『獣と対峙するということ。』
◆
(簡易的な発動装置って云っても、
何せ魔女に借りてるやつだからなぁ……。
出力を切るまで半永久的に止まらないだろうし、
鑑定所の他の職員が気づいて来たとしても、
外側からは装置を破壊しないと止まんないよね。
魔女の魔力が込めてあるものを、
壊せるヤツなんて此処には居ないしなァ。
コトハも魔女が別の場所に移しちゃってるし、
参ったな、救援が無いのはコッチも一緒かも。
魔女が気づいてくれるかな?
……気づいても来ないかも知れないね)
そうやってミズチは自問自答の言葉を反芻し、
仮に危機的な状況に陥ったとしても、
魔女が自分を助けに来る事などは、
絶対に有り得ないだろうと思い始めた。
自分は捨て駒、若しくは、
それにすら満たない存在なのだろうと。
(魔女にとっちゃ、
興味を惹くものだけが世界の全てだ。
今はこの子と、コトハがそうだろうね。
あたしが別に敗けて死んだって、
リクを玩具に出来るなら、
いや、コトハだけでも手に入れば、
後は、どうだって良いのかもね)
しかし、そうだとしても、
このまま、ただ此処でジッとしている訳にもいかない。
反撃を覚悟で、リクの動きを再び封じて、
この部屋から出なくてはならない。
先刻は勘違いだとも言い切れなかったリクの魔力を、
今は確かに感知する事が出来る。
失神して微動だにしないリクが、
魔力を練っているのだ。
(……しかも、デカい。
リクのステータスの値じゃ、
とてもこんな強い魔力は無い筈なのに……。
やっぱり鑑定の時に、何か仕掛けられたんだ)
「驚いた。まさかリクに、
こんな風にしてやられるなんてね?
仕掛けは何?
寝たフリは良いからさ、さっさと起きなよ。
どうせ、あんたも、
あたしを倒さなきゃ此処から出られないんだからさ」
一瞬の沈黙の後、
リクの身体はよろめきながら立ち上がり、
喉の調子を確認する様にゆっくりと咳き込んでいた。
「『オメー間抜けだな』」
その声を聞いた瞬間、
ミズチは、迂闊に声をかけてしまった事を、
後悔する様な、溢れてくる不安に、
瞬時に思考を絡め捕られてしまった気持ちになった。
ソレは呼び掛けてはいけないものだったのかも知れない。
「……あんた誰?露骨に声が違う。
リクのスキルが喋ってんの?」
立ち上がり、背筋を伸ばしながら、
姿勢を正すリクの顔を見て、
ミズチは途中まで言いかけた言葉が、
喉の途中で形を為さずに潰れてしまった様に感じた。
「『見りゃ判んだろうがよ?
意外と頭は回らねえのか?』」
挑発する様な、ふてぶてしい口調のリクの、
その瞳は白眼が塗り潰された様に真っ黒で、
顔中に小さな掻き傷の様にも見える、
無数の文字で構成された、
蒼黒い紋様が浮かび上がっている。
まさしく異様だった。
口元は吊り上がり、嗤っている様に見えたが、
動いてはおらず、
その声は何処からともなく、
おどろおどろしく部屋の中に響き渡り、
かすかに空気を揺らし、
不気味に漂っていた。
「『転移者で、魔女の手先で、
色々と事情に詳しいみてえだし、おまけに顔も無え。
属性多すぎんか?
しかも弱っちいわけでも無えのに、
女神の痕跡を捜索するパーティーに加わっても無え。
そんな存在が我が物顔で彷徨いてる。
この国はどこまで管理者とズブズブなんだろうな?』」
「答える義理は無いと思うけど?」
「『罠を張ってたとは云え、
単体でコトハに仕掛けてくるくらいだ。
よっぽど信頼が篤い、実力が有るって事だ。
魔女に諱でも与えて貰ったか?』」
「……あんたこそ、随分詳しいんだね?」
リクでは無い、その声は続ける。
「『諱を与えられると、
自分で好きにいじくり回せる、
仮想のステータスを手に入れられるんだったか?
その代償に、諱を知られてはならない。
……女神の、授ける魔法に肖った模造品だな。
ステータスの改竄は、あくまで改竄でしか無え。
無いものを無いところから産み出せない』」
「ご丁寧な説明をどうも。だけど、
あたしをあんまり舐めない方が良いと思うけどね?
あんたが魔女の事をどれだけ知ってるのかは、
判んないけど、この部屋は、
仮にも魔女の魔法で閉ざされてる。
特定の閉ざされた空間の中で、
殆ど最強になっちゃう魔法があるの知ってる?」
「『ハッ』」
掠れた息遣いの、嘲る声色だった。
「あたしの顔を認識出来ないでしょ?
本当は見えてんだよ?
でも、この狭い部屋の中じゃ、
誰もあたしの顔を憶えられない。
見てもすぐに忘れちゃう。
これがどういう事か解る?」
「『オメーの顔を憶えられないだけじゃ無えだろ?
部屋の内部の景色も、色も匂いも憶えられ無え』」
「そ。脳の海馬に干渉してる。
単発的な記憶障害を繰り返し起こさせてる。
そうするとさ、
魔法ってのは結局、記憶するものだからね。
詠唱を忘れちゃう、
術式の構築が出来なくなる、
と云う事は魔法が使えなくなっちゃう」
「『術者のイメージを強制的に行使する、
絶対不可避の彊郭魔法。
呆れたもんだな?デカい口叩く割には、
地味な精神干渉に振り切った使い方しやがる』」
「つっても、魔法使いにゃ致命的でしょ?
それに、魔法だけじゃ無いよ?
あんたは身体の使い方も忘れちゃうかもよ?
あたしに物理攻撃をしようとしたって、
その拳は届かないかも知れない」
ミズチは精一杯取り繕って、
不敵に言い放った。
時間を稼ぐ事に意味が有るのかはわからなかったが、
森で獣に出会した時に、
獣に背を向けて逃げる愚行は避けるべきだと考えた。
リクの姿をした何かは、
間違いなく、
禍々しい本性を身の内に宿した獣に違いない。
此方の思惑も行動も、その他の何もかも、
獣にとっては、
その理屈など牙や爪で引き裂くだけの、
肉と骨と変わりは無いのかも知れなかったが。
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♪理芽『ラヴソング』




