として区別されると云う現象が起きる。それが、たとえ、スイ(名無し)と云う意味の名前だったとしてもな」

 

 シージは振り返って、そこで言葉を切る。


 「ところがだ。俺は()()()()()と云うものを失ってしまったのさ。勿論、魔法を使う時には、詠唱やらを行う為に、今は便宜的にシージと名乗っているがな?この名前は、能力を模倣して奪った魔法使いの名前だ。何千年も、他人の能力の猿真似を続けた代償なのか知らんが、俺は自分の名前を、()()()()()()()、自分に与えられた名前を、どうしても思い出せん」


 「そんなの、ただの加齢によるものじゃないの?何千年も生きてるんだし、名前なんて忘れてたって不思議じゃないよ」 


 「簡単に結論づけるなよ。俺だって、本当にそれだけだったなら良かったんだけどな」


 「それに、偽名というか、仮で名乗っている名前でも詠唱が機能するなら、問題なんて無いように思えるんだけど」


 「おいおい。それは些か淡白過ぎやしないか?本当に長い間、俺は自分の名前を求めて、捜しまわっているんだぜ?もう少しウエットな感慨を抱いてくれよ」


 「君はやけにボクに親しげにするけどさ、ボクは君のことを知らないし、ボクの前世が君と知り合いだったとしても、今のボクは、君のことなんて、ちっとも憶えてないんだよ?どう考えても、今のボクたちは初対面だ。初対面の人の主観に対する感想なんて、ドライでもウエットでも、大した違いなんてないんじゃないかな」 


 「お前は人付き合いが下手だ。お前が違いを感じなかったとしても、相手も同じように感じているものだとは、俺には到底考えられないけどな」


 「なんで君にそんなことを言われなきゃならないんだろう」


 少しだけ情けなくなる。


 「俺は可哀想な奴なのさ。勿論、お前もだ。だから解る。俺もお前も、同じ穴の狢で、この世から、はじかれるべくして、はじかれてしまった、哀れで惨めな存在だ。名前を忘れてしまった魔女だなんて、悲劇的だとは思えないか?だがしかし、考え方を変えてみればどうだ?たとえば、この世界が広大な敷地の牧場で、此処に住まう連中が家畜だとしたら?連中に与えられた名前が、本当に個別に識別される為だけに与えられたのものだとしたら?」


 こんなにも、あっちこっちに話が飛躍するヤツに、不覚にも説教をされてしまったのか。


 「ボクは別に哀れでも惨めでもない。君みたいに自分の名前を忘れてやしない」


 「お前のことを哀れだと、俺が思うのは、お前が、たとえ欠片の一部だとしても、女神の転生者でありながら、前世の記憶を何一つ持たずに産まれ、更にはその名前(スイ)を与えられたことで、お前が女神だったことを証明するものを上から書き換えられてしまっていることだ。まるで、封でもして、思い出させないようにするみたいにな。お前の名前には、もっと違う意味合いがあるのさ」


 「そう思うのは君の勝手だよ」


 「そうか?本当にそう思うか?」


 シージは昂る様子をまるで抑える仕草も見せずに揚々と問い掛けてくる。


 「コトハさんがつけてくれた名前だ。意味なんて無い。ボクに似合う名前を、それだけの理由でつけたって言ってた」


 「ハハハハッッッ!!」


 「笑うとこあった?」


 「お前たち親子は本当に俺を愉快な気持ちにさせてくれる。お前はコトハから与えられた名前(それ)を、愛だと感じていることだろうな?きっと、コトハも同じだ。お前たちは親子としての深愛の絆で、固くかたく結ばれている。()()()()()()。それだから、名前に宿る魔力も強くなる。お前たちを結びつける愛は、誰にも(ほど)けない強い呪いだ。なア?いいかげんに眼を醒ませよ?()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


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