『リスポーン地点。』
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「そのシージって奴が、
お前が言ってた、
前に一度戦って、苦戦した模写の魔法使い?」
凄まじい風の音に掻き消されない様に、
リクは大声を張り上げて、
コトハにそうやって訊ねた。
飛翔の魔法の速度は加速し続け、
今、見えたばかりの景色が、
あっという間に遥か後方へ消えてゆく。
振り落とされてしまわない様にと思い、
しっかりとコトハの手を握り締めた。
「そんなに大きな声を出さなくても聴こえる。
いい加減に慣れなよ」
コトハはリクの大声に、
ウンザリした様な顔をしながら言った。
「そんで? そのシージって奴がどうかしたのか?」
「シージは聖域教会の人間で、
僕がネイジンに居た時に難癖を付けて来て、
仕方なく戦う羽目になってね。
途中でリロクの襲撃に遭ったから、
勝負は有耶無耶になったんだけれど、
おそらく、
僕はあの時にシージに、
能力を一部分的に模写されている」
「は!? お前の!?
攻撃を全部見切って無効化するやつ!?」
「最後まで聞きなよ。
戦ってる最中に、
相手が模写の魔法を使うのが判ったから、
僕はそれを無効化するつもりだった。
来ると判ってた攻撃に構えて居たのに、
それを避けられなかったのは、
それが最初だった。
僕が何を言いたいか分かるかい?」
「わからん」
「鈍いな。
僕は最近、似たような経験をした」
「え? それってまさか……」
「そう。君の妨害スキルに因ってだ。
これは僕の推測なんだけれど、
君とシージの能力は、
どこか酷似している様な点がある」
「どんなところが?」
「無意識下で発動した能力が特異、
と云う点だね。
本当に推測だけれど、
君の妨害スキルと同様に、
シージはスキル発動と同時に、
副次的に発動するスキルを持っている。
でも、それを偶然に喰らった訳じゃない。
シージはそれを意識的に制御している。
君と同じ様にね」
「いや……、俺のは偶々じゃない?」
「偶々なもんか。
謙遜も過ぎると嫌味になるぜ?」
「そんな事言われても。
んで。 何で、わざわざ、それを今話すんだ?」
「スイ達と合流して聖域教会と戦うなら、
遅かれ早かれシージと戦闘になるだろう。
見切りのスキルを使われたら厄介だ。
僕も手の内を全て出した訳じゃ無いけど、
それは向こうも同じだろうしね。
結論から云えば、
かなり苦戦すると思う」
「うん。それで?」
「君の登場だ。
シージのスキルを封じて、その瞬間に叩く。
……と、言いたいところなんだけどね。
少しだけ、懸念が無いと云えば嘘になる」
「え?どこが?」
「君のスキル妨害を、
聖域教会の人間の前で披露しただろう?
何らかの手段で、
君の能力の情報を解析されていないとは断言出来ない。
鬼火のロウウェンが倒れたのも、
君の能力に因るところが大きいのなら尚更だ。
テンプレート気味の作戦だ、
仕掛けが判ってしまえば、君をマークするだろうね」
「俺が狙われたらヤバいよな?
戦闘は苦手だぞ?」
「君は意外と度胸も有るし、
イズナ相手にだって臆したりしなかった。
だけど、決定的な攻撃手段に欠けるから、
相手にスキルを封じられる可能性について、
何か策を講じた方が良いね」
「例えば?」
「自分で考える事も重要だよ?
でも、そうだね。
そろそろスキルレンタルを活かして、
攻撃的なスキルを幾つか揃えるのはどうかな?」
「攻撃的なスキル」
「物理的でも魔法的でも良い」
「俺もレベル上がってんのかな?
試してみる価値はあるかな?」
「勿論あるさ。君は器用だ。
バランスの悪いトリッキーな手札を、
とても巧みに操っていると僕は思う」
「褒めてんの?」
「褒めてる。
それに君は悲観的に物事を捉える様に見えるけど、
それは、
本当は周りをよく見て状況を判断しているからこそだ。
最悪と最善を表も裏無く考えれて、
君はその時に一番最適な方法を選ぶ。
実に魔法使い的思考だと僕は思っている。
それも強い魔法使い特有の」
「俺が? さすがに買い被り過ぎじゃない?」
「僕の主観だ。僕の自由だ」
「それはそうかもだけど。あんまり期待されてもな」
「君の性格ならそう言うだろうね。
でも、異世界に転移するのが、
もしも君の方が先だったら。
人類最強の魔法使いなんて呼ばれるのは、
君の方だったかも知れないよ」
「何……? 俺、何かした……?」
「用心深いな君は。
素直に受け取ったらどうだい?」
「素直にって言われてもな」
「時に。
君はスキルの鑑定を受けた時に貰ったカードは、
未だ肌身離さずに持っているかな?」
「カード?」
「能力値なんかが記載されるカードだよ。
まさか失くしちゃったのかい?」
「え……? そう云えば最初に見て以来、
そんなもんの存在、全然忘れてたわ……」
「今、取り出せるかな?」
コトハに言われて、
リクは衣服のポケットというポケットを全て探したが、
カードを見つける事は出来なかった。
「無い……」
「いいさ。ウクルクに寄るんだ。
もう一度、鑑定所に行って発行して貰おう」
「何で要るんだ?」
「カードを貰ってから随分経っただろう?
今の自分のステータスを知りたくないかい?」
「そりゃまあ」
「それに。
君の能力は対象とのレベルの差に左右される。
自分の今の力量と、
対象を見比べるのに基準が要るだろう?」
「なるほどな。ところでさ、
お前のカードは?」
「僕が失くさずに持っている訳無いじゃないか」
当然の様に言い切るコトハの、
あまりの潔さにリクは何も言葉が浮かばなかった。
「ナツメくん。そろそろ着くよ」
コトハに言われて、顔を上げると、
リクの視界にもウクルクの広大な自然の光景が映った。
自分が転移をして来て、
スイに連れられて歩いた場所がどの辺りなのかは、
全く見当がつかなかったが、
その光景が広がる様は幻想的だと思えるほどに、
リクの中の何かを揺さぶってみせていた。
「結界が張ってある」
コトハがそう言った。
「また降りて歩くか?」
「いや。あとで謝れば良いさ」
「へ?」
そう言うとコトハは急上昇し、
狙いを定めた様にして、
空中の一点を細い脚で蹴り飛ばした。
彼女の眼には、それがハッキリと見えていた。
魔力と魔力がぶつかる、
炸裂した様な音と衝撃が、
空の彼方から国中に轟く。
「ぅおーーーい!!? ちょちょちょ!!?」
音と衝撃から身を守る様に、
リクが頭を抱えながら悲鳴を上げた。
辺りに集落が無いのが幸いだったが、
切り立った岩肌の、
巨大な要塞の様な幾つかの山々さえも、
根元から揺れている様だった。
結界はコトハに主点を破壊され、
構築していた術式を解かれてしまうと、
覆い被さっていた範囲から、
ゆっくりと退いていくと、
あとは音も無く、
散り散りに消え去っていった。
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