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リンカーネイトリンカーネイトリンカーネイト  作者: にがつのふつか
第六章 『巡アラウンド・ザ・クロック』
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『魔法の喪失。』



 これ以上絡まることがないくらいに、グチャグチャになった糸を、凄く丁寧だけど、めちゃくちゃ乱雑に解くイメージが形になると、そのまま突き刺さってきそうな程に強く思い浮かべた。まるで頭の中に灼いた何かを放り込まれたみたいに、強烈な痛みが規則的な信号を打ちながら駆け抜けていく。


 そして、わたしは口の中に何かグニュグニュとしたものがあるのに気づいて、床にそれをペッと吐き出す。


 言うことをきかなくなって、だらしなく涎を垂らした口から、血と唾一緒になって、あまり勢いもなく吐き出されたそれは、わたしの舌の先っちょだった。自分で言うのも何だけれど、わたしの舌は綺麗なピンクで少し可愛く見えた。


 それよりも頭が痛くてしかたがない。息を吐くたびにズキズキと痛む。とてもじゃないけど生易しいものじゃなかった。本当に頭の内側が炎で灼かれてしまっているようで、魔法を止めないと、このままわたしの脳は焼き切れてしまうんではないかと思うと怖くもなった。


 脳をやられてしまっては、さすがに取り返しがつかないかも知れない。だから、わたしは魔力の流れを操作して(あくまで流れを)、なんとか対価を別の部位に代えられないものかと思案してみる。出来れば、このどうしようも無い痛みから逃れたい。


 そんなこと初めてやったんだけどさ。


 痛みを包む外皮的なものの外側を掴んで、痛む箇所から引き剥がして、何とか下へ下へと流すイメージを浮かべる。あくまでイメージ。だけど痛みは赤々とした筋繊維みたいなもので酷く強く繋ぎとめられていて、力任せに引っ張られたそれが、ブチブチと音を立てて切れていくような映像が浮かんで、気が狂いそうになる。


 眼球の奥がめちゃくちゃに痛い。


 頭の皮がズルリと剥けて中のモノが、

ゆっくりと這い出るように流れだしていく。


 意識が飛ぶような事はなかったけど、

代わりに両方の手の指先が死ぬほど痛くなる。


 嫌な臭いがして、

恐る恐る確認すると、

案の定わたしの指先は真っ黒に焦げている。


 ───おおう。


 これは流石にきつかった。生きたまま焼かれるっていう体験なんて、生きてるうちに味わいたくなんかない。

 激痛。あまりの痛さに尋常じゃなく歯を食いしばるものだから、ゴリゴリと音を立てて奥歯が削れていく気がする。


 炎で焼かれる火傷じゃなくて、魔法の対価として確かに肉体を奪われている。

 わたしの指は灰にも炭にもならずに、見るみるうちに文字通り消えて失くなっていく。

  

 魔力を失った魔法使いの末路とはこういうものなのだ。


◆◆


 「スイ!! スイ!!」


 シャオやユンタが、気が狂ったような声をあげる。わたしのこの有り様じゃ、心配するなって方が無理だろうけど、ちょっとだけ過保護だよ、とも思った。正直、身体のあちこちが痛すぎて煩わしいとさえ思えた。


 「アハハッ」

 

 酷い女だなぁと我ながら思っていると、自然とそうやって笑い声が出た。気が狂ったわけじゃない。


 都中を凍てつかせた魔力で創られた凶悪な氷は、あっけなく割れて砕けたり溶けていったりして、それらは間違いなく術者(リロク)が絶命したんだって事を証明していた。

 魔力を失った巨大な氷塊は水にも気体にも変わらずに、灰色の薄汚れた塵になって、風に吹かれたわけでもないのに散り散りになっていった。


 リロクは意思を持った魔法なのだ。魔力の流れを絶つ言葉の魔法が効けば致命傷は避けられないだろうとは思ったけど、こうもすんなりと倒せるとは思ってなかったな。

 わたしの言葉通りに、リロクは魔法として存在する事が困難になって、あっけなく崩壊していった。

 

 と云っても、わたしもズタボロになってしまったんだけれど。

 禁忌に近ければ近いほど、わたしの魔法は凶悪な威力を発揮して、わたしの命を脅かす。ということが身に沁みて理解出来た。


 対価。わたしがどれだけ優れた精霊使いだろうと、マオライが物心ついた頃には既に傍らに居た友人だろうと、わたしが魔法使いで、操る現象が魔法であるかぎり、呪縛と同義のそれからは逃れる事は出来ないのだ。


 消え失せてくわたしの欠けた指先の辺りで、漏れた命のおこぼれにでも群がるみたいに、小精霊たちが集まってくる。彼らにとって、わたしの存在とは一体何だったんだろう?

  

 自分たちの存在を維持し続ける為の生きた餌。なんていうと、少し悲観的過ぎるな。魔法にとって、対価は、あくまで対価だ。原理だか摂理だかに従った結果、魔法使いは魔力を供物として差し出す。そう決まっているのだ。


 魔法使いと魔法との間に在る、決して揺らぐことのない不文律に、わたしは少しばかり感傷的な気分に浸らざるを得ない。


◆◆◆


 起こり得る筈の無かったこと、関連性の無かった事象と事象との因果、理路整然として緻密に構成される規則性を持って、或いは、それを覆す、難解で混沌に充ちた不規則性を備える。道標も無しでは、沿って辿る事さえ困難で、全てを飲み込んだ暗やみだと思っていたものが、自分が直視した強烈な陽光に因った目眩ましだったと云う結末もある。魔法は世界にまたがる大きな迷路でもあるし、その迷路の道すじを指し示す為の導きでもある。


 この世界じゃ、神も人も魔族も、魔法を扱う者は魔法使いと呼ばれる。種族的に人間よりも優れているとされてる超越者的存在の神や魔族だって、この世界では混迷を窮めて彷徨い、誰しもが等しく、全てを見誤って見失う。闇雲に掬い上げた手のひらから、唯一、零れ落ちなかったものに奇蹟を見出だし、欠けて足りない何かを埋め尽くす様にして、無数の口伝、或いは膨大な記述によって広められた。

 それに誰しもが縋り、欲して、崇めた。不確かで奇妙で巨大な世界の中で生きる()()()として。


 原始的魔法。それは()()()()()()()()()()()()()()()


 ………スケールの大きな話になってしまった。だけど、わたしが感傷的になってしまう要因として、欠かせないものだったりもする。


 さっきも述べたみたいに、元々は聖性を備えていた。魔法っていう名称で呼ばれてすらいなかったかもしれない。世界に産まれおちた、ありとあらゆる迷える者達を、()()()()()に導く為だったから。

 この場合の()()()、とは、善悪の観念で語られるものではないんだけれど。


 それだから、神々しく尊ばれていた筈の聖性は、剥がれるみたいに、自然に堕ちていくと、誰も気づかないあいだに、もしくは、気づいていたんだけど、眼を逸らしていたものだから、混沌でしかなかった世界を、唯一、律していた法は、少しずつ魔性を帯びて、力を増して、人々の望みは願いを叶える欲に替わり、底の無い坩堝(るつぼ)は世界を隙間なく埋める。


 原初の魔法世界。古代魔法よりも、もっともっと旧い時代。学術理論的な発展を遂げた現代の魔法に比べて、ずっと稚拙なものだった筈。

 簡潔で、乱暴で、それだから妖しくて、きっと美しい。魔法が字面通りの本性を表しているとしたら、わたしは間違いなく魔法に取り憑かれた魔法使いだ。


 代償。対価。契約。


 ()()()()()()()()()()()()()


 わたしが感傷に浸るくらいに泣けてくる理由は、その一文に尽きる。

 

 だって魔法だよ?ケチくさい話なんて、抜きにして語りたいものだよ。


 ──『僕にとってはこの世界はファンタジーだからね。いつも夢物語の中に居るみたいさ』


 血塗れでズタボロで、昂る気持ちをなぞるのは懐かしくて愛おしくて仕方のない声。


 ふっ。と声が漏れた。


 (迷う必要も無いか)


 わたしは自分で吐いた血溜まりを、消え失せていく指先で掬いとって、文言を呟きながら地面に文字を書き綴った。


 ──『親愛なる精霊(とも)たちに契約の下に我は告げる。我らを隔てるものが悠久のあいだの時だとしても再び(また)逢えるだろう。暫しの別れを。ありがとう。素敵な隣人たち』


 文字を書いた血は魔力を帯びると、結晶化し、蒸発し、わたしの声を聞き入れたみたいにして、少しずつ消えていった。


 これは契約を解く為の魔法。


 わたしは、こうやって、わたしの契約した精霊たちとの契約を解除したんだ。


◆◆◆◆

 

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