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リンカーネイトリンカーネイトリンカーネイト  作者: にがつのふつか
第六章 『巡アラウンド・ザ・クロック』
199/237

『嗜好癖。』



ルカの造り出す分身は、

術者の魔力量に比例して、

恐ろしく脆くなる様な幻術の類いとは違い、

魔力や耐久力が半減する様な制限も無い、

術者(ルカ)本体を鏡に映して、

複製した様な代物だった。


膨大な魔力量と、

高い魔力を圧縮して発現させ、

それを操作する技術。


それを、紙屑でも掃いて捨てる様に、

コトハは蹴散らし、屠ってみせた。


殆ど無詠唱に感じる速度で、

発動までの動作も極限まで短縮された攻撃魔法に加え、

被害の及んだ村に防護魔法まで施し、

魔法の同時発動までやってのけてみせた。


コトハの云う転写魔法とやらで、

魔法の遠隔操作を行っていたのだとしたら、

彼女は三つまでの魔法は、

同時に発動させる事が出来るのだろう。


或いは、更に多く。


──見切りに依る攻撃の無効化や、

対象の魔法防御力の減退や、

必中の効果を得る視覚の能力だけでは無く、

純粋に戦闘力が高いのだ、

それも、この世界の中でも、

唯一無二に近い程に。


ルカはそう思ったが、

思ったところで、或いは、そう認識したところで、

コトハに対応し得る術など、

そう易々と存在しないと云う考えに至った。


(コトハ様は、まるで天災です。

それも、一人で世界を揺るがしてしまう様な)


コトハの能力が判ったところで、

その攻撃の速度に反応出来る魔法使いがいるとは、

到底思えなかった。


(魔法で在る以上、

何かしらの属性が有るのでしょうが、

相性で相殺なんて事も難しいですね。

威力もさる事ながら、そもそも迅過ぎます。

防御魔法や結界を張ったところで、

この調子では安心なんて出来やしませんね)


──コトハの放つ不可視の斬撃が、

一体どんな魔法なのかは気にはなる。


(まア、判ったところで、

防ぎようが無いとは思いますけれど)


本体と変わらない能力を持った分身が、

あっけなく倒されてしまうのだから、

ルカは自分ではコトハに勝てないと、

既に悟っていた。


(リロクが一度勝っていると云うのを、

鵜呑みにしてしまいましたが、

本当に只の偶然でしょうね。

この怪物を出し抜く方法を、

私はまるで思い浮かべれません)


そして、

今はコトハを誘き寄せる為に、

少量の魔力の痕跡を残していたが、

例え、それを完全に絶ったとしても、

コトハに(能力)を使われてしまえば、

自分が潜んでいる居場所など、

すぐに見破られてしまうのではないかと、

容易く想像するに至った。


──あの、()()()()()()


それでも、

コトハの飛翔魔法での移動速度も考慮して、

充分な距離は取っている。


コトハ曰く遠隔で操作出来ると云う転写魔法も、

コトハが此処に来た事が無ければ、

発動したくとも儘ならないだろう。


しかし、

コトハに居場所が割れて、

この場所にコトハが来た事が有ると云う可能性も、

無きにしも非ずだが、

助かる為には、

この距離を保ったまま、

移動してしまえば良いのかも知れない。


──助かる為には。


ルカはその言葉を頭の中で同じ様に何度か繰り返すと、

言い様の無いゾクゾクとした疼痛が、

全身を激しく刺激した事を、

これ以上無い程の快感だと捉える事が出来た。


(それはつまり、

私がコトハ様から尻尾を巻いて、

おめおめと情けなく逃げ出すと云う事ですね。

あア! 何て惨めで、だらしのない……、

そうだ、命乞いをしてみましょうか。

涙と涎を汚ならしく垂れ流して、

泣き喚いて、懇願して、

コトハ様の靴の爪先を丁寧に舐めて、

頭蓋を容赦無く足蹴にされて踏みつけられ、

蔑まれ、醜くて汚いモノの様に扱われ、

人間の尊厳の全てを、

全くの無価値の様に、無慈悲に。

私の、すがりつく様な懸命の祈りも届かずに、

私は人間として扱われず、

自分の少水と糞便にまみれて、

哀れな哀れな姿を、

晒したあげくに、

そのまま、あっけなく殺されてしまうのです)


ルカの頬は紅潮し、

身体は幾分か、

ネットリとした滑らかさを帯びていた。


自分が惨たらしく、

ズタズタに切り刻まれる姿を想像すると、

その妄想の光景は焼き印で判を押された様に、

ルカの脳内に映し出され、

彼女はそれを快楽的な発想で、

この上無く愉しむ事が出来る事を悦んだ。


(『七年間、僕は君が魔法使いだと気づかなかった』

コトハ様は、そう仰いましたけど、

七年間、コトハ様を観察し続けた私も同じです。

コトハ様の力の、その全ての、

ほんの小さな片鱗さえも理解出来ておりませんでした)


そう考えてしまうと、

コトハの底知れない何か、

潜在能力の様なものが、

ルカには神々しくも感じられ、

この瞬間にも、

コトハが自分の背後に立っていて、

首を斬り落とされてしまっても、

何の不思議も無い様に思えた。


◆◆


コトハを覆った闇の幕は迅うに消え失せ、

コトハは既に地上に降り立っていた。


簡易的だが、

強力な魔力で構築した結界の中で、

保護した村人達全員の安否を確認すると、

深い溜め息を吐いて、

その場にしゃがみこんでしまった。


無意識に手繰り寄せる様に、

上着のポケットから煙草を取り出すと、

厭でも眼に付く残りの本数を数えてしまって、

それがもう殆ど残っていない事を、

判っていたのにも拘わらず、

喫煙者特有の不安感が、

少しだけコトハに動揺を与えた。


(いいさ。元から止めるつもりだったんだ。

だってスイに逢えるんだから)


そして、指先で吸い口のカプセルを潰すと、

爽やかなベリー類の風味の煙を、

勢い良く肺いっぱいに吸い込んだ。


吸い込んだ煙を閉じ込めておく様に、

しばらくの間、

口を閉じたまま、

コトハは瞼の上から、

眼球をマッサージする様にしてゆっくりと撫でた。


(魔法はやっぱり疲れるな……。

異世界に来て魔力が戻ったお陰で、

視力も回復しているし、

日本に居た時とは、

比べ物にならないくらいに自由は利く。

……利くんだけれど、案外、身体は鈍るものだね。

これは油断していると、

簡単に足元を掬われてしまうかも知れない)


魔力を著しく消耗した、

と云う感覚では無く、

純粋に激しい運動に因る、

肉体の疲れを感じていた。


その極度の疲れに因って、

緊張した身体を解きほぐすイメージをしながら、

コトハは繰り返し煙草の煙を吸引しては、

吐息混じらせて静かに吐き続けた。


なるべくリラックスする様に心掛けていたが、

ルカの、或いは、第三者の奇襲に備えて、

周囲一帯の魔力探知は怠っていない。


それが不意打ちであっても、

負けるつもりは微塵も無かったが。


ルカの魔力は、

消え失せずに未だあちこちに残留している。


分身は一体残らず倒したが、

姿は無くとも、

コトハの動向を監視をしているのだろう。


明らかな疲れを見せているコトハの喉元を、

今にも喰い千切らんとして、

その牙は潜みもせずに、

鋭さを増していく様にも思えた。


◆◆◆






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