『⑦。』
◆
痺れを切らしたリロクが遂に動いた。
なんで彼が動いた事が判るかっていうと、
それは彼の存在が魔法そのものだからに他ないんだけど。要するに、魔力の流れを見て感じ取れたんだ。
実体の無い彼からすれば、魔力の流れを読まれたところで問題はないのだろうけど、魔法使いの戦いにおいては、それは致命的な行動だとわたしは思う。
慢心や傲りの類いじゃなくて、
彼の行動は習性に近いものなんだろう。
実体が無いものを捉えるには、相応の魔法やスキルが不可欠な事が多々あるし、それらはとても希少な能力である事が殆どだ。
そして、リロクはその希少な能力の所有者と出会した事が無いのだろう。
以前に対峙した、
鬼火のロウウェンの行動と酷似している。
身体を炎に代える自動防御のスキルを持っていた彼は、
相手の攻撃に対して全く無頓着だった。
ああ、でもロウウェンは炎を斬れる相手と戦った事があるって言ってたかな?
それでもいずれにせよ、
彼が殆どノーガードで(本当はそうではないのかも知れないけど)戦闘を行っていた事をわたしは思い出していた。
──あの時はリクが居た。
そして、わたしは相変わらずイライラしていた。
だって思わない?
彼らは攻撃の干渉を受けづらい特性を、
無敵か何かの証明と勘違いしてるみたいに感じてしまう。
そんなもの想像力の欠片も必要としないし、
そういう特性が存在する事は勿論納得出来るんだけど、
わたしから言わせれば魔法じゃない。
この時、わたしにはリロクが格下の相手にしか思えなかった。こんな奴に、コトハさんとの暮らしを引き裂かれたのかと思うと、本当に反吐が出そうな程に胃の奥がムカムカとしてきていた。
それからリロクが取ろうとしている行動。
それが明け透けに解りやすいものだった事も、
わたしを酷く苛立たせた。
「馬鹿。無駄だよ」
わたしの声は凄く冷たかったと思う。
リロクが寄生先に選んだ相手はシャオだった。
シャオに魔力は無いけど、彼女の身体に流れるエルフの血は魔法への高い耐性を性質とし備えさせている。
リロクは無論、そんな事は百も承知だろうけど、
彼の寄生魔法には抵抗への判定を曖昧にする仕組みがかるのかも知れない。
わたしがそう思うのは、彼がこれまでに寄生先に選んだのは高名な魔法使いばかりだっただろうから。
ついさっきまで、彼が取り憑いていたミナトも含む。
ミナトは少し変わってるけど、
強い魔力を持つ天恵者だったのだから。
リロクは必ず、一番フィジカルの強いシャオを選ぶ。
この場で能力的にもコンディション的にも最強なのは、
間違いなくイツカだけど、
魔法を無効化する審判と判定を警戒するだろうし、
魔法への高い抵抗と肉弾戦での優れた戦闘力を持つシャオなら、この場から一旦逃げるだけなら使い勝手が良い。
とか考えてたんだろうな。
浅はか。不愉快。
なんだってこの男は、わたしの周囲の大切な人たちの事をこんなにも軽んじているのだろう?
◆◆
シャオは魔力を操作して感知する事が殆ど出来ない。
彼女は野生の勘みたいなもので魔力の流れを知る事が出来るんだけど、勿論、魔法使いの魔力感知に比べれば僅かにだけどラグは出来る。
物理的に目視出来ないような魔法なら、
その驚異的な身体能力をもってしても、
シャオは一瞬の間は無防備になってしまう。
だから、わたしはシャオに魔法をかけていた。
───『封ずる』
この言葉は、
対象の持つ身体的、或いは精神的なもの、更にはその全ての一切合切の行動や思考を封じるという、とても強い意味を持つ。
───寄生魔法。意識だけで存在する生命体。
そうやって聞くと、目に写らないものをどうしたってイメージしてしまうかも知れない。
霧や霞、或いはもっと無色透明の、
実体の無い幽霊みたいなものを思い浮かべてしまう事だろう。
そうやって想像力は知らず知らずのうちに柔らかく凝り固まっていく。型にゼラチンを流し込まれる様に、
概念的事実とでも呼ぶべきものによって。
それこそがリロクの魔法の本質を外側から見えづらくさせて、難攻不落めいた完璧な魔法だと勘違いしてしまう要因。
わたしは『実体の無い意識だけの存在を捕らえろ』という言葉がリロクに有効なのかわからないと言ったけど、
それはあくまで、ひとつの視点からだけ事象だの現象だのを捉えていたらの話。
概念、理屈、常識。
生きていくうえで何かに沿うことは大切な事だし重要なものかも知れないけれど、空気みたいに漂うソレは時には眼に見えない薄い膜を張って見たいものを見失わせてしまうんじゃないかな。
どこかの誰かにとっては空想的な青臭い主張だと、
一笑に付して終わるような言葉に聞こえるだろうね。
魔法にそんなものが、本当に必要だとあなたは思う?
その正解がどちらかなんて、
わたしにはわからないけど。
わからないけど、わたしが使うのは魔法だ。
空想をカタチに出来なくて、
何が魔法使いだ。
怒りと高揚感をごちゃ混ぜにして、
わたしは乱暴に繊細に魔力を練る。
血の流れと、魔力の流れが触れ合って融けて交じわる。
……こんな事、言う必要も無いけど、
魔力を練りながら、
わたしは少し濡れてしまっていたかも知れない。
女性的な部分が肉感的に。
内緒なんだけど、たまーーーになるんだよね。
本当に、ごく稀に。
◆◆◆
「ハハハ! おい! リロク! やっぱりお前じゃ役不足じゃないか!? スイが何か仕掛けるぞ!?」
シージがとても大きな声でそう言う。
わたしに負けないくらいにきっと彼女も昂っているのだろう。
「精霊の御子!!
見せてくれよ!? 俺に!! 数千年の時を生きても尚、他者への関心に喰い潰されそうになる浅ましいこの俺に!!」
知らないよ、そんな事。
少し黙っててくれないかな。
真っ白の海鳥が何も無い空を渡る、
ただのイメージ。わたしの頭にそれが浮かんで、
満たされて、吐き出していく。
それから。
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