『領分。』
◆
「転移者と転生者の違いなど説明しなくとも良いな?」
そう言って少女はコトハに問い掛ける。
「なんとなくは。それよりも、
君の言う事が本当かどうかの方が知りたいかな」
「儂が嘘を吐いてると思うとるのか?」
「そこまでは言わないけどさ。
すぐにそれを信じろと言われても困るかな。
僕は自分が確かに、
日本で産まれ育ったと記憶しているから」
「だから言っておるだろう。
お前は此方に転生する時に、
記憶の一部を魂に記録したままだったと」
「じゃあ僕は転生した先でも、
以前の記憶と混同して、
自分の事を二月二日ことはだと名乗っているのかい?」
「そういう事だ。
だが、お前の肉体は二月二日ことはのモノでは無い。
今のお前の肉体は、お前の魂の容れ物に過ぎん」
「ナツメくんは……。僕の事を、
ハッキリと憶えている様子じゃ無かったからなぁ……」
「生前のお前とナツメリクの間に交友関係は無かった」
「生前って。同級生だったよ。
僕の出席番号の、ひとつ前が彼だった」
「だがナツメリクはお前の事を、
ハッキリとは認識していない。
異世界に来て年月を経たと云うお前の姿を見て、
元々、無かったお前の印象に、
新たな事実として、お前の姿が刷り込まれただけだ。
それに、お前も同じでは無いか?」
「僕が?」
「お前もナツメリクに対する認識は殆ど無いに等しい」
「ナツメくんは殆ど学校に来てなかった。
憶えていろと云う方が無茶だよ」
「まア、お前の記憶は正しく、お前の記憶そのものだ。
肉体は違えどな」
「正直に云うと、君の話を聞いても、
だから何だとしか思えない。
僕の記憶が、
君の言う通りに混在しているものだとしても、
僕は僕だ。
今現在の事に、
それ以上も以下も無い」
「話は変わるがな」
「変えちゃうんだ。何だい?」
「儂等は、女神に対抗する力は持ち得なかったが、
女神を滅ぼす方法と、その理屈は知っておるのだ」
「へえ。言っている意味が全く分からない」
「先刻も言ったが女神は外傷に関しては不死に近い。
大袈裟な表現では無く、
此の世界中の魔法使い全員が、
持てる力の全てを使い切ったとて、
女神が死に至る事は無いだろう」
「それで?君達なら、その不死の女神を殺せると?」
コトハは少女が話を続けていくにつれ、
何か大いなる禁忌に触れている様な気がしていた。
気付けば自分の身体が少し汗ばんでいる事も、
良くない前触れとしか思えなかった。
「女神を滅ぼしたのは儂等では無いがな。
だが、女神が此の世界から居なくなった事が、
儂等の理屈が正しかったと云う証明そのものだ」
「暗喩的に、
君は僕を殺す方法を知っていると言いたいのかな?」
「さア、どうだろうな?試す価値は有るだろうが、
それよりも先に、儂はお前に殺されるだろうな」
「妙な動きをすればね。
僕はこんなところで死ぬわけにはいかない」
今までに、
どんな傷を負ったとしても死ぬ事は無かった。
痛みは感じていたが、
気絶する事も無く、傷が回復する方が迅かった。
コトハは考えた。
どういう方法を取れば、一体自分を殺せるのか。
リクのスキル妨害が先ず候補に浮かんだが、
彼のものは自分の能力に比べれば、
本当に刹那的なものだったし、
回復を阻害されたとしても、
妨害が途切れさえすれば、
どんなに致死の攻撃を受けたとしても、
自分の身体は再生を始めるだろうとコトハは思った。
一度、
身体が粉々になる程の魔法を受けた事があったが、
次の瞬間には何事も無かった様に傷は癒え、
相手は絶望した表情を浮かべ、
コトハの圧倒的な能力を恨み、
無力感や不甲斐なさに苛まれ、
自分の命運の先が既に途絶えている事を悟っていた。
そして、次の瞬間にコトハはその相手を屠った。
それはコトハの異能に因る、
常軌を逸脱した異様な光景だったが、
彼女にとっては既に見慣れてしまっていたものだった。
───怪物を殺せる方法があるとすれば、
この少女の言う呪いとやらか。
「儂の言った呪いの事が気になるだろう?」
それはコトハの考えを見透かす様な声だった。
「まさか」
───虚勢だ。
その声には何の感情も無かったが、
もう少し巧く誤魔化せないものかと、
コトハは我ながら情け無い気持ちになった。
「女神を滅ぼす方法と、
お前に掛かる呪いは無関係ではないが、
同一のものでは無い。
同一のものでは無いが、
神の器に撰ばれたお前と、
この地に縛られた神の、
身体と魂の両方を、
侵す病の様なものだと云う事は共通している」
「まるでなぞなぞだね」
「具体的に知りたいか?」
「いや、いいよ。知ったところで、
僕に掛かった呪いが解ける訳じゃ無いんだろう?
それなら、さっさと君を倒して、
此処から出る方が良い」
そう言ってコトハは魔力を身体に巡らせ始める。
「君は僕を強いと、やたらと持ち上げるけれど、
余程、僕の能力を封じ込める自信は有るらしい」
少女から決して眼を逸らさずに、
コトハは最大限に警戒をする。
「君の言う、神の力だと思った事は一度も無いけれど、
僕だって自分の能力の恩恵には感謝しているんだよ。
それが、彼女のものだとするならば尚更にね」
コトハに呼応する様に、
少女も何かを仕掛けようと動いたが、
コトハにとってそれはまるで、
止まっている様なものにしか見えていなかった。
コトハの指が、
少女の細く柔らかい喉元に触れようとしていた。
それは、決して誰の眼にも映る事の無い、
刹那と刹那の狭間の様な、
丁寧に調えられて歪められた時間の中の出来事だった。
◆◆




