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リンカーネイトリンカーネイトリンカーネイト  作者: にがつのふつか
第六章 『巡アラウンド・ザ・クロック』
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『ウクルクへ向かう。』


前話と場面切り替わっています!


時間も少し経過し、

ここからはスイの視点で書いてゆきます



「あれ?今、何か揺れたーー?」


そう言って、ユンタはわたし(スイ)に問い掛ける。


「揺れたような気がするね。地震かな?」


わたしは遠くを眺める仕草をしながら言った。

特に何かが見えていた訳では無いけれど。


◆◆


なだらかな道に沿って整えられた街道は、

ウクルクまでの一本道で、

若くて健康そうな馬に牽かせた幌馬車は、

幾つかの小さいけれど賑やかな宿場町や、

数多の妖精や精霊が棲むトンネルの様な小さな森や、

水神の加護を受けた綺麗な河川を通り過ぎて、

わたし達をウクルクの都まで送り届けている最中だ。


天候は良好で、

暖かい春が来るのはもう少し先だけど、

しっかり上着を着込んでいれば、

暑さを感じそうなぐらいに気温も高かった。


中央諸国には、四季が訪れる。

異世界(ニホン)と同じ様に。


「転移門が使えないんならさーー、

魔法で送ってくれりゃ良いのにね」


ユンタは少し愚痴っぽい口調だった。

多分、わざと。


「しょうがないよ。

その代わりに立派な馬車を用意してくれたんだし。

歩いて帰るよりはマシじゃない?」


馬車を牽くのは馬に似てる生き物だけど、

馬よりも随分毛の長くて、脚も太い。

北方諸国原産の雪馬(シュエマ)と云う種類らしい。


雪や氷に覆われた、

北方の大地を歩くのに適しているらしいけど、

長い毛並みと、荒い息遣いからするに、

今日の気温は彼らには少し厳しすぎるのかも知れない。


時々、休憩をさせて水を飲ませてはいるけど、

心なしか足取りは段々と重たくなってる気がする。


この子達(雪馬)には悪いけど」


「てかーー、何で雪国産まれの馬を貸すかね?」


「しょうがないよ。()()()()()()()()()()()

与えれたもので我慢するしかなくてごめんね?」


「ま。急いでもないかんな。

いっそ、どっか寄り道でもしてくーー?」


「寄り道するほど大きな街も無いでしょ」


ユンタが努めて明るく振る舞っている事に、

わたしは気付いている。


「あーー、ウクルクに着いたら、

自分ちのベッドで床擦れするくらい寝よかなーー。

王宮のベッドもデカくて良いんだけどさーー、

なーんか落ち着かなくてさーー」


ユンタはそう言って寝転ぶと、

退屈そうに欠伸をする。


「てか久しぶりだよなーー。(ウィソ)に帰んの。

まさか、こんな歳になって、

長く家空けるとは思ってなかったわ」


──そう。随分と長い旅に出ていたのだ。


ウチ(ユンタ)はやっぱし、

ウクルクが性に合ってんのかなーー。

イファルにも住んでた時期あったけどさ、

ご飯の味付けとか、ウクルクの方が好きだもんなーー」


「少し濃いよね。イファルの方が北に近いからかな?

一番長く住んでるのはウクルク?」


「どーーだったかなー?w 

もう()うに百年以上生きてるからなーー。

わかんないや」


「そっか。

元々生まれた西方でもイファルでも無くて、

ウクルクが好きなんだね」


「そだね。人も気候も好きーー」


「わたしもだよ」


◆◆◆


わたしは未だ小さい時に、

気づけばいつの間にかウクルクの都に居た。


傍には誰も居なくて、

見知らぬ街を本当に宛もなく彷徨い歩いていた。


お腹が凄く空いていた事を憶えている。


雨が降って、

身体が冷えると少し不安になったけど、

姿の見えない声だけの存在が、

ずっと明るい言葉で励ましてくれていた。


彼、或いは彼女達は、

自分達の事を精霊だと名乗った。


わたしは精霊達の声を聞く事が出来たし、

精霊達にも、わたしの声は届いた。


都の人達は皆優しくて、

わたしに声を掛けてくれて、

食べ物を分けてくれたりした。


──それなのに。


わたしは、

その人達に心を開く事は無かった様に思える。


今にして思えば、

どれだけ人の優しさに触れても、

()()の様な感覚が埋まる事が無かったのだ。


──酷い話なのだけれど。


どれだけ食べても食べても、

本当は、

まるで満たされる事の無い、

わたしの卑しい食欲みたいだった。


渇きは段々とわたしを支配して、

水飴を溶いて、

其処に浸された様にして身体を重くしていく。


精霊達と言葉を交わす度に空腹は増していき、

何度も眩暈がして倒れそうになった。


何処に辿り着けば正解なのか解らない路上で、

わたしは彷徨い歩き続けていた。


何だか悲劇的な話に聞こえるけれど、

幼い頃のわたしは何か邪悪な生き物だったんだと、

自分では思っている。


◆◆◆◆


「やれやれ。まだ食べるのかい?」


コトハさんは、

言葉の割には楽しそうな口調と表情だった。


「……ごめんなさい」


「そんな小さな身体に、

その大きな林檎が一体幾つ入るんだろうね?

僕が此処来る前にも、

何個か食べているんだろう?」


「……お腹が空くの」


わたしに林檎を与えてくれた、

小さな商店の老夫婦は困った様な表情で、

わたしとコトハさんを交互に見ている。


「あの……、貴女(あなた)

其処の斜向(はすむか)いの建物に越して来た人だろう?

その娘……、どうにかしてやってくれんだろうか?」


旦那さんの方が、そうやってコトハさんに訊ねる。

少しだけ、わたしに申し訳なさそうな顔をしながら。


「僕が?それは一体何故?」


コトハさんは本当に不思議そうに、

旦那さんに訊き返していた。


「その娘は多分、孤児だろう?

孤児院に連れて行ってやれれば良いんだが」


「君は孤児なのかい?」


コトハさんが、わたしに訊ねる。


「孤児?」


その頃のわたしには言葉の意味が分からなかった。


「お父さんとお母さんは居ないのかい?」


「……居ないと思う」


「だそうだよ」


旦那さんと奥さんは困り果てた様な顔を見合せ、

摩り切れてしまいそうな声を、

奥さんの方がようやく喉の奥から絞り出して言った。


「あの……、恥ずかしい話だけどね、

私達、この歳になるまで子供に恵まれなかったの。

……孤児院も一応、

里親を見つけてあげたいと云う場所でもあるから、

子供の居ない私達に宛がわれるんじゃないかと思うの。

……でも、私達、小さな子を養う様な余裕も、

元気も無くて……、歳だからね……」


「それに、貴女、多分転移者じゃないか?

何度か買い物に来てくれたけど、

貴女の事を新聞で見た気がするんだよ。

転移者なら王宮にも顔が利くんじゃないかな?

このまま放っておくわけにもいかないし、

どうにか出来ないだろうか?」


そう言う旦那さんの表情は、

何かに縋りつくものの様に見えた。


わたしは申し訳ないような気持ちになって、

それを紛らわす為に林檎にかぶりついた。


「複雑な善意だ。構わないよ。

僕は、この娘の事が気に入ってる。

王様に頼る必要も、孤児院に行く必要も無い。

僕と一緒に暮らせば良い」


コトハさんはそうやって言いながら、

店先に並んだ林檎を一つ手に取ると、

わたしに手渡してくれた。


「ほ……、本当かい?

それなら良かった……」


旦那さんは本当に安心した様子だった。


此処の商店の夫婦は、

本当に良い人達だったのだ。

わたしとコトハさんは、

最初の家を引っ越すまでの間は、

この後も何度も脚繁くこの店に通った。


◆◆◆◆◆


「ところでさ。君の名前は?」


わたしはコトハさんにそう訊かれても、

何も答えられなかった。


わたしは名前だけじゃなく、

自分に関する事を殆ど一切、

何も知らなかったからだ。


「わからない」


「ふむ。それならさ、

僕が君に名前をつけてあげても良いかな?」


「え……?いいけど……」


コトハさんが繁々と、

点検するみたいにわたしの顔を眺める。


わたしも、じいっとコトハさんの顔を見てみる。


この時、それ以上には、

コトハさんは名前に関する話をしなかったけど、

後になって、コトハさんはわたしの事を、

突然スイと呼びだした。


わたしはそれを嬉しい事だと感じていた気がする。

とても気に入っていたし、

コトハさんに与えてもらったものだから。


意味なんて(名無)どうでもいい()


わたしにとっては大切な名前だ。


わたしは、

この名前をくれた大切な人を心から愛している。


コトハさんに出逢う事の出来たウクルクの事は好きだ。


たとえ、

それがどんなに呪われた土地だったとしても。


呪われた土地。


イファルに現れた魔女を名乗る女が、

わたしの故郷をそう呼んでいた。


◆◆◆◆◆◆


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