第二十二話『古い魔獣。』
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(やった………!!
バカだ。この亜人は強いがバカだ。
なにを考えているのかは知らないがこの亜人は私に勝つ好機を完全に逃した。
もう遊んでいる場合ではない。
この亜人は確実に殺さなければならない)
ツァンイーは不気味な笑みを浮かべ、詠唱を唱えながらユンタとロロから距離を取った。
「汝の言葉を封ずる。理に触れること、真理を読み解くこと、その全てを行使すること、我が汝の根に命じて禁ずる」
ユンタは武器を構え、ツァンイーを追った。
(今さらもう遅い!!お前の負けだ亜人!!)
勝利を確信した慢心からか、
ユンタの口元が笑っていた事をツァンイーは見逃していた。
───『静寂の魔封じ!!』
ツァンイーは追ってくるユンタを更に引き離すように距離を空けた。
(勝った勝った勝った勝った勝った勝った!!!
いくら体力が回復したといっても、今の自分の方が全快に近い。あの亜人は追いつけない!!)
「爛れし沼から這い出し者よ。濁りの底で蠢きし者よ。数多の蟲の群れよ。亡霊の王者よ。瘴気を持ちて混沌と為せ」
───『毒の王!!』
ツァンイーが口から紫色の煙を吐き出し、対象を屠る為の猛毒の煙は猛烈な勢いでユンタだけでなくロロまでも覆っていった。
「バカが!
頭の悪いグラスランナー!!
また嘘を信じたな!?だから利用されるんだ!
でも利用されるしか価値の無いやつだ!!
頭の悪いお前を助けようと思った亜人も正真正銘のバカだ!!
絶対に助からない!!
ツァンイーを虚仮にするバカは二人揃って死ねばいい!!とツァンイーは思う!!」
高らかにツァンイーは笑った。
「ハァ……ハァ……ロロめ!
魔力までは回復させてないな!
抵抗のつもりか……。もうほとんど残ってない……。
やっぱり一緒に殺しておいて正解。役立たず。
とツァンイーは思う」
濃い紫色の煙は視界を遮って周囲に充満し、
ツァンイーは二人の死に様を見てやろうとその様子を伺っていた。
触れれば病にかかり、吸えば即死する猛毒の煙だ。
苦しむ間も無く死んだだろう。
本当は出来るだけ苦しませて殺したかったが、と思っていた。
重たい煙が時間をかけて消え去るのを見届けたツァンイーの表情は、だんだんと歪に変化していった。
「う……嘘だ!?な、なんで?魔法封じを喰らった筈なのに!?」
煙の消え去ったその場所に、ユンタがロロの肩を抱き寄せるようにして立っており、その口元には不敵な笑みを浮かべられていた。
青白く光る防御結界が二人を護る為に張られていた。
「サンキューなーーー。ラクーンロード!!」
ユンタは二人の前で宙に浮かびながら結界を張っている一体の、タヌキに似た魔獣に声をかけた。
「お安い御用。間に合って良かった」
チャガマと呼ばれた魔獣は人語を喋った。
ユンタに頭を撫でられ、表情は分かりづらかったが太い尻尾を振りながら嬉しそうにしていた。
「今の煙で空気が汚れてしまってる。ついでに綺麗にする」
チャガマは発光して、毒魔法の煙がまだ残る周辺の空気の浄化を始めた。
「か……かわいいッス!!」
ロロが目を輝かせてチャガマの背を撫でた。
チャガマは気持ち良さそうにして、撫でるロロの手に頭をこすりつけていた。
それを見て楽しそうにユンタがロロに言った。
「ウチの友達!!チャガマだよーーー。
この子は結界を操る魔法が得意でさーーー。
状態異常を回復する結界を応用して、辺りの空気を清浄にしてくれてんだよーーー」
「こ、こんなにちっちゃくてかわいいのにすごいッス!!」
ロロが興奮しながら言った。
「召喚術……!!ロロ……!!『二枚舌』のスキルを使ったな……!!」
ツァンイーが憎々しげにロロを睨みながら言った。
「そ、そうッス!!
ツ、ツァンイーさんはきっと魔法封じをしてくるから、ツ、ツァンイーさんに回復の呪歌を歌うのと一緒に、ユンタちゃんには『音の無い世界』の呪歌を歌っていたんス!!
だから、聴覚を通じて干渉して来る魔法封じはユンタちゃんには効かないッス!!
ツ、ツァンイーさん気づきませんでしたね?」
「ク、クソッッッ!クソッッッ!!役立たずが余計なことを!!」
ツァンイーは地団駄を踏み悔しがった。
自分より格下だと思って見下していたロロに出し抜かれたのだ。
「ユンタちゃんの自信の根拠は正直自分には理解出来ないッス…。
格好良すぎるんス。憧れるッス。
ユンタちゃんは自分に信じるか信じないか任せるって言ってくれたッス。
自分にはおこがましいけど……自分はユンタちゃんを信じるんス。それから、えーーーと……ユンタちゃんを信じる自分のことを信じるッス!!!
ユンタちゃんの方がツァンイーさんたちなんかよりかっこいいんス!!!
ユンタちゃんめっちゃかっこいいッス!!!!
マジリスペクトッス!!!!」
堂々とロロはそう言い放った。
「やだーーー照れるーーー」
ユンタはポーズを取って楽しそうに笑っている。
「ロロ子ーーー!ありがとねーーー。やっぱりロロ子すげーーわ。同時詠唱みたいな高度なスキルをサラッと使えんだねーーー」
「他に取り柄が無いッスから……。褒めてもらえて嬉しいッス!!」
ユンタとロロが楽しそうにはしゃぐのを見ながら、ツァンイーはひどく苦々しげだった。
「クソ!クソ!クソ!クソ!ツァンイーは勝ってたのに!
ロロが裏切ったからだ!!
だからお前は誰にも必要とされないんだ!!
ゴミめ!ゴミめゴミめゴミめ!!
お前のことを大切に思うやつなんて何処にもいないんだ!!
亜人!見ただろう!
コイツはとんでもない嘘つきだ!!
こんな奴を助ける価値は無いぞ!!とツァンイーは思う!!」
苦し紛れにツァンイーは口汚く毒づいたが、憔悴した様子は酷く惨めなものに見えた。
ユンタは頭を掻きながら為息をついて、ツァンイーに言った。
「お前もう魔力残ってねーーだろ?
かたやウチは魔力パンパン。
どーー考えても勝ち目ねーーからな。諦めろ」
ツァンイーは口惜しさに震えながらギリギリと歯ぎしりをして何も言わなかった。
「でもさ。
ウチもこんだけ痛めつけられて、
ロロ子のこともたくさん傷つけられて。
しかも、おめーーー今ウチの言った条件破ったな?
ロロ子に、まーーーたくだらねーこと言ったな?
こんにゃローーーー?
殺すのは勘弁してやるけどよーーー……。
どーにもこーにも腹の虫が治まんねーーから!!!
殺さねーーー程度に…………ぶっ殺すッッッ!!!!!!」
ユンタが怒声ともに発した気迫の圧力に、ツァンイーはもはや立っていられないほどに恐怖し、踵を返して全速力で逃げ出した。
詠唱を始めながら、とてつもないの量の魔力をユンタが練り上げ始めていた。
「金色の王よ。誇り高き古の獣よ。世界を蹂躙せし暴虐の化身よ。汝、我と結びたもうた契約により、我が命によりその身をここに顕したまえ」
───『ナードグリズリー!!』
雷鳴の様な凄まじい音が鳴り響き、
辺りの木々を揺らす旋風が吹き荒んだ。
目を開けていられないほどの眩い光で、夜になって闇に包まれていた深い森が昼間のように明るくなった。
「ま、眩しッス!!」
ロロが目を手で覆って叫んだ。
「ユンタ、相当怒ってる。
あんなの相手にアイツ呼び出すなんて。
ロロ。少し危ないから僕の後ろにいて」
「わ、わかったッス!チャガマくんかっこいいッス!」
チャガマは返事をしなかったが、ロロの為に更に強固な結界を張り、相変わらず嬉しそうにブンブンと尻尾を振っていた。
光が消えると、森は再び暗闇に戻り始めた。
ツァンイーは自分の後方から発せられる魔力の圧に堪らず振り返ってしまった。
あの亜人が召喚術師なのは知っていたが、二体も同時に召喚出来るとは聞いてなかった。
「格下だと思っていたのに……。
魔法も封じられた雑魚の筈だったのに……。
ツァンイーは悪くない!!ツァンイーのせいじゃない!!
この亜人が卑怯なんだ!!!
こんな強い魔獣を隠し持っていて卑怯だ!!!とツァンイーは思う!!!」
ユンタは呆れながらツァンイーに言った。
「ガキかよ、おめーーーは?
大体、最初に不意打ちかけて魔法封じたりズルしてんのおめーの方だっつーーーの」
そしてユンタに召喚された魔獣が、踞っていたユンタの足元からゆっくりと立ち上がり始めていた。
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読んでくださった方ありがとうございました!
明日も投稿します!
あと投稿時間、今見たら昨日と大体同じでした!
遅い時間ですみません!