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リンカーネイトリンカーネイトリンカーネイト  作者: にがつのふつか
第六章 『巡アラウンド・ザ・クロック』
206/237

『女神と。』



「ちょっと待って……。何なの?

お前(コトハ)と俺の、

スタートからしての格差……。

ちょっと俺可哀想じゃない?

てか、お前ずるくない!?」


リクは突然のコトハの発言に、

情報を整理しようとして、

苦し紛れに憎まれ口を叩いてみせた。


(コトハ)に言われても……」


「そもそも女神って、姿を現さないんだろ?

転移者が、この世界に来た時にだけ、

痕跡を遺すんだって聞いてるぞ?」


「そうだよ。だけど、

何故か彼女は僕の前に姿を現した。

それと先刻も言ったけれど、

彼女と過ごした時の事は、

何故だかハッキリとは思い出せないんだ。

随分と長い間、一緒に過ごして、

沢山の事を教えてくれた様な気もするんだけれどね」


「お前の強さの秘密って、

そこにあるんじゃねえの?」


「どうだろうね?イズナの言っていた、

祝音(コード)だの、天選者(ギフト)だのと、

関連性は確かに有るのかも知れない」


「イズナも女神と逢った事があるのかな?」


「わからないね。

イズナの発言と僕が女神に抱いている感想は食い違う。

少なくとも崇め奉る様な人間性で無かった事を、

僕は憶えている。

尤も、女神が、自分と接した人間の記憶を、

何らかの理由で操作して、

僕の様に虫喰いにされているか、

都合の良い様に改竄しているのかも知れないけれど」


「改竄?」


「そういう可能性もあるって事さ。

神様なんて、

僕は彼女にしか逢った事無いから比べられないけれど、

彼女と別れた後に、

あちらこちこらで聞いた、

女神の伝承と彼女の人物像が、

随分かけ離れていたからね。

確かに傍若無人で、性格は破綻していたけれど、

僕は彼女が世界の半分を焼け野原に変容させた、

破壊神の様な存在だとは思わなかった」


「女神の伝承は、大昔の話なんだろ?

途中で物語の内容が変わっただけじゃないのか?」


「そうだね。充分に有り得る。

それに、先刻まで僕達が対峙していたのは、

正しく、この世界の闇と云うべき存在だった。

世界の歴史が、本当に彼女達(管理者)の言う通りに、

都合良く(もてあそ)ばれていたのだとしたら、

女神の事だって、

何か歪な形に変えられていたって、全くおかしくない」


「怖いんだけど……」


会話の途中で、

ようやくコトハとリクに、

受付から声が掛かり、

二人はそれぞれ別室に通された。


「じゃあね。また後で」


「ああ」


前回訪れた時に、

スイと一緒に行った部屋と同じかどうかは、

リクは思い出せなかったが、

簡素だが重厚な造りの扉は、

どれも同じに見えたので、

部屋の違いも、差程無いのだろうと思えた。


───ギィィィ……


重くるしい扉を開ける音が引き摺る様にして鳴り、

リクは部屋の中に居た人物に名前を呼ばれた。


◆◆


「君がリク」


「はい。そうです」


「ま。掛けてくれたまえ」


フードを深く被り、

顔は全く見えなかったが、

声からして、部屋に居た人物が女である事は分かった。


三畳か四畳程度の部屋の中には、

他に誰も居なかったので、

その女が鑑定士なのだろうとリクは思った。


「スキルの再鑑定と、

ステータスカードの再発行で良い?」


「はい。お手数かけてすみません」


「構うことは無いよ。それが与えられた仕事だからね」


明るい声で鑑定士の女は言うと、

リクに向かって手招きをして、

もう少し顔を近づける様に指示をした。


リクは何となく、

咄嗟にフードの中の女の顔を、

覗き込む様な視線を送ってしまい、

慌てて眼を反らそうとしたものの、

自分の眼に映った女の顔に驚き、

あからさまに、その事について反応してしまった。


「あア、こんな顔を見るのは初めてだった?

驚かせてごめんね」


女の顔は、額に掛かる髪を除いて、

その他の眼も鼻も口も、

顔の一切が、輪郭でさえも、

薄くモザイクが掛けられた様になっていて、

何一つハッキリと視認出来るものが無かったのだ。


そのマネキンの様な顔は、

感情に合わせて、モザイクの下の顔が動くと、

奇妙に波打って動き、その様は、

どうしても不気味なものに映った。


「少し理由が有ってね。

顔を認識出来なくさせる魔法を掛けているんだよね。

あ。でも心配はしなくて良いから。

罪を犯して顔を隠さないといけない、

とかじゃないからさ」


女の声は明るかった。

笑顔でも見せているのか、

モザイク越しではハッキリと判らなかったが、

怖がる子供を安心させて、

あやすように、身振り手振りを添えながら、

快活に話を続けた。


「残念だけど君の持っていたステータスカードは、

親切な人が届けてくれる事も無く、

綺麗サッパリ紛失しちゃったみたいなんだよね。

君の魔力と紐付けてあるから、

魔力を辿って世界中を隈無く捜せば、

いつか何処かで見つかるかも知れないんだけど、

そこまでするには時間も労力も、

勿論、お金だって掛かる。

だから、お勧めはしない。

破棄って事にしちゃって良いかな?」


「え……。そっすね……。

すみません、自分よく分からないんで……、

お任せで……」


「良き。話が早くて助かる」


リクは、どこか強引な勢いに気圧されるがままに、

近づけた顔に女の手が触れ、

眼を覗き込まれる様な仕草をされると、

竦んだ様にして身体を強張らせてしまった。


「怯えなくて大丈夫だからね。

ま、何処に眼が在るかも判んない様な、

こんな顔に、ジーッと見られちゃ無理もないか」


笑う様な仕草をして、

女の黒い髪がハラリと揺れる。


「あの……?これって何してるんすか?」


「んん?リクの魔力と、

紛失したカードの魔力を照合してんの。

詳しくは教えてあげらんないけど、

鑑定士には、こう云うスキルが必修だからね」


「へ……、へえ~……」


「うん。問題無いね。

これはさ、

嘘の紛失と再発行の届けを防止する為でもあるんだ」


「ステータスカードって、

悪用されるんすか?」


「身分証代わりに使う人もいるからね。

でも先刻も言った通り、

持ち主とカードは魔力で紐付けされてるから、

手に入れたとしても、

偽物は、すぐにバレちゃうよ。

それでも嘘の届けが、ごく稀にある理由は、

魔法の媒介に利用する為だね」


「媒介?」


「古典的な一部の魔法のね。

あんなに小さな物質でも、

名前と魔力が、一括りになって結びつけられる行為は、

時には魔法的な意味合いを強く発揮するんだよね」


「すみません……。ちょっと難しい……」


「良いよ良いよ。

ま。お(まじな)いみたいなもんだよ。

好きな娘とか、嫌いな人の名前とかを書いて、

なんだかんだするヤツとか、やんなかった?

あんな感じのイメージだよ」


「ああ……、成る程」


「リクは何だか特殊なスキルを持ってるらしいね?

引き継ぎの資料に書いてあるよ」


「そうすね。魔法使いって感じじゃないすよね」


「そう?でも剣士って訳でもなくない?」


「まア、それはそうだけど」


「でも、リクはスキルを巧く使えれば、

剣士にも成る事が出来るんだよね」


「試した事は無いけど」


「失敗しそうで怖い?」


「まア……。怖いって云うのとは、

少し違うかもだけど」


「フフ。多分、頭が良いんだね?」


「いや、そんなことはないけど」


「後学の為に教えてあげるね。

模写系のスキルって云うのは、

幾つかの種類と系統を持って、

それぞれが派生して存在してるんだよ。

まア、大体のスキルがそうだけどね。

同じ魔法って括りでも、

火炎魔法と氷結魔法じゃ全然違うでしょ?

一括りに模写系って云っても、

相手の能力を、

鏡に写すみたいに、そのまま複製するもの、

能力そのものを奪ってしまって封じるもの、

能力を複製した後に、アレンジを加えられるもの、

対外的には同じに見えるし、

それらを全部ひっくるめた能力も存在する。

だけど、

容量(キャパ)や、属性の違いや、

()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「対価が違う?」


「そ。大半は勿論、魔力だよ。

だけど、リクの技能賃貸(スキルレンタル)は、

対価を魔力だけに限定しない方が良いんじゃない?」


「つまり、それってどういう……?」


「字面の意味を、額面通りに受け止めてごらん?

リクの能力は、正確には模写してるんじゃなくて、

相手の能力を借りてる、って表現が正しいよ。

つまり、スキル発動の対価の魔力+(プラス)

相手への支払いも忘れちゃいけない」


「相手への支払い……」


「レンタル料金を、リクが指定出来るのか、

相手が指定するのか、

それ自体の設定が未だあやふやだけど、

君のスキルレンタルが巧く発動出来ないのは、

魔力不足やレベルの違いとは別に、

発動までの手順を、

きちんと踏めてない所為もあると思うなぁ」


「そんな事聞いてないんだけど……」


「教えてくんなかった?」


第二の声(インストラクター)でさえ、

そんな事は言っていなかった、とリクは思った。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()


女の柔らかな口調とは、

不釣り合いな程に、

その言葉はリクを内面から揺さぶり、戦慄させた。


「鑑定士だから分かったんすか……?」


───別に隠していた訳でも無いのに。

   しかし、何となく手痛く核心を突かれた。


「当たり前じゃん?言っておくけど、

驚いてるのはコッチも一緒だよ?

スキルから発生、或いは乖離した別の人格。

まア、意思を持つ魔法ってのが居るみたいだから、

無くは無い話だとは思うけどね」


「そ……、そうなんすね?」


「さア?リクのソレが、

果たして魔法と呼べるのか、どうかってのは、

判断しかねるかなぁ」


「どういう意味っすか……?」


「多重人格。若しくは、ビョーキ」


「は!?」


「嘘嘘。冗談だよ。

鑑定の魔法に引っ掛かるんだからスキルだよ。

線引きが曖昧だとしたら、リクが行くのは、

鑑定所じゃなくて病院」


「何か……、言葉に刺……」


「ここまでが冗談。

ネガティブに捉えないで大丈夫だからね?

リクの才能は素晴らしいって話だから」


そう言うと、女はどこかから白紙の紙とペンを出すと、

仄かに光るペン先を走らせて、

紙を文字で埋めていった。


「頭が七つも有った人間の魔法使い、

異なる神話で語られる別々の神格を持つ一柱の神、

複数の命を所有して永らく君臨し続けた魔族の王、

伝承に名前を遺す様な怪物達は、

理に()()()()()逸話(エピソード)を、

いつの時代にも語り継がせて、

刻み込んでいくものだよ。

リクのステータスの上昇も、

スキルの熟練度も、

並みの人間と比べて何も驚く様な成長は無い。

だけど、

備わってる能力は剰りにも異質だと思うんだよね。

誇っても良いよ。

リクは立派な怪物だ」


「あんた一体……?」


女の雰囲気に圧倒され、

リクの口から吐いて出た言葉には、

疑念や恐怖が、しっかりと込められていた。


「あたしの名前はミズチ。

って云っても、あだ名だけどね。

()()()で、

そう呼ばれてたから」


その名前(ミズチ)に聞き覚えがあった。

異世界に転移して来た、その日に、

スイとウクルクの騎士団長の口から、

その名前が出た事を、微かにだが思い出せた。


御簾(みず)千景(ちかげ)が、

あたしの本当の名前」


「あの……、率直に訊きますけど、

敵……、じゃないんすよね……?」


「ハハハ。どうしてそう思ったの?」


「何か……、雰囲気が……、怖いっす」


「敵。敵ねぇ。

リクは一体、何と戦ってんのかな?

聖域教会?

それとも、中央の魔女を騙し続けてたこの国(ウクルク)

はたまた……、突然、迷い込んでしまった、

この理不尽で奇妙な世界?」


「え? ……そりゃ、聖域教会じゃないんすかね……」


「まア、解り易いよね。

絶対悪としての印象が、どうしたって根深いもんね。

じゃア、リクは悪と戦う正義のヒーローなんだ?」


「いや……、そういうわけじゃないっすけど……」


「それなら、何でリクは戦うんだろうね?

中央の魔女と共に。

先刻の彼女の戦いを見た?

凄まじかったでしょ?

彼女こそ正真正銘の怪物。

あんなモノが、怒りに身を任せて暴れ回ったとしたら、

この世界は一体どうなっちゃうんだろうね?」


「……怪物って。アイツ(コトハ)は、

自分が大切にしてる人の為に戦ってるんすよ?」


「あたしから言わせりゃ、

聖域教会も怪物なんだよね。

思想も行動も狂ってる血走った意識の集合体が、

巨大な鎌首を傾げながら、

何処に牙を突き立ててやろうかって睨みを効かせてる。

その巨大な怪物を倒せるのは中央の魔女かも知れない。

だけど怪物同士の殺し合いに、

一体どんだけの命が巻き添えを喰らうだろうね?」


「俺の知り合い(ヤエファ)も似たような事言ってたわ。

でもさ、誰かが出来る事を、

何かしなくちゃならないんじゃねえの?

兄弟を殺されたり、

謂われも無くて蔑まれたり、

育ての親と離ればなれにさせられたり、

強いヤツが、自分の力任せに、

誰かの不幸を呼び寄せてんなら、

それを放っておいちゃ、いけないんじゃねえかなって、

俺は思う」


「青」


「は?」


「青臭いっつってんの。

ハハハ。でも嫌いじゃない」


「なんなんだよ。つーか、アンタ一体何者なんだよ?

転移者なのは分かったけどさ」


「あたしはさ、この世界が好きなんだよね」


「それで?」


「聖域教会にも、中央の魔女にも、

世界を滅茶苦茶にされたくないんだよね」


「あのさ、アンタ知らねえかもだけど、

先刻だって、コトハは誰も怪我しねえようにって、

結界で守ってたんだからな?

あんまりアイツの事を馬鹿にすると、

俺だって怒るからな?」


「立派。だけど、敵も味方も区別つかないような、

ぐっちゃぐちゃの戦いになった時に、

中央の魔女は本当に、今みたいにリクを守れるかな?」


「アイツを舐めんな」


「そっか。それなら、

中央の魔女は敗けるね」


「は!?」


「中央の魔女だけじゃない、聖域教会だって敗ける。

この世界の本当の闇を相手には出来ない。

他人を気遣ってる様だと、

気づいた時にゃ、もう呑み込まれちゃってるね」


「管理者とか云うヤツらの事か?

アンタ、管理者の仲間なのかよ?」


「転移者のくせに、って(ツラ)だね?

そうだよ。あたしは剪定者(スイーパー)

管理者の命令で動く、

管理者にとってイラナイモノを始末して廻る、

お掃除部隊の人間だよ。

あ。つっても、尸童(よりまし)の魔女は、

あたしの上司じゃないよ。

あたしの上司は別の魔女」


「また厨二みてえな事言いやがって……!」


「リクも此方側へ来ない?」


「は?」


「だから、管理者側につかない?

リクの能力なら、きっと歓迎されると思うんだけどな」


「……誰が行くかよ」


「そ?後悔すると思うけどなぁ。

踊らされてんだよ?この世界のモノは、ぜーーーんぶ。

たった何人かのイカれた連中の手のひらで、

何千年も。想像出来る?

本当の事を知ったらさ、

多分、リクだって心底、絶望して、

そうせざるを得なくなっちゃうと思うな」


◆◆◆

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