『その名、中央の魔女。』
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一切の躊躇無く、
ルカの分身体から放たれ続ける数多の攻撃魔法は、
全てを破壊し尽くさんばかりの、
天災の様に激しいものだったにも拘わらず、
コトハには、
そのどれもが只の一度も掠る事すら無かった。
理解はしていたつもりだったが、
それはルカが警戒し、脅威と捉えている、
コトハの能力を発動させる、
その眼を使われた時に限っての事だと、
自分は勘違いしていたのかも知れないと、
そうやってルカは考えていた。
地上にはルカが魔力で生成した分身が二十体。
空中を翔ぶコトハに向けて、
間髪を入れずに攻撃魔法を撃ち続けている。
威力も速度も申し分無い、
確実に殺す為の、
こんなにも多重に仕掛けられる攻撃を、
視覚を封じられて、
魔力の感知だけで、
如何に、中央の魔女と呼ばれる、
転移者で強大な魔法使いと云えど、
無傷で躱し続ける事が本当に可能なのだろうか?
懐疑と事実に心を確かに弾ませながら、
ルカはそう考えた。
二十体の分身は、
ルカの魔力から産み出したものではあるが、
魔力の波長を微妙に歪ませて出力する事で、
各々を独立した個体とした操作する事が出来た。
つまり、
コトハは二十体分の攻撃魔法の、
魔力の波長を個別に感知し、
発動から被弾の警戒範囲、
攻撃の軌道や着弾までの速度、
それらの全ての動きを、
読み切っていると云う事になるのだろうか。
(有り得ない)
何かは解らない。
解らないが、
コトハが如何に常識から外れた魔法使いだとしても、
何か仕掛けが無いかを疑わなければならない。
そうでなければ、
自分はコトハに敗けてしまう。
確実に。
しかし、ルカの魔力は未だ蓄えが尽きる様子は無い。
コトハが今現在は少しのミスを冒す事が無いにしても、
長期戦がルカにとって有利な事は変わらなかった。
コトハの魔力量は、
人間離れした桁外れのものではあるが、
身体に植え付けた魔瘤巣の中に、
魔法使い何百人分かの魔力を溜め込んでいる、
ルカの魔力量には、
流石に敵うものではなかった。
戦闘が長引けば、
先に魔力が尽きるのは、
間違い無くコトハの方だった。
だが、
攻撃を躱すのに精一杯なのか、
秘かに策を講じているのかは判らないが、
ルカが攻撃の手を緩めた瞬間、
コトハは反撃の一打で、
ルカを絶命させかねない。
中央の魔女たる由縁、
他の追随を赦さない攻撃力と機動力。
圧倒的物量で圧すだけで、
勝てる相手ではなかったと云う事だ。
(そんなにも単純な話だとは思っていませんでしたが)
分身体を増やして、
攻撃の弾幕を更に分厚くさせる事も出来るが、
コトハの仕掛けを見抜かない限り、
おそらく結果が変わる事は無いだろう。
ルカはそう考えた後、
コトハとの戦闘を繰り広げている場所から、
遥か遠くの拠点で、
両の手の指をリズミカルに開いて拡げた。
人形を操る傀儡師の様に。
決して光を通す事の無い、
全てを塗り潰す様な暗幕に向けて、
微かな隙間も埋め尽くす、
更なる量の攻撃魔法が撃ち込まれた。
新たな分身体が二十体造られ、
その全ての分身体が、
コトハに向けて攻撃魔法を放ったのだ。
魔法の発生の反動で、
生まれた衝撃波が渦を巻いて、
辺り一帯の地表や岩山を激しく抉り、
空に浮かぶ分厚い雲も散り散りに消し飛んでいった。
其処に在った小さな集落は、
狂った様な吹き荒ぶ風に呑まれ、
建物の殆どは、
爆撃に捲き込まれた様に、
あっという間に瓦礫へと形を変えた。
其処に暮らす村人達の安否などは、
まるで考慮されていない。
微かな悲鳴は、
無慈悲な風の中へと消えていった。
「これだけの攻撃魔法をもってしても、
貴女には掠り傷ひとつ、
つけられやしないのでしょう。
貴女の領域に達する者など、
これより以前も、
これから先にも、
どのような才覚に恵まれた者が産まれたとしても、
幾漠たりとも居ない事でしょう。
中央の魔女、人類最強の魔法使い、
その名を冠するのに、正しく相応しい」
ルカは恍惚とした表情だった。
コトハを覆う闇色の幕は、
地上から、それを見上げるルカの眼にも、
何一つとして映し出す事は無く、
其処だけを切り取られたかの様に、
ただ、塗り潰された様に拡がっていた。
うっとりとした貌を浮かべたルカの分身の何体かが、
細切れにされる程にバラバラに切り刻まれた時に、
ルカは初めて、吹き飛んだ集落の辺り一帯を、
防護結界が覆っていた事に気がついた。
「やれやれ。
まさか民間人への被害も、お構い無しだとはね」
血や肉片では無い、
仮初めの何か別の液体と欠片を辺りに散らしながら、
次々とルカの分身が倒れていく中で、
中央の魔女の声が、
淡々とした様子で、
そうやって聴こえた。
しかし、声が聴こえるだけで、
コトハの姿は其処には無かった。
コトハの魔力の位置は、
変わらずに闇の幕の中に在る筈だった。
「……素晴らしい」
そう呟いたルカが、
見えない斬撃の様なモノで木っ端微塵にされていく。
「リンガレイ達にも、僕は能力の概要を知られても、
詳細を話した事は無かった。
何処かで僕の事を監視でもしていたのかな?
或いは、
眼を塞げば封じられると云う、
単純な発想に因るものなのかな?
それにしては念の入った対策を講じられたものだよ。
僕の眼の事に詳しい君は、
当然の様に僕の眼を封じようとしてきた。
だけれど、
その用意の周到さが、
知っている事と知らない事が君にある事を、
ハッキリと浮かび上がらせてしまったね」
風よりも迅く、
コトハの攻撃魔法はルカ達を蹴散らしていく。
「僕は眼で映して意識的に記憶した光景に、
ある程度までなら、
遠隔で魔法を発現させる事が出来る。
ただ、
地形や物の配置なんかを、
正確に記憶していて、
遡る必要が有るから、
思い出す迄に少し時間が掛かってしまった。
対人効果にだけ、
特化した能力だと思われがちだけれど、
こういう使い方も出来るんだ。
それと、
僕はこの魔法を使った時には、
必ず相手を生きては帰さなかった」
返事をする代わりに、
ルカは只、不敵な笑みを浮かべるだけだった。
「返答の内容は気になるけれど、
分身を倒されても痛くも痒くも無い君が、
答えてくれる事は無いのだろうね。
だけれど、
先刻も言った通りだ。
僕は、この魔法を使った時には、
相手を生きては帰さない」
ルカの造り出した分身は全て倒れ、
亡骸の一つも遺す事無く、
脆く崩れ去っていき、
魔法によって変容した、
凄惨な光景だけが其処には在った。
コトハを覆う闇の幕は解除され、
それは静かに熔けていく様にも見えた。
◆◆
♪Chevon『光ってろ正義』




