『ふしどのうち。』
◆
リクが意識を取り戻した時には、
既にミズチは倒れ、
途切れた記憶の何処を辿っても、
一体何がどうなっているのか見当はつかなかったが、
彼は自分の中に居る、声の主へ語り掛けた。
「死んでんじゃないだろうな?」
「『心配なら触って脈でもみてやれよ』」
「するか」
「『要らねえ世話だ。
死ぬべき時にゃ誰だって死ぬ』」
「日本人だって言ってた。死なれたら寝覚め悪い」
「『オメーの寝覚めが悪くなったって、
俺にゃ関係無えな』」
「アホか。ざけんな。
つーか、声が二つ聴こえて、
どいつが喋ってんだかわかんねえんだよ」
「『何だと?
手前の中の能力だぞ?
そもそも自分と喋ってるようなもんなのによ』」
「一体何なんだよお前ら?
俺は多重人格者なのか?」
「『知るか。俺達は概念じゃない。お前が決めろ』」
「ミズチの鑑定スキルを見誤らせたのもお前らか?」
「『お前が望んだんだ。
疾うにお前は気づいてたからな。
この女から匂う魔女の気配にな?』」
「んな訳あるか」
「『お前は模写の魔法使いなんだぞ?
鼻が利かねえ筈が無えだろ?』」
「当の本人がまったく理解出来てないんだが」
「『鼻が利く利かねえ以前に、
オメーは頭が悪いな』」
「は!?」
「『第二の声は教えてくんなかったか?』」
「何を?」
「『まあいい。とりあえず、
その女の服脱がせ』」
「何の為に!?」
「『その女の魔力を貰うからに決まってんだろ。
閨中術知らねえのか?』」
「けいちゅうじゅつ?」
「『ザックリ言うとセックスだ』」
「する訳ねえだろ!!」
「『最後まで聞けよ。閨中術は、
二人の術者が術式を用いた性交に依って、
魔力を循環させて供給し合う魔法だ。
循環させた魔力は粘膜を通して互いの体内を巡って、
臓器、筋肉、血液、骨、
それに脳やら神経やら、
とにかく全身に満遍なく行き渡る。
そうなるとどうなるか判るか?』」
「わ、判んねえ」
「『だろうな。魔力が増えんだよ。
閨中術をやる目的は魔力の増幅だ』」
「つまり……、俺がミズチとセッ……」
「『そこまでする必要は無え。
此処を寝屋に見立てて術式を発現させる。
閉じられた空間で、
男と女が対で揃ってる。
条件としちゃ充分だ』」
「待て待て、駆け足で説明すんな」
「『魘魅の一種だ。
方陣を敷いて、
その中で現象を模倣して魔法を発動させる。
古くせえやり方なら、雨乞いの為に、
煙を焚いて雨雲に見立てたりな。
古典魔法ってのはな、
類感と感染に分別出来てだな……』」
「ムズ……。
つーかお前、俺なのに何でそんな事知ってんだよ」
「『ジェームズフレイザー知らねえのか』」
「知るわけねえだろ」
「『お前が知らねえ事を俺が知ってるのは、
お前が知らねえ事を知りてえと思ったからだ』」
「だから俺が知らない魔法も使えるとか?」
「『第三の声の役割だからな。
お前の知識欲が産んだ渇きを埋める』」
「……そんで?具体的に何すんだよ?」
「『服を脱がせて、
その女の性器に指か舌突っ込め』」
「出来るわけねーだろ!?」
「『いいからやれ。
外と部屋を隔絶する魔法の装置は解いたが、
此処は仮にも魔女の息がかかった部屋だ。
んなショボい魔力で魔女の気に触れたら、
下手すりゃアッサリくたばんぞ?』」
「つってもなあ……」
「『オメーの意識を奪って、
俺がやってやったって構わねえぞ?
これはな、童貞のお前に対する気遣いだ。
女の身体くらい触り慣れとけ』」
「いらんわ!」
「『いらん事は無えだろ。
散々、エロ動画を観漁ってた癖によ?』」
「ぐ……」
「『魔法っつーのは想像だ。
だけどよ、
想像の範疇を超えるものを補うのは経験だ。
つべこべ言ってねえでさっさとやれ』」
「でもお前……、こんな無抵抗の女に……」
「『ケッ。往生際の悪い野郎だな?
何もスイやコトハに、
同じ事をしろって言ってんじゃねえんたぞ?
そりゃ、
あの二人とヤれば得られるもんは多いだろうけどな』」
「やめろ……」
「『眼を背けんな。
この下衆な発想もお前の中のモンだ』」
「……」
「『死にたくなけりゃやれ。
今だけの話じゃ無え。これから先もだ。
使えるもんは何でも使え』」
「気が進まねえ……」
「『それなら死ね。
スイに逢えなくてもいいんならな』」
「……」
リクの手は震えていた。
初めて異性の服を脱がす行為の緊張に加え、
自分の内なる声に、
己の浅ましくい本質を、
易々と見透かされた恥辱を感じていたからだ。
「『本番の為の予行演習と思えよ?
スイとヤるのを想像しながらやれ』」
「すっごい下世話! いちいち品が無えんだよ!」
「『オメーがしたいって思ったからだろうが。
それに当たり前だが閨中術は、
性的に興奮する事が重要だからな。
どエロい事を考えろ』」
「……」
リクは自分で自分を軽蔑したくなっていた。
しかし、それがとても虚無的な事だとも思っていた。
そして、血液が深い所で、
うねる様にして波打った感覚がした。
「『良いぞ』」
今日ほど、
情けない思いをする事は無いだろうと考えた。
「『突っ込む時に、指を自分のチン○だと思えよ』」
「もう黙ってろ!!」
震える手が、
ややこしい造りの鑑定士の制服のボタンを、
ひとつずつ外していき、
その度に柔らかい感触が、
感電する様にリクの思考を痺れさせ、
ミズチの身体から薫る香油の香りが、
下腹部を激しく脈打つ。
青紫の血の管が滾る様に浮き上がり、
膨張させ、強張らせる。
衣擦れの音が、
手の震えと共に揺れた。
◆◆
♪Baby monster 『sheesh』




