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リンカーネイトリンカーネイトリンカーネイト  作者: にがつのふつか
第六章 『巡アラウンド・ザ・クロック』
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『血を喰らう。』



 「魔力の漏出を防ぐのに精霊との契約を解いたのか。この後にどうやって戦うつもりだったんだろうな?フフフ。しかし、(シージ)お前(スイ)だとしても、その手を取るかも知れんな。まア、当然のコトだが、俺はお前では無いんだけれどな」


 はいはい。うるさいうるさい。


「そんなに煙たい表情(かお)をするなよ。好手と云えるかどうか、万人には受けないだろうけどもな、一概に悪手とも言い切るコトも出来ないかも知れない、お前自身はどうだ?」


「そんなコト訊いてどうすんのさ?」


 呆れる。もう何だって良いから、少し黙っててくれないかな?


「それは俺が知りたいからに違いないな」


ボク(スイ)が君の知りたい欲を埋めてあげなくちゃいけないの?嫌だよ、そんなの」


「今、俺の興味を最も惹きつけるのがお前だからだ」


「いい。いらないそんなの。それに、()()()()()()()()()?」


 イファルの王宮とは明らかに異なる、空虚としか言い表せない灰色の空間。

 転移魔法でも使ったのだろうか、或いは、わたしは既に死んでしまっていて、走馬灯のような幻でも見ている最中なんだろうか。


 どちらにせよ、このぼんやりとした灰色の場所に、わたしとシージ以外には誰ひとりとして居なかった。


 「他の連中が居ては騒がしくてかなわないからな。俺はお前とゆっくり喋りたいと思ったんだ」


 「ボクは未だ死んでないってコトか。皆は?無事なんだろうね?」


 「今は心配するコトはない。お前の眼には、とてもそうは映らないだろうけども、此処はイファルの王宮だ。お前の仲間は、お前には見えないだけで其処に居る」 


「君の幻術なのかい?」


「違う。周囲の時間を停滞させる魔法だ。理屈はよく知らないが、術者ではない、被術範囲外の人間には、灰色に映る映像でしか辺りの認識が出来なくなるらしい」


「アバウトだね」


「模写した魔法だ。理屈や理論を俺が考えて使う必要がない。写し取ったものを、正確に書き出せば良いだけだ」


「君も時間に関する魔法は知ってたんだ。コレも禁術の類いなのかな、全然見たコトも聞いたコトもないよ」


「俺が使えるのはコレだけだ。時間を停滞させたからと云って、俺が未来に先に着くわけでもない」


 既に血は止まっていた。酷い痛みは残響を遺して、少しずつ退いていく、と良いんだけど、身体の芯に打ち込まれた軋み、みたいなもので、全身が重たくてダルくて仕方がない。


「精霊魔法に拘り過ぎない方が良いと俺は思うぜ?精霊との意志疎通レベルの異様な高さが、特質ではあるんだろうが、未だ身体が追いついて無い。追いついて無いと云うか、開花するのかさえも不明瞭ではあるだろう?精霊使いとは謳っていても、所詮、魔法は魔法だ。デカい魔法を使ったが為に大食いな精霊に身体も魂も喰われかけて、契約を解く羽目になるわけだ。お前くらいに技術があるなら、通常魔法にシフトした方が選択肢が増えるのは明白だろうな」


 解釈の違いかな。違う人物には、選択肢を絞れとも言われたんだけど。


「どっちにしろボクの勝手だよ。君には関係ない」


 わたしは未だ何か言いたそうなシージに向かって、バッサリと切り捨てるように冷たく言う。そんなことよりも。


「どうして君は平気な顔をしてるんだろう?シャオにボコスカにやられたくせに」


「物理攻撃で俺は殺せはせん」


 心底、興味の無さそうな顔でシージが言った。効いてはないだろうとは思っていたけれども。


「物理攻撃で死なないなんて、そんなのを、只の人間っていわないよ」


 種族としての魔女ではないって、シージ(肉叢の魔女)は言っていた。()()()()()()()だって。


「物理攻撃を吸収するスキルか、防御魔法でガードしてたってコト?」

 

「お前の母親(コトハ)と同じだ。自動で肉体を再生するスキルを俺も持っている。無論、コトハのものと比べれば、随分と劣るがな」


 イラッ。


「真似しないでよ」


 イライラ。


 シージは模写の魔法使い。ということは彼女がコトハさんの能力を泥棒したってコトだ。不快だ。


「君の粗悪な模写魔法は見るに耐えない」


 これは只の悪口。


「手厳しいな。俺が模写しきれなかったものなんてのは、コトハのものくらいなんだぜ?」


 シージはそう言いながら、自らの右手の中指を掴むと、手の甲の方に向けて、容赦なく力を込めると、わたしの目の前であっさりと折ってみせた。

 ──ボキッ! と嫌な音がする。


 わたしは無感情でそれを眺めていた。

 

 悪趣味な彼女のコトだから、何かやるつもりんだろうと簡単に推測出来た。少しでも反応してやるもんかと思っていた。

 

「見てみろ。再生が遅いだろう?無論、コトハのものに比べてみれば一目瞭然だが、こんなに遅くては戦闘では大して役に立たん」


 根元から直角に近い角度で折れ曲がっていた彼女の指が、時間を巻き戻すみたいに、むくむくと起き上がっていく。鬱血して変色した皮膚の色も、それに従って元通りに。それを見て、『たしかに遅いな』っていうのが、わたしの正直な感想だった。


「シャオの攻撃は、取るに足らなかったって言いたいのかな?」


「どう考えてもそうだろう?再生が追いつかないスピードで攻撃されたが、ただそれだけだったぜ?無意識だろうが魔力を僅かに込めれてはいたコトは確かだが、あの程度では、俺にとっては空振りと変わらない」

 

「ふうん。つまり、物理的じゃなくて、魔法的だったら、君を死に至らせるコトは可能ってコトかな?」


「その通り。だが、俺を殺せた魔法使いに、俺は未だ出逢ったコトは無いけれどな?」


「嫌な言い方だね。コトハさんでも殺せなかった君を、殺すコトが出来る魔法使いは存在しないと言いたそうだ」


「そこまで増長はしていない」


 シージはそうやって笑いながら言った。

 

「スイ。非常に惜しかったと俺は思っているんだぜ?お前の精霊魔法なら、俺を殺すコトが出来たかも知れないんだからな?だが、お前は精霊との契約を解除した。お前が延命の為に取った措置は決して詰られる行為では無い。寧ろ、称賛に価する英断だ。しかし、それでお前はお前の剣を失ったわけだ。それは、この世界で最も優れた剣だったかもしれない」


「気色の悪い言い回しだね。君に評価されるのは、何だかとても気分を害する。君が言っているコトは半分くらい嘘だ。ボクには君を魔法で殺すイメージがまるで浮かばない」


「お前にどう聞こえるかは知らないが、俺は事実を言っているんだ」


「殺すならさっさと殺せば?……と、言いたいところだけど、君の本当のところの目的がボクにはよくわからない。君が邪悪なコトだけは確かだけど、ボクを殺すつもりでも無さそうだから」


「それは当然そうだろうな」


 シージはそう言って、わたしの腕を掴んだ。


「離して」


「細い腕だ。魔法でなくても、力で組み伏せれてしまいそうだ」


「こんなボロボロの相手、何がどうしたって倒せるでしょ。でも、君はそうしない」


「何故そう思う?」


「言う必要があるかな?殺すつもりなら、君は最初から、この場に居る全員を殺せた。だけど、君は今に至るまで静観を続けた。何か理由が無い方が不自然だ」


「だからといって、俺がお前に何もしないとでも?」


「そんなコトは言ってない」


 そう。この時になって、わたしはシージの本当の目的について理解が及んでいた。なるべく考えないようにしていた所為かも知れない。考えたくなかった、が本音だったと今なら思えるけれども。


「君の本当の目的はボクだったんだ」


 イツカには通用しないと言っていた、シージの模写の魔法の形態の意味、それもようやく判った。模写、とは随分と柔らかい表現だけど、彼女の魔法は、奪う、に近いのだ。

 だから、悪意に反応するイツカの魔法には弾かれると想定したんだろう。


 わたしを逃がさないようにして、シージは掴んだ腕を離そうとはしない。


「だけど、精霊との契約を解いた後では、少し遅かったんじゃないかな?今のボクから、得られるものなんて何も無いと思うけど」


「案ずるなよ。本質はそこじゃない。何故お前が優れた魔法使いであるのかという理由をよく考えてみるがいいさ。それは能力や技術だけの話じゃない。持って産まれた天性の資質、或いは、お前の中の魂そのものだ」


 彼女は話が本当に長い。

 真意を煙に巻いて、解答を先延ばしにしているような印象しか受けないけど、()()()()()()()()()()()()()()()()なんだろうと思った。くだらない言い回しは、単なる口癖みたいなものなんだろう。


 そして、痛みが収まりかけていた、わたしの腕に激痛が走る。それは、本当にのたうち回るくらいに。


 何故なら、文字通り、シージがわたしの腕に喰らいついているのだから。


 鋭い、かは知らないけど、あんなにも強く噛みつかれたら、人間の皮膚なんて簡単に破れてしまう。


 恍惚。狂喜的な光を宿して濡れた彼女の瞳が、とてもいやらしく歪む。


 まるで、わたしが痛がっているコトを、心の底から喜んでいるみたいに。


 それから音がした。


 シージが、わたしの腕から流れる血を啜る音だ。


 とんでもない光景だった。この魔女は、正気の沙汰では無いんだろうけど、そんなコトは当たり前で、彼女の模写の魔法の発動形式が、傷つけた対象の血肉を接種するコトなんだろう、と考えてしまうと、果てのない眩暈がわたしを容赦無く襲う。


 その後に、悲しくもないのに、泣きたくなった。


◆◆


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