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リンカーネイトリンカーネイトリンカーネイト  作者: にがつのふつか
第六章 『巡アラウンド・ザ・クロック』
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『⑬。』



(疲れた疲れた疲れた……。

お腹も空いた……。はぁ……。何だか悲しくなってきた……)


身体の底、その奥の芯みたいなものが小刻みに震えて、

わたしの筋肉や神経を弛緩させる。膝が笑う。

目線は定まらないでアッチコッチに向くし、

シャキッと立ってる筈なのに、思わず尻餅をついてしまいそうになるし、今にも身体は思う方向とはアベコベに動き出して、全く言う事をきいてはくれそうにない。


それでも、わたしは空っぽになった筈の自分に、

ほんの微かな、本当に小さな(ともしび)が、未だ消えずに残っている事に気づいていた。


それは何だかくすぐったくもあり、

少しだけ煩わしくも思える。


いや、煩わしくはないか。


魔力の回復は自然治癒によるものに近いんだけど、

下限ギリギリまで失われた魔力の回復に伴う現象として、魔力の総量が増えることがある。


折れた骨が頑丈になる、みたいな感じかな。

でも、あれは一時的に骨が太くなるだけで、

完全に修復された時には元の大きさに戻るらしいけど、

増えた魔力は容れ物(魔法使い)の中にそのまま在り続ける。


空っぽになった魔力と魔法に喰われまいとする肉体が、

結果的に相互補助する形をとって、魔法使いの存在を維持する為に。そして、より強度を増す。


魔法使いの成長を促す行為ではあるけど、

鍛練を目的として、この作業を行う事は難しい。


魔力を全部失う事は魔法使いにとって自殺に等しいから、正確にはゼロから本当にごく僅かの残量のところで、小さな目盛りを合わせるみたいな魔力の操作が必要だし、自分をギリギリまで傷めつけないと、得られない力なんて、厄介だし不健全でもある。



でも、今、わたしの中ではそれが起きている。



◆◆


震えて仕方ない身体が、死の恐怖によるものじゃなくて、底から沸き上がる昂りなんだと気づいていた。


わたしは相変わらず頭の中でブツブツと文句を言っていたけど、()()()()()()()()()()()


だけど。


埋まってきているだけで、

魔力の総量が多分増えただけで、

今のわたしが弱りきっている事に変わりはなかった。


わたしの魔力(マイナス)リロクに効く魔法(死ね)、威力はさっきより間違いなく落ちるし、

魔力を最小限に操作して微調整して撃つには、

気分がハイになり過ぎている。


だったらもう悩む必要はない。


撃てるだけ撃つ。

威力は落とさない。

足りない分は舌でも喉でも好きなところを持っていけ。


リロクを包む巨大な氷は、

わたしを苛立せる圧を放つ。


正直、さっさと終わらせたかった。

終わらせて、横になって楽になりたかった。


あ、死にたいって意味じゃない。


◆◆◆


氷を割る。ハンマーを振り下ろしてでも、

床に叩き続けるでも良い。割るだけじゃなくても良い、

溶かすでも、そもそも消滅させるでも、

何でも良い。目の前の脅威を払う、


自分の魔法が敵を打ち砕くイメージを明確に、

彩度を一切欠かかずに、

撃ち抜かれた相手の身体から噴き出す血液の色や匂いや温度や飛沫の数倒れた相手の断末魔の叫び冷めていく骨肉、ありとあらゆるものを想像して、それらを正確に再現する。


……ていうのがセオリー。


実際。思えば思う程、魔法は強くなるし、

詳細を事細かに描けば描く程、

優れた魔法と評価されていく。


わたしもそれを実感しているし、

魔法が魔法である正確な在り方だと思っているし、

ある種、不文律的で欠かせない事実のひとつだと思う。


あくまで、事実のひとつだとしてね。


否定的な意味じゃなくて、

()()()()()方法もあるんだって、わたしは思う。


だってこの時、わたしは食べ物の事ばっかり考えてた。


濃く味付けして焼いた肉と焼きたてのパン、

オイル漬けの魚と採れたばかりの野菜をドレッシングで和えたサラダや、新鮮な果物に甘いお菓子。


ウクルク(故郷)でよく食べられる、

スパイスの効いた赤いスープの煮込み料理。


トロトロになるまで煮て、熔けたみたいになった肉も美味しいし、あまりお店では出ないけど、

わたしは白身の魚も合うと思ってる。

余ったスープにパンを浸しても美味しい。


はち切れそうな程に頬張った後に、

思いっきりそれを呑み込んで嚥下すると、

様々な食感や旨味が頭からお腹の中にまで、

パァッと拡がっていく。

それは快感に近い。

それから重たい感触が食道を伝って、

胃の奥を突かれたみたいな疼痛がして、

少し涙が滲む。


それでも香味野菜の残り香が、

再び強烈な食欲を掻き立てる。


……。


選択肢の結果が一方通行でなくても良いって言いたいだけなんだけどな。


いわゆる魔法における無尽論と呼ばれるものだけど、魔法及び、それによって引き起こされた事象、AとBの分岐を想定して、その分岐の先が各々CとD、EとFだとする。


そこから更にG、H、I、Jと分岐は枝分かれして、

文字通り無限に近い因果が産まれる。


まあ、これは魔法に限らず起こり得る現象なんだけど。


そこに魔法というモノが絡むと話は違ってくる。


魔法は分岐に沿う必然性を問うし、

因果の発生にすら疑問を投げ掛ける。


扉はあっちこっちに繋がって然るべきだし、

出口を抜けた先が入り口だって構わない。


当然、それには矛盾や代償が伴う。


矛盾や代償についての合切を魔法は一切厭わない。


だけど術者である魔法使いはそうもいかない。

因果をねじ曲げて産まれた矛盾で発生した代償は、

そのまま魔法使いの命を脅かす。


脅かすからこそ、一般的な魔法使いと、

一線を越えた魔法使いの違いの差は明白になる。


自分の命を値踏みして躊躇してるようじゃ、

後世に語り継がれるような魔法使いにはなれやしない。


まあ、それが全てで絶対的に正しいなんて事も無いんだけど。そのへんの塩梅ってのは実に難しい。


優れた魔法使いとイカれた魔法使い。


どっちだって別に構わないんだけど。


わたしはこの時、リロクを倒すイメージよりも、

その後に食べたいものの事を想像して、

自分の記憶する味や匂いを辿って多幸感を強くイメージした。


血なまぐさい場面に似つかわしくない幸福。


それはわたし(魔法使い)を、この世界のあらゆるものへと接続し、与え、祝福をもたらす。


「『スイ!! 残念だったな!?

お前の魔法では(リロク)は殺せなかった!!

僕の氷は僕を守って時を戻す!!

お前の努力は全て無駄!! これで水の泡だ!!』」


なんてリロクが吐かす。


それからもうひとつの声がようやく聴こえる。


「『案ずる事はないのだ。スイ』」


マオライに言われるまでもない。


「『君は君で在れ』」


わかってるって。


───スゥ。と、わたしは深く息を吸い込む。


イメージは疾うに出来てる。


───「『その魔法、(ウェイ)意味を成すな(チェンリィ)』」


リロクご自慢のくだらない氷に小さな穴が穿たれ、

絡まった糸をアッサリとほどいていくようにして、

わたしの魔法はリロクの氷を引き剥がしてやった。


言葉の通り、魔法を無効化した。


死ね。の言葉が来るんだと思っていただろう?


◆◆◆










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