『その理由。』
◆
「お待たせ、ナツメくん。
一人にさせてしまったけれど、
心細かったかな?」
ルカの分身を倒し、
彼女の隠していたマジックアイテムを、
片っ端から破壊する為に派手に暴れ回った後、
山積みになった王宮の瓦礫の上に腰を掛けて、
コトハはリクに手を振っていた。
「いや……。
お前が幻術を掛けてくれたお陰で、
ルカさん固まったみたいにして動かなくなったし、
何にもされてないんだけど」
「それなら良かった」
「でも……、建物をこんなにブッ壊す必要あった……?」
「無いよ。これは単なる憂さ晴らしだ」
コトハは事も無げに言い放ち、
瓦礫の山から飛び降りると、
少し離れた、
王座が有ったらしき場所で呆然としている、
リンガレイの元へと、
スタスタと歩いて行った。
「この国では秘密裏に、
僕以外の魔女を匿っていた訳だね?
尸童の魔女と云えば、
僕の記憶が確かなら、
多くの国を謀って、大勢の人間を殺した重罪人だ。
しかも、君は脅されていた訳でもなく、
彼女との何らかの取引で利益を得ている筈だ。
こんな事が他所の国に知れたら、
一体どうなるんだろうね?」
蒼白とした表情を浮かべて、
舌も回らない程に震え出したリンガレイは、
コトハに向かって必死の弁明を始めた。
「ち……、違うんじゃコトハ!?
儂の話も聞いてくれんか!?」
「まア、大方、転移者に関する事だろうね。
イファルの属国の様な地位から、
他の中央諸国を出し抜ける様な打算を聞かされて、
君は、安易にそれに飛び付いた」
「儂は国と民の為を思うてじゃな!!」
「他人のモノを奪った上に成り立つ幸福で、
君の云う国と民とやらは喜んだかい?」
「それはお前が子供じゃから分からんのじゃ!!
国と国の在り方と云うものは、
そんな容易く成り立つものでは無いんじゃ!!
わかれ!! わかってくれコトハ!!」
「ふうん。それで?
君は、その国の在り方とやらの邪魔になったから、
僕をお払い箱にしたって訳か」
「ち……、違う!!」
「誰の入れ知恵だ?
彼女は何らかの組織に属していると言った。
一国の王が、その怪しげな連中の傀儡だなんてね」
「た……、たわけ!! コトハ!!
少しは口を慎まんか!?
お前が儂に恩義が無いとは言わせんぞ!?
異世界から迷い込んだ世間知らずの娘を、
国で保護してやったのを忘れたか!?」
「保護してやった。
それと、もう一つ訊きたい。
東暁と云う名の、
転移者の姉妹の事を知っているかな?」
「ヒガシアカツキ……?」
「本当に知らない?」
「……少なくとも、
ウクルクに転移してきた者ではないじゃろう」
「君程の転移者崇拝者でも知らないか」
「……!! 虚仮にするのも大概にせい!!」
「この際だから言っておくよ。
愚鈍で安直なハリボテの王のくせに、
いつまでも転移者をコントロールし続けるなんて事を、
出来るとは思わない事だね」
「貴様!! 誰かおらんか!!
誰か、この魔女を引っ捕らえよ!!」
「まさかとは思うけどさ、
スイやユンタも、
僕と同じ様に国から追い出したんじゃ無いだろうね?」
「違うと言っておろうが!?」
コトハは無言でリンガレイに向かって指を突きつけた。
その途端、リンガレイは喉を押さえて苦しみだし、
助けを懇願する声を上げようとしたが、
その口からは、まるで何の音も聴こえる事は無かった。
コトハの瞳孔が、
変化をしようとしていたが、
思い直した様にして、途中でその変化を止めた。
「この件はラオを通じて、
他の国にも報告させてもらうよ。
僕の裁量では、私怨が混じるから」
コトハはそう言うと、
リンガレイに掛けた魔法を解いてやった。
「ゼーーッ……、ゼーーッ……」
「さよならリンガレイ。
僕はこの国を出て行く。
もとより、
追い出されてしまっていたのかも知れないけれど」
「ま……、待てッ!! 待ってくれコトハ!!」
◆◆
「よ……、良かったのか?」
突然、都の王宮が破壊された事により、
ウィソの城下町は久しく訪れていない、
酷い混乱に曝される事態に陥っていた。
「何が?」
物見の為の高い塔は倒壊し、
跡形も無く崩れてしまって、
ゆるやかな煙が、そこから立ち昇っていく。
「いや、何が?じゃなくて。
あの王様が悪いヤツだったとしても、
こんな事しちまったら流石にまずくないか?」
「何だよ?びびってるのかい?」
「当たり前だろ、小市民なめんな」
「ナツメくん。僕達は異世界人なんだぜ?
この世界の法なんて知った事じゃないさ」
「めっちゃ機嫌悪いじゃん……。
でも、スイとユンタまで、
俺らの巻き添え喰らったらどうすんだよ?」
「スイとユンタにも、この国を出てもらうよ。
後、ヤンマにも」
「おたずね者とかになるんじゃねえだろうな……」
盛大に破壊された城内にも、
騒ぎの中を慌ただしく人々が行き交う城下町にも、
ただの誰一人として怪我人はいなかった。
しかし、人々はその事を知る由も無かった。
人々の脳裏に過るのは、
もしや聖域教会の襲撃ではないのかと云う、
絶望が忍び寄る様な恐怖感だけであった。
「何か、ごめんね」
「は?何が?」
「僕がウクルクに寄ろうと言ったから。
君も厄介事に巻き込んでしまった」
「気にしてないんだけど。ていうか馴れた」
「その言い方だと語弊がある」
「ま。俺も異世界でやってくって決めたんだ。
多少の事くらい馴れてかないとな。
お前からしたら、未だおんぶに抱っこかもだけどな」
「柄にも無い」
「フォローしてやってんだけど……?」
「ふふん。そのくらい分かってるさ。
ありがとう。
僕達は、お互いに数奇な運命を辿っているけれど、
僕は君と同級生で、同じ転移者で良かった。
君に逢えて良かった」
「……くさ」
コトハの物言いが、
本当に率直で素直な感想だと云うことを知るリクは、
照れ臭さに、その場から動けなくなってしまった。
「さてと、本来の目的を果たそうか。
君のステータスカードの再発行と、
ヤンマの所へ行こう」
リクの様子に気づいてはいるが、
コトハはまるで気にせず、
彼を先導する様にして先を歩いた。
慣れ親しんだ、ウィソの都を。
◆◆◆◆
「そう云えばさ、
ルカさんの分身に技能賃貸を、
使用してみた?」
「やってみたよ。
だけどレベル違い過ぎだな、失敗だった」
「いつもと何か違うところはあった?
たとえば、スキル妨害が発動しなかったとか」
「そういえば、そうだったわ。
分身だからじゃねぇの?」
「うん。そうかも知れない。
もしかしたら、スキル妨害で魔力が途切れて、
分身が消えたりするのかと思ってたんだけれど」
「なるほど」
「彼女も一応、
それは懸念していたみたいだよ」
「スキル妨害が百発百中ってのが、
俺の唯一の良いところだったのにな」
「そんな事は無いよ」
「そっか」
「不満そうじゃないね?」
「まあな。つーか、あんなテンプレな攻撃、
いつまでも通用しないんじゃなかったっけ?」
「それはそうだね。
君の名が売れれば売れる程にね」
「俺の名がねぇ」
「でも君なら大丈夫さ」
「根拠無」
「やれやれ。君と云うヤツは、
常に他者の肯定的な意見が無いと、
自分の事も信じられないのかい?」
「そりゃそうだろ。それを欠いて、
自分の事を無条件に頭っから信じるのは、
自意識過剰っつーんだよ」
「言うようになったもんだね。
それなら、僕の事を信じたら良い。
僕が大丈夫だと言うんだから、
大丈夫なんだ。
根拠も証拠も後で付け加えたら良い」
「また無茶な事を……」
「無茶なもんか。
“炎は炎として、水は水として、
風は風として、土や木々や、
その他にも存在をする、
ありとあらゆるものを、
あるがままとして、
汝、受け捉え委ね給え”」
「なにそれ?」
「古い魔法の謳い文句。
信頼するに価するものには、
敬意を払って身を任せなさいって意味だね」
「へえ」
「君は僕を信頼している筈だよ」
「自信」
「何故なら僕が君を信頼しているからだ。
だけれど、
相互を互助し合うと云う関係性は、
簡単そうに思えて、
実践するには中々難しい事だったりもする」
「う、うん……」
「……言っている意味が解りづらいかな?
とにかく、僕と君は先刻の戦いで、
互いの眼となって、
とんでもなく強くて恐ろしい、
旧い時代の魔女を、
見事に退けたんだ。
僕達の関係性が、
お互いが信頼を置くに足り得る出来事だったと、
僕は思っているよ」
「お前の能力に便乗しただけ感が否めないけどな」
「君の魔法を若干ややこしいと感じる理由が判る。
きっと君の人柄を反映しているんだ」
「どういう意味!?」
「この話はおしまい。
ほら、もう鑑定所に着くよ」
消火と救援が入り乱れる、
城下の凄まじい騒動の中を、
まるで遠い国の出来事の様に素知らぬ振りで、
二人は人混みを潜り抜ける様にして歩き続けていた。
どこか他人事の様な気がして、
自分はひょっとして、
狂ってしまったのではないだろうかと、
内心は穏やかでは無かったが、
リクは、その事を口にはしなかった。
───怪我人なんて出していない。
何も心配する事は無い。
不安げなリクの背中をソッと支える様な言葉を、
コトハは呟く様な声で囁いてみせた。
◆◆◆
「ステータスカードの再発行を、
お願いしたいんだけれど頼めるかな?」
コトハはスキル鑑定所の受付嬢に向かって、
微笑みながら言った。
受付嬢はコトハの優しげな声と、
その美しい顔に見惚れる様に、
しばらく唖然とした後に、
慌てて事務的な手続きを済ます為の書類を、
二人分手渡すと、
少し触れてしまったコトハの指先から、
電流でも走ったかの様にして、
蕩けた表情で、そこに立ち竦んでしまっていた。
「誘惑のスキルでも持ってんのか?」
少し見慣れた光景とは云え、
リクの言葉には、
薄く小さな刺が立っている様な響きがあった。
「まさか。ヤエファじゃあるまいし」
コトハは迷う事無く、
サラサラと筆を走らせて、
書類の項目を埋め終わると、
先程の受付嬢に手渡して、リクの傍へ戻って来た。
「未だ書いてるのかい?
そんなに悩む様な事も無いんじゃないかな?」
「うるせーなー。字なんか久しぶりに書くからだよ」
「そんなに悪くないよ。それにしても君、
異世界の文字なんて、どこかで習ったのかい?」
「いや、習ってない。
そういえば、何で書けるんだ俺?」
「以前に来た時は?」
「スイに書いてもらった」
「会話の聞き取りはどうだい?」
「聞き取れる。だから、
スイに言語変換の魔法掛けてもらったんだって」
「一度、日本に戻ってるんだよ?解けてるさ」
「え?じゃあ何でだ?」
「君の順応性が高いのだろうか。
勉強の要領が良いタイプじゃないだろう?」
「うっせ!」
そんなやり取りをしている間に、
たどたどしい文字で空欄を埋め終わり、
リクはコトハに促されて、
受付にそれを持って行き、手渡した。
「そんなケースもあるもんなのかな?」
戻ってきたリクが訊ねた。
「言葉が自然に身に付いたってケースがかい?
君くらいの短い滞在の日本人が、
こちらの言葉を言語変換無しで理解したって話は、
僕は訊いた事が無いね」
「俺、おかしくなっちゃったのかな」
「悲観的になる必要はないさ。
魔法無しで、意思の疎通が出来る様になったんだ。
スイの負担だって減るだろう」
「アイツ、四六時中、
魔法を発動してたって事なんだよな?」
「そうだろうね。
君の中に精霊を居着かせて、
言語の変換を自動で行わせていたんだろうけれど、
魔力の消費はしていた筈だよ」
「同時発動的な?」
「厳密に云えば違うかもだけれど、
複数の精霊に同時に力を借りる点で云えば、
同じ事なのかも知れない」
「知らんうちに迷惑かけてたんだな」
「君が気に病む事じゃない。
それにスイは嫌なら嫌と言う。
それでも気になるなら、
逢った時に御礼のひとつでも言えば良い」
「お前は?」
「ん?」
「お前は言葉どうしてたんだ?最初の頃」
「僕は人に習ったんだよ」
「て事は、言葉分からなかったんだな?
どうやってコミュニケーション取ったんだよ?
俺は最初ひどい目に遭ったぞ?」
「その人は日本語が喋れたからね」
「日本人だったって事?」
「いや、多分違うよ。彼女は例の女神だったから」
「へ?」
「僕が、この世界に来て、
一番最初に出逢ったのは女神なんだよ。
この世界が欲して止まない、
その偶像を著しく歪められた、
憐れな全能の女神」
「……は!?」
「言ってなかったんだっけ?
どうも彼女の事になると、
記憶が不明瞭になってしまってね。
驚かせてすまない」
コトハはそれだけ言うと、
リクの反応が剰りにも激しかった事に、
逆に面喰らった様な様子で、
所在無さげに、頭を掻いて気を紛らせていた。
誰にも気づかれない様にして息を潜めて、
止まっていた様な時間が、
ひっそりと息を吹き返し、
何事も無かった様な素振りで、
再び刻まれ、その音を立て始める。
◆◆◆◆◆




