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リンカーネイトリンカーネイトリンカーネイト  作者: にがつのふつか
第六章 『巡アラウンド・ザ・クロック』
203/238

『尸童の魔女。』



(内臓を直接殴られたみたいな気分だ。

……揺ら揺らして気持ち悪いな。頭も痛い……)


コトハの持つ、『自動で回復するスキル』は、

既に発動されていた。


両脚の感覚も身体の痛みも、

瞬時に正常に戻されていき、

ゴアグラインドの魔法の直撃を喰らい、

派手に吐血した筈だったが、

コトハは何事も無かった様にして、

其処に立っていた。


ただ、

回復スキルの効果は外傷に限ってのみ発動する為、

身体の傷は癒えても、

不快感から発生しているだろうと思われる、

頭の痛みが解消される事は無かった。


コトハがジャージの袖で雑に口元を拭うと、

ヌルッとした感触と共に、

新鮮な血が塗りたくられた様にして彼女の服を汚した。


「驚いた」


そして、正直な感想を述べた。


「ギャハハハッ!! 見たかよ!? 中央の魔女!!

てめえの絶対防御が見事に崩れたなァ!?」


ゴアグラインドが昂り切った、

狂喜的な声を上げる。


「攻撃を受ける事は初めてじゃない。

先刻も言っただろう?

僕が驚いているのは、

君程度の魔法使いでも、

対策さえ取れば結果を覆せると云う事実に基づいてだ」


「負け惜しみはやめとけよ?

当たらねえと思ってたんだがよ、

意外と脆いなァ?」


「確かに慢心はしていた。

防御と自動回復のお陰で、

僕は簡単には死なないから」


「それでも何発も喰らえば話は別だろうがよ?」


「空間系の魔法が、

どのくらいの種類があるのか僕は知らないけれど、

空間に揺らぎを与える様な魔法で、

僕の眼を錯覚させて騙したんだろう。

おそらく、

今、僕が見えている君の姿と、

実像の本当の位置はズレていて違うんじゃないかな。

だから、

今の出力程度じゃ、予測したものよりも、

速いか遅いか、どちらかの誤差を産んで見誤った」


「へッ!! ご名答だぜ。

俺ァこの辺り一帯の空間を揺らがせて捻曲げてる。

それに、

てめえの絶対防御とは比べ物にならねえかもだけどよ、

俺にも空間を操作して攻撃を無効化する術があんだよ。

まア、尤も、

実際の俺の位置を捉えれてない、

てめえの攻撃は、

それ(無効化)を使うまでも無く、

明後日の方向へ飛んでったけどなァ?」


「見かけに因らず、

器用な事をするものだと感心もしている」


「ケッ!! 母娘揃って、口の減らねェ連中だな!!」


「魔力の消費も激しいだろうに。

それに、君は何時来るかも判らない僕を、

ずっと待ち構えていたのかい?」


「全部は教えてやらねえよ。でも、

一つ言っとくけどな、

俺が魔力切れを起こすのを、

狙うのは止しといた方が良いぜ?」


「君も魔瘤巣(まりゅうそう)か、

或いは、それに似た何かを持っている。

そうでもなければ、

種明かしをしてまで、こんな魔法を使わないか」


「あア、その通りよ!!」


───『反響する悪意(ディレイ)!!』


先程の魔法よりも威力は少し落ちるのだろうが、

幾度も断続的に繰り返される衝撃波が、

コトハに執拗に叩きつけられた。


コトハの能力は解放されていたが、

それでもやはり、

彼女はゴアグラインドの攻撃を防ぐ事が出来ずに、

無防備に攻撃を受け続ける事になった。


彼女の細い身体は、

衝撃波に耐えられなかった様にして、

軽々しく吹き飛ばされてしまい、

一番近くにあった太い大木に向かって、

真っ直ぐに打ちつけられてしまっていた。


ドォン!!

と、激しい音がして、

骨を激しく傷つける音が悲鳴の様に共に鳴った。


大木にぶつけられた背骨や、

腕や鎖骨や、身体中のありとあらゆる箇所に、

激しい痛みを感じた。


眼の前が、直ぐに真っ赤になり、

それが頭を切って流れ出した血だと、

気づいた時には既に回復に依る、

傷の再生が始まっていた。


「弱ェ!!! どうしたよ中央の魔女!?

(スイ)の方が、まだ手応えがあったぜ!?」


ゆっくりと、ゴアグラインドがコトハに近寄っていく。


「スイに負けたんだろう君は?

そういう台詞は、勝者が言うものだ」


「うるせえ!! ……思い返せば、思い返す程、

殺しても殺し足りねェくらいに、

小生意気な餓鬼だったぜ……!!

それにしても、

まさか、こんなにも俺の魔法が、

てめえに通用するとはよ?

指示とは違うが、

このまま、てめえを殺して、

その面の皮を剥いで、

スイに送り届けてやっても良いんだぜ!?」


「品性も知性も感じられない。

本当に不愉快な男だ。

やれるものならやってみろ」


「……決めたぜ、このまま嬲り殺しにしてやるからよ」


骨を砕く衝撃波が、

際限無くコトハに向かって放たれた。


◆◆


辺りの木々は薙ぎ倒され、

コトハの吐いた血や、身体から噴き出た血が、

そこら中に痛々しく撒き散らされていた。


自動回復に依って、

当の本人は至って無傷なのだが、

見る者が見れば卒倒しかねない、

惨劇の光景が、そこには広がっている。


「貴方では、これ以上は無理です」


声と共に、ようやくルカが姿を現した。

無論、本体ではなく、

分身の体であったが。


「それでも、コトハ様に、

ここまで傷を負わせる事が出来たのは稀な例です。

光栄に思いなさい」


先程までの、恍惚に満ち足りた様子とは違い、

威厳と、荘厳さを醸し出したルカの声に促され、

ゴアグラインドは、ようやく攻撃の手を停めた。


「……コイツ(コトハ)

途中から全く無抵抗になりやがった。

殺すつもりでやったってのに、

すぐに回復して、ケロッとしてやがる」


「それは事前に伝えましたよ。

貴方の役割を履き違えないで下さいね?」


「……」


そして、ルカはコトハに向き直り、

再び、甘美な劣情に蕩ける様な表情を浮かべながら、

その傍らに駆け寄ろうと近づいて行った。


「如何でしたか?

この(ゴアグラインド)は、

一度はスイ様に敗れたのですが、

私が様々な趣向を凝らしまして、

微々たる才覚を、ようやく、

ここまで開く事が出来ました」


「この男を最初から出していれば、

先刻、僕を仕留める事も出来たかも知れないね」


「御冗談を。

そこまでは期待しておりません。

私は、この男に施した処置が、

適切なものだったのかどうか、

その証明が出来ただけで充分過ぎるくらいですわ」


「君の持つ魔瘤巣とやらを、

このダークエルフにも与えていたとして、

これ程までに途切れない不自然な魔力に、

魔族でも無い生物が本当に耐え切れるのだろうか?

とても残酷な事だと僕は思う」


コトハの口調に何らかの感情が含まれているのか、

ルカは縫目の綻びでも捜す様なつもりで、

それを探ろうとしたが、

コトハの声にも、眼にも、息遣いにも、

ルカの期待する事柄など、

一切含まれていない様に思えた。


尸童(よりまし)の魔女と云ったかな。

昔、君に似た魔法を使う魔女の話を聞いた事がある」


その言葉に、ルカはニヤリと不吉な笑みを浮かべた。


「気づいていらしたのですね」


「随分と色んなところへ行かされたものだからね。

この世界には、

僕の知らない事を知っている人が幾らでも居る。

その逆も、また然りだけれど」


「それは一体、どういった意味なのでしょう?」


「チッ!! ルカ様!!

考える必要は無ェ!!

コイツも、娘と一緒で口が達者だ!!

予定と違うかも知れねェが、

殺るべきだ!!

二人がかりの、今の状況でなら殺せる!!」


「黙りなさい。愚かな痴れ者が」


冷酷な声だった。

ルカの一言で、ゴアグラインドは容易く口を噤んだ。


「魔女の二つ名を持つ者は、

世界に多くは在りません。

魔女とは世界にとって、

その根幹を揺るがしかねない存在なのです。

私の魔法で、

ステータスとスキルを全解放出来る様になった程度で、

貴方の様な塵虫が、魔女をどうこう出来るなどとは、

決して考えない事です」


苛立った様に、

そうやってルカは捲し立てた。


「そんなに大層なものでも無いよ。

現に僕は大きな口を叩いた割には、

君達に弱点を見抜かれ、

こうやって追い詰められている。

尤も、僕の慢心と、或いは、

そもそも僕が間抜けな所以かも知れないけれど」


「名が売れると云うのは、

そういう事で御座いますから。

コトハ様の能力は、

少しばかり知られ過ぎてしまったのでしょうね。

それでも、

この状況でも、

私は決してコトハ様に勝てるとは思っていません」


「まア、僕も敗けるとは思っていないけれど。

君が本当は何者かは判らないし、

たとえ、その正体が魔女だとしても、

()()()()()()()()()()()()()()()()()


「フフフ。それでこそ、中央の魔女です。

申し遅れましたね?

私は尸童の魔女のルカと申します。

管理者(ミニチュア)の一員にして、

この愚かなダークエルフの他、

幾人かの術者を擁する、

具現派魔術師(ソーサリースフィア)の長で御座います」


「情報が多いね。つまり、

君は悪の組織の魔女と云う解釈で良いのかな?」


「ええ、構いません。

管理者も、ソーサリースフィアも、

悪と云えば悪に分類されますので」


「この世界は広いものね。

そういう風に捉えれば、

その大袈裟な名称にも、

どうにかして我慢する事が出来そうだ」


「私が定めたわけではありませんから」


「どちらにせよ、

僕は此処で足踏みをさせられている。

踊らされている事にも気づかないで大真面目に。

七年前と同じだ」


「あの時には他の魔女が居りました。

魔女同士に繋がりは殆ど有りませんが、

私と彼女は同じ管理者の一員です。

そして、

彼女は私が知る限りでは、

最も聡い魔女です。

七年前も、今の、この場面も、

彼女が思い描き、造り上げたものなので御座います。

コトハ様。

私達は畏れているのです。今も尚。

(わざわい)の眼』を持つ貴女を。

そして、精霊の御子と呼ぶに相応しい、

貴女の娘様で在らせられるスイ様の事もです」


「君達の事情なんて、僕とスイには関係の無い事だよ」


───『砂塵の楼閣(トレモロ)!!』


ゴアグラインドが魔法を発動させ、

その瞬間に空気が震えたかと思うと、

眩暈が起こりそうな程に辺りな景色が歪み始めた。


「ルカ様!! もう駄目だ!!

きっと何か仕掛けてきやがる!!

殺られる前に殺しちまうべきだ!!」


「魔法を可視化させて出力を上げたのか」


───『供花の式(オーバードライブ)!!』


更にゴアグラインドは、

生命力を対価に、

ステータスを上昇させる増幅魔法を発動させた。


「やめときなよ。

そんな事をしたって、君に僕は殺せない」


「黙りやがれ!!

てめえの餓鬼(スイ)にやられた時には、

未だ未完成だったんだがよ、

ルカ様が、俺の潜在能力を開花させてくれたからよ。

その代わりに、

俺ァ、自分(てめえ)の魔法に、

腕一本喰われちまったんだがよ。

中央の魔女(コトハ)と、スイを、

この手で殺せるんなら、

悔いなんざ一片だって残りはしねえ!!」


───『終曲不協和音(ドゥームパレイド)!!』


高度な技術とさる、

三つの魔法の並行発動。


魔族や天恵者などの、

優れた魔力を持つ者だとしても、

魔法の同時発動に関しては、

同時発動のスキルの有無が重要な項目とされていた。


違う魔法を同時に発動させる事は、

どんな魔法使いでも出来ない事は無い。


しかし、スキルの恩恵を受けずに、

それを行う事は、

即ち自らの命を魔法に喰わす様にして、

差し出す事と同義であった。


莫大な魔力で、それを補填出来る者も居るが、

大概は自殺行為に等しい事だった。


増幅された魔力やステータスを、

持ち合わせていたとしても、

何れにしても今のゴアグラインドには、

到底、披露出来る様な芸当では無かった。


しかし、

彼には自らの保身よりも上回る、

常人離れした狂気的な破壊衝動と、

自分よりも強い者への並外れた妬みと執着があった。


たとえ、

身体が再起不能なまでに傷つき、

命を落としたとしても、

ゴアグラインドは、

一度スイッチの入った己の本能に忠実だった。


暴走に近い魔法の発動が容赦無く、

彼の身体と魂を喰い荒らし始めるのも厭わずに、

己が魔力の全てを込めて、

ゴアグラインドはコトハに向けて魔法を放った。


『指定した空間内の対象を圧死させる呪縛魔法』


呪いの名に相応しい、

禍々しく、重苦しさの漂う魔力が、

コトハの脚を絡め捕ろうとする様は、

呪詛の言葉さえも聞こえてきそうな程に、

惨たらしい結末を連想させるものだった。


「死ねよ!! 傷が回復しようが何だろうが、

てめえの魔力が尽きるまで何度だって、

ぐちゃぐちゃに潰してやるからよ!!

死んじまえよ!! 中央の魔女!!」


すっかり正気を失ってしまった様な、

ゴアグラインドの悲痛な叫びが響く。


ルカはその様子を、

諦めと蔑みの入り雑じった表情で苦々しく眺めていた。


「愚かな。忠告はしましたからね?」


そして、何かが爆ぜる様な音がして、

真っ赤な鮮血が、肉や骨と共に、

辺りに勢い良く噴きつけられ、

景観を血で色濃く染めていく。


「回復すると云っても痛みは感じている。

君の決死の覚悟を踏みにじる様な真似をして、

本当に悪いんだけれど、

彼女(ルカ)の言う通りだよ」


ゴアグラインドの腕や脚が、

コトハの攻撃魔法で消し去られた様にして吹き飛び、

彼は何が起こったのかも、よく判らないままに、

薄れてゆく意識の中、

眼前のコトハの姿が段々と靄がかかった様になると、

プツリと閉じられた視界や意識と共に、

その場で事切れてしまっていた。


「魔女と呼ばれるモノを、

簡単に殺せると思わない事だ」


コトハの最期の言葉は、

ゴアグラインドには既に届く事は無かった。


◆◆◆

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