『御簾千景の考察。』
◆
「あたしは中央の魔女が消えてから、
此方の世界に来たからさ、
中央の魔女がどんだけ強かったってのは、
全部、他人から聞いた話ばっかなんけどね。
『攻撃の見切り』と『自動で傷を回復』。
殆ど最強じゃんね?
それと視覚に関係する魔法を幾つも持ってるし、
他にも、どんなスキルを持ってるのか、
本当のとこは誰にも判ってない。
中央の魔女にしか、
本当の事は何ひとつ判りやしない」
そうやってミズチは語り続けた。
「でも、先刻の戦いは見物させてもらったけど、
ありゃ正に天性、魔法の天才だね。
天恵者だなんだって言ったって、
強い能力を持ってるだけ、と、
それを扱いこなしてる、じゃ全然意味合いが違う。
中央の魔女が、この世界に居たのは、
たかだか七年だよ?
それなのに何千年も生きて生きて、
この世界の魔法に触れ続けた尸童の魔女相手に、
一切引けを取らなかった。
寧ろ、圧倒してた。
これが、どんなに異常な事か分かるよねぇ?」
「……お、おう」
リクは再び気圧されていた。
──顔のない、この女は異常だ。
狂った様な熱を帯びていた。
わずかな表情の変化すら、
これっぽっちも分かりはしないのに、
彼女が今、興奮の最中で、
溶けていく様に、薄暗い関心を滾らせ、
リクを相手に、その熱弁を奮っている。
「でも、コトハは管理者には勝てないんだろ?」
遮るのも億劫だったが、
狂気的な圧に気圧され続けるのも、
息が詰まりそうで耐えられなかった。
「勝てないね。敗ける」
「散々、褒めて持ち上げてんのに?」
「それとこれとじゃ、話が別なんだよねぇ」
ミズチは、どこか悦びに満ちた様な響きを、
その言葉に含ませている。
「あたしはさ、この世界が嫌いじゃないんだよね。
其処に住む人の事も含めて。
でも、このまま放っておいたら、
とんでもない悲劇を、
見過ごす事になっちゃうと思わない?
取り返しのつかなくなる前に、
転移者は、転移者のやるべき事をやらないとって」
「転移者のやるべき事って?
訳のわかんない連中の手先になる事かよ?」
「言葉が強いね」
「……あんたの前にも転移者に逢ったけど、
そいつは聖域教会の司教をやってた」
「多かれ少なかれ、
転移者ってのは利用されちゃうからね。
巨大なプログラムだのシステムだのに、
取り込まれ易い存在なんだよ」
「だからって、俺がそれに、
『はい、わかりました』って言うとは限らないだろ」
「そりゃそうだね。
でも、それは賢い選択とは言えないかなぁ」
「脅してるのかよ?」
「うーん、脅しって云うか、
それが事実だから?
あたしはリクより長く、この世界に居るしね。
分かっちゃうんだよ」
「分かったって、納得出来るかは別だろ」
「抗うだけ無駄って事もあるよ?」
「何が言いたいのか、わかんねえ」
「分別のつかない餓鬼は黙ってろって事」
ミズチが手をかざし、
魔力の込められた手指で、
リクの胸ぐらを掴むと、
テーブル越しに軽々と彼の身体を持ち上げ、
まるで変わらない調子で話を続けた。
「カッッ……!? ハッ……!?」
獣じみた怪力に、
リクの頸動脈は絞め付けられ、
刹那の間のミズチの行動が全く視えていなかった為、
彼の意識は激しく混乱していた。
「苦しい? そりゃ苦しいよね」
さも可笑しそうにミズチが笑いながら言った。
そして、掴んだリクの身体を急に手離し、
べしゃりと潰れた蛙の様に、
無様に臥せ込んだ彼の背中を踏みつけ、
立ち上がれないように脚に魔力を込めた。
「悪いけど、救けが来るとは考えないでね」
リクは隣室に居る筈のコトハの事を考えた。
ミズチの言う通り、
コトハが窮地を救ってくれることは無いだろう。
彼女が、この騒ぎに気づかない筈がないのだ。
「……コトハが入った部屋だけ、
別の空間に繋げてたりして……」
「あら、御明察。そうだよ。
それがあたしの魔法。
中央の魔女に気づかれないなんて、
あたしの魔法も捨てたもんじゃないよね」
「……アイツ、意外と抜けてっからな」
「だろうねぇ。強すぎるってのも難儀なもんだよ」
「この国どうなってんだよ……?
スパイに、
管理者に、
魔女に……、本当に誰も気づいてなかったのか?
ヤベー奴らばっかりじゃねえかよ」
「勿論、偶然じゃないよ。
この国のセキュリティがどうとかじゃ無くて、
呼び寄せちゃう土地なんだよ。
魔物が湧きやすいシファの森が良い例でしょ?
女神の痕跡云々の前に、
魔力の残滓みたいなものが漂ってる。
そういうものが多いところには、
魔性を持つ奴らは、
どうしたって惹かれやすいんだよね。
魔物だけじゃなくて、魔法使いや、
魔族なんかもね」
「残滓って、女神の?」
「多分ね。
記録みたいなものは残ってないから、
断定は出来ないけど、
女神はウクルクに、
何かしらの由来があるんじゃないかなと思ってる」
「あんたの推測?」
「この世には因果ってもんがあるからねぇ。
それに、今までの経緯をよく観察してみれば、
あながち的外れって訳でも無いと思うなぁ」
「だったら何だよ?って話だけどな」
「あたしの上司は多分、全部知ってる。
管理者の魔女達は、
すんごい昔から生きてるらしいから。
因みに、あたしが管理者の手下をやってんのは、
その事について、何か知れるんじゃないかと思ってさ。
リクは興味無い?
知りたくない?」
「……気にはなるけど」
「でしょ?だからさ、
リクも一度、管理者に会ってみない?
結構、世界観変わるよ?」
「そういう訳にもいかねんだわ」
「何で?」
「仲間裏切る事になったら、
後悔しそうだから」
「スイの事?
だったらスイも此方側に入れば良くない?」
「アイツがオッケーって言うと思うか?
そもそも、絶対興味ねーよ」
「そうかなぁ?
リクはさぁ、たとえば明日、
とんでもない事が起きて世界が滅ぶってなって、
それから助かる方法があるんだとしたら、
それに縋らない?
そりゃ日本に居た時に、こんな事訊かれても、
あたしも意味わかんなかっただろうけど、
その助かる方法が、
どう考えたって、
本当の本当に大マジだったとしたら、
疑う余地なんて無いと思うんだけどなぁ。
管理者って連中はさ、
そういう力があるんだよ。
すっごい明確に。
平和ボケしたあたし達にも、
わかりやすい形でね」
「わかりやすく長いものに巻かれてんじゃねえか。
あのさ、
俺の友達は魔法は想像力が大事って言ってたぜ?
あんた魔法使いだろ?
そんなんで大丈夫なのかよ?」
「此処がファンタジーな世界だからだよ。
だから信じるべきものを、信じれたんだよね。
それに言っとくけど、
あたしん中じゃ、
スイは魔女候補ドラフト一位だからね?
あの娘は、どう考えたって管理者寄りだよ」
「は?」
「魔力の制御が未だ巧くないってだけで、
スイのステータスの値は概ね人間離れしてるんだよ?
契約してる精霊もヤバい。
とんでもなく強い力を持ってる。
それと、
あたしには、精霊を呼び寄せる、あの娘の特性が、
ヤバいもんを解き放たない為の、
枷みたいなもんにしか見えないんだよね。
あたしが此方の世界に来たのが、
四年前だから、スイは十五歳くらいだったのかな?
その当時で既にスイの強さは折り紙付きだったね。
中央の魔女と一緒だよ。
スイは与えられた能力を把握して扱う事に長けてる。
それから、
これが一番恐いんだけど、
あの娘は自分に課せられた枷の事も計算し尽くしてる。
意識的なのか無意識的なのかは判らないけどね」
「魔力の消費が激しいってんだろ?
だから大食い」
「ハハ。違う違う。
出来る事と出来ない事を知ってるって話だよ?
それに、
スイは自分のリミッターを外す術は理解してる。
だけどやらない。
解る?あの娘は、
どんなに窮地に陥っても、
何かしら温存して戦ってるんだよ?
死ぬかも知んないって状況で、
自分の命を躊躇無く境界線に置いておく。
そんなのは普通の人間の考える事じゃないよ。
立派な怪物。
そんな事が出来るのも、
スイが自分の中に未だ余力が充分に有るのを、
ちゃんと理解してるからなんだよね。
見た目の可愛さに惑わされちゃダメだよ」
「本当にそうか?俺が見てた限りじゃ、
そんな感じしなかったぞ?」
「傍目に見ても解んないだろうね」
「結構ピンチにもなってたし」
「死なないんだって」
「そんな訳あるか」
「あるんだなぁ、それが」
少しばかり、
ミズチの脚に込められた魔力が強くなった気がした。
「ヤバい精霊と契約してるって言ったでしょ?
リクがどんだけスイの魔法を見たかは知らないけど、
あたしが分かってる限りじゃ、
『言葉』『霆』『風と弓』。
あの娘がポンポン使う魔法の契約相手だけど、
そいつらは精霊って云っても、
神様なんかとの線引きが、
殆ど判らないくらいに強いんだよ。
普通の人間の魔法使いが払えない様な、
とんでもない対価も要求してくるしね」
「どんな?」
「まー簡単に言えば、
精霊に身を捧げて、命を喰わす様なもんだよ。
そうゆう古い精霊魔法が廃れた理由だね。
スイみたいに、
魔力が切れかけて、
ご飯を沢山食べるくらいで解消して、
円く収まってる方が不自然なんだよ」
「よくわかんねえ」
自分が知るスイと、
かけ離れた様な像を描かれている様な気持ちがして、
リクはあからさまに不愉快な口調だった。
「リクがわかんなくても、
別に誰も構いやしないんだよ?
わかってる?
遅かれ早かれ、スイみたいな娘は、
管理者に眼を付けられる。
消されちゃうのか、
仲間に誘われるのかは、
本当のところ、あたしにはわかんないけど」
「……ざけんな」
「管理者ってのは、そういう連中なんだよ。
世界を嬲りものにして何千年も遊んでんだから。
遊びを長続きさせる為の、
新しい玩具はすぐに奴等に見つかっちゃう」
気味の悪い形のものが、
胃の底から込み上げてくるような気分だった。
「管理者相手に、
選択肢が有るかなんて事、
考えるだけ無駄なんだよ」
◆◆




