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リンカーネイトリンカーネイトリンカーネイト  作者: にがつのふつか
第六章 『巡アラウンド・ザ・クロック』
202/237

『アンプリファ。』



「君はスイを知っているのか?」


問い質す様な、

コトハのキツい口調にも動じずに、

ゴアグラインドはニヤニヤと笑い続けながら答えた。


「おうよ。名無し(スイ)とかいったよなあ?

えらく強ェ餓鬼だとは思ったけどよ、

まさか中央の魔女の娘だったとはよ?」


不快だ。とコトハは思った。

この男が自分の愛する娘の名を呼ぶ事を酷く嫌悪した。

そして、

見るからに下品で残虐そうな言動と、

好戦的な瞳をしたゴアグラインドが、

これ以上無い程に汚い物のように思えてきた。


「友人と云う訳では無さそうだね。

その腕はスイにやられたのか。

流石、僕の娘だ。

君の様な相手には容赦しなくて正解だ」


「へッ!! こりゃ違うぜ?

確かに一度は、てめえの娘に吹き飛ばされたがよ」


──何だか見るだけでムカムカする。


コトハは無性に苛立つ気持ちを、

上手く抑える事が出来なかった。


「そうか。まア、それは僕にはどっちだって構わない。

君がルカの仲間なら、

此処で君を倒すだけだ」


「……ククク。

親娘揃って、とことん俺を苛つかせやがる。

先刻のが見えてなかったのか?

てめえの攻撃を、俺は喰らわなかったんだぜ?

なア? 解るか? この俺がだ。

中央の魔女の攻撃をだ!!

格上も格上、世界最強の魔女様の魔法をよォ!?」


ゴアグラインドは昂っていた。

それは、かつてスイに敗北し、

ボロボロになるまでに彼の堕ちた自尊心を、

とんでもなく高みへと、

推し上げる事実に他ならなかった。


「空間系の魔法。

空間に存在している、

生物なり現象なりの座標をズラす事で、

僕の魔法を空間ごと移動させた。

定義の違いは分からないけれど、

転移魔法と似た原理で、

君の魔法は攻撃を霧散させる役割を果たした。

ひとつ言っておくけれど、

初手の攻撃が当たらない事は、

僕にとって初めての経験ではないよ」


「余裕だなア?」


「ルカの仲間なら、僕の能力は知っているんだろう?

初見殺しなら、僕には通用しないよ」


「軽く言ってくれるぜ。

てめえの能力っつうのは、

その気色の悪い眼の事か?勿論知ってるぜ?

だけどよ、

対象を視界に入れねえとならなねえんだろう?

俺みてえな能力を相手にするのは、

随分と厄介なんじゃねえのか?」


「そうかもね」


「現に、ルカ様を相手に手こずってるしなア?

悪ィが、お前の魔法を封じ込める為の手筈は、

この辺り一帯に仕込ませてもらってるぜ?

単純な話だがよ、

幾ら強ェ魔法だとしても、

喰らわなきゃ良いんだもんな?」


「事実だね」


コトハはゴアグラインドが、

虚勢を張っているだけとは思わなかった。

自信に満ち溢れた彼の言葉には、

確かな裏付けがあるようだった。


ルカとゴアグラインドの狙いが何なのかは、

未だ解らなかった。

攻撃が当たらないのは向こうも同じなのだ。

二人の狙いが、何らかの時間稼ぎだとするならば、

まともに相手にする必要は無いように思えた。


「てめえにはよ、俺達と泥試合をしてもらうぜ?

当たらねえ攻撃同士の、くだらねえ殺し合いをな。

言っておくが拒否権は無え。

(ウィソ)に戻ろうもんなら、

俺の空間魔法で魔物共を送り込んで、

都を襲わせてやるからよ?

壮妖丹(ヤオダン)で狂った連中だ。

てめえにゃ敵わなくても、

都の連中が果たして無事で居られるかなア?」


下卑た笑いをゴアグラインドは浮かべる。


「助けるさ。全員」


「流石、中央の魔女様は言う事が違うな。

なら試してみるか?

今すぐにでも都に逃げ帰ってみろよ?

俺の魔法の範囲領域は広いぜ?

てめえが都に着く頃には、

魔物共が都をグルッと包囲してるだろうなア」


「フン。誰が。

わざわざそんな事はしない。

僕は今から元を断つ(君を倒す)


コトハには、

ゴアグラインドが大した実力は無い様に見えた。

増幅された魔力の不自然な流れは感じていたし、

それらは天恵者(チート)並みの強大さはあると判断したが、

実際、歯牙にもかけない程の実力差があった。

しかし、

その事が理解出来ていないとも思えなかった。


それに、空間魔法を使って移動したのだろうが、

コトハの魔力感知に、

まるで引っ掛からなかった事も気になった。


空間系の攻撃魔法の多くは、

不可視のものである事が多い。


魔法そのものを視認出来なくとも、

魔力の流れを感知出来れば、

コトハの能力で封じられる(見切れる)事は確かだったが、

仮にゴアグラインドがルカ並みに魔力の制御が巧く、

感知の出来ない程に精錬されたものだったとしたら、

コトハの能力が絶対に有利と云う訳では無かった。


(それに、どう考えても挑発だ)


試しにコトハは攻撃を仕掛けてみた。


辛うじて生かしても、

有力な情報は吐くまいと判断して、

息の根を止めるつもりで、

ゴアグラインドに向けて魔法を放った。


通常の魔法使いが、

それが或いは天恵者だったとしても、

反応する事は困難な迅い斬撃だった。


しかし、

ゴアグラインドは魔法を発動させた様子も、

攻撃を躱した様子も無く、

コトハが魔法放った動作をしてから遅れる事、

何秒かの後に、

ようやく詠唱を始めていた。


ゴアグラインドの身体に傷がついた様子は無く、

彼は、わざと余裕ぶって文言を唱え終わった。


その頃には、

既にコトハの第二の斬撃が、

ゴアグラインドを切り裂こうと放たれていた。


(効かないんだろうね。

攻撃を仕掛けようとしているところを見るに、

魔法の並行発動で、

防御を自動で行っているんだろうけれど

空間魔法を継続的に発動させ続けるなんて、

魔力が直ぐに底を尽くだろうに)


コトハの予想通り、

斬撃は吸収される様に音も無く消え失せていった。


「ギャハハハッ!! 効かねえよ!?」


高らかに笑い声を上げるゴアグラインドが、

コトハに向けて不可視の攻撃魔法を放った。


───『歪曲した衝撃波(ディストーション)!!』


微かに空気の揺れる音がして、

耳障りな金切り声の様な不協和音と共に、

眼に見えない衝撃波が、

コトハの身体を覆い尽くす様な範囲で襲いかかった。


コトハの瞳孔が、

再び形を変える。


見る者に畏怖の念を抱かせざるを得ない、

冷徹さを帯びて。


◆◆


異世界へ辿り着いた時には、

既に手に入れていた能力だった。


視界に映る全てのものが、

この世界そのものが、

時を停めた様な光景に変わった。


(一つの意識が、別々の世界に居る様な感覚なんだ)


何もかもが動いてない様に見えるのだが、

音も光も匂いも感触も、

その全てが躍動感を以て感じられるのだ。


能力を得た初めの頃は、

コトハは、この感覚が苦手だった。


声に喩えるなら、

ひどくゆっくりと間延びして聴こえる筈なのに、

一言一句は正常な速度でハッキリと聴こえる。


早送りとコマ送り、

再生と逆再生を脳内で繰り返される様な奇妙な感覚に、

眩暈がする程に酔った事もあった。


しかし、

それも直ぐに慣れた。


感覚に身を溶かす様に委ねれば、

別々になった意識は計算し尽くされた様に噛み合い、

違和感も消える。


違和感が消えると、

コトハの眼に映るものは、

その全ての理を、

彼女に曝け出しているかの様に、

その成り立ちを丁寧に指し示し始めた。


コトハが、

それを理解し、能力を行使出来るようになった頃には、

彼女は既に中央の魔女の二つ名を与えられていた。


目視し、感知すると、

防御と回避が自動で行われる。


ゴアグラインドの攻撃は、

確かに目視では認識出来なかったが、

発動の動作は行われており、

コトハの能力の発動の条件を満たすには、

それだけでも充分だった。


放たれる攻撃の種類、属性、

速度、軌道、その他ありとあらゆる全ての事が、

コトハには視えていた。


そこまでは、いつもの感覚だった。


身体を掴まれて、

そのまま床に放り投げられた様な、

鈍い痛みを感じるまでは。


痛い、と思ったのは、

一体、いつぶりの事だろうとコトハは思った。


そして、

彼女は咳き込む様に激しく吐血し、

揺らいでいく視界をどうにか保ちながらも、

両脚の感覚を、

とても静かに失っていったのだった。


◆◆◆




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