『事実は大体想像と違う。』
※コトハ、リクのパートになります!
◆
イズナ達の監視下にあった城壁の中の街。
転移門の設置された建物に行くまでに、
リクとコトハは正気を保った住民を、
ただの一人として見かけなかった。
「皆、眠ってるか幻を見せられているみたいだね」
足元で鼾をかいて眠る女を跨いで通りながら、
コトハはそう言った。
「コレ、大丈夫なのかな? 何かの罪にならないの?」
リクも似たような状態の住民に、
なるべく触れない様にしてコトハに訊いた。
「立派な罪だろうね。
彼女、円くなったとは言っていたけど、
度胸や躊躇の無さは健在だ」
コトハは何気無い調子で返した。
建物に近づくにつれ、
その周辺には幾つかの気配が有る事が、
リクにも感じとる事が出来た。
「ミンシュ達かな」
武装した兵隊が昏倒している、
一際大きな建築物の前で、
待ち構える様に手を振っている女が居た。
「おーい。 あ? 何だよ、ホントにリクだヨ」
声を掛けてきたのはレイフォンだった。
「だからラクシェが先刻からそう言ってたし。
知らんけど」
レイフォンと一緒に居たのはメイだった。
「マジで戻って来てたんかヨ。スイが心配してたヨ」
「そーそー。知らんけど」
「どっちだよ」
「それでぇ、貴女がコトハぁ?」
相変わらずのんびりとした口調で、
ラクシェがコトハに訊いた。
「そうだよ。はじめまして。
君達がヤエファの義妹さん達かな?
僕の事を知ってくれてるなんて光栄だな」
コトハはラクシェに微笑みかけてそう言った。
「イケメン……。 おい! メイ! イケメンだヨ!」
「わかるし! 顔面良すぎだし! 知らんけど!」
(営業スマイル。身体に沁み着いてんのかね)
コトハの笑顔を見てリクはそう思った。
「ヤエファから聞いてるしぃ、
コトハの名前を知らない人ってぇ、
なかなか居ないんじゃないぃ?」
「スイのかーちゃん……。若すぎるし! 知らんけど!」
「え? 女なんだヨね? ほんとにスイの母親かヨ?」
「スイは僕の娘だよ。
血は繋がってないけど僕の大切な家族だ」
「そんなん言われた過ぎるし! 知らんけど!」
「こりゃヤエファが惚れた惚れた言う筈だヨ!」
「あはは。ヤエファには可愛い義妹達が居たんだね」
華やかな雰囲気だな、
リクはなんとなく気後れしながらそう思っていた。
その様子を建物の中から、
ミンシュが顔だけを出して覗いて、
声を掛けずに伺っている。
「……何してるの?」
ハツが不思議そうにそう訊いた。
「……別に何でも無いですー……」
どう考えても何かに気後れした様な、
ミンシュの様子を見ても、
リクには何の事だか全く分かる余地は無かったのだが。
「ところでさ」
コトハがレイフォンとメイの反応を遮って訊ねた。
「この街の転移門は中央諸国の、
どの辺りまで移動出来るのかな?
僕達はイファルに行きたい。だけど、
イファルに直行するログは無いとヤエファが言ってた」
「そうだヨ! リオハイってところまでだヨ!」
「ふむ。それほどイファルとも離れていないね」
「どのくらいなんだ?」
「良い質問だ。直線距離で云うと、
1400キロと少しくらいかな」
「結構離れてない?」
「リオハイからなら、
イファルに向かうまでにウクルクを通る事になる。
ウクルクに行けばイファルへの転移が簡単だよ。
それまでにも転移門は有るだろうけれど」
「急ぐんだろ?」
「急ぐ。でも、ウクルクに寄るのも悪くない。
ヤンマにも帰って来た事を言いたい」
「……ヤンマさんか……」
「君もヤンマには逢った事あるんだろう?」
「……あるよ」
「気まずそうだね? なんで?」
そう訊かれて、
リクには露になったスイの背中と、
その感触を自分の頭と手が、
ハッキリと憶えている事を思い出された。
それに随分、
自分はコトハと密に過ごしていた。
コトハの部屋で寝泊まりし、
不可抗力では有るが彼女を抱きかかえて、
手を繋いで夜道を歩いたりもしている。
「スイに手を出すな」と、
圧をかけて来た時のヤンマの表情も忘れられない。
「まあ……、色々あんだよ……」
「ヤンマに後ろめたい事でも有るのかい?
というか、その様子だと有るんだろうね。
どうしても会いたくなかったら、
君は何処かで待っててくれたら良い」
「……ていうかさ、
そんなにのんびりしてても良いのか?」
「最初の予定なんて、
その通りにいかないものさ。
それに関してあたふたとするのは僕は好きじゃない」
「でしょうね」
「それに東暁姉妹の件についても、
ウクルク王に訊いておきたい事がある」
「イズナ達の事を?」
「日本からの転移者は、
何故だかウクルクに多く現れる。
正確な数なんて判らないけれど、
僕が知ってる限りはそうだった。
この世界はとんでもなく広い。
それにも関わらずだ。
まあ、十中八九、
ウクルクの王様はその仕組みに気づいてるんだけど。
それに加えて、
イズナ達姉妹の転移には魔族が一枚噛んでいる。
うやむやにしておくには、
少々引っ掛る点が多い」
「へ……? あの王様が何か知ってんの?」
リクはウクルクの王の、
人の好さそうな顔を思い出した。
威厳は勿論あったが、
リクの想像出来得る限りの、
その範疇を越えない善人にしか見えなかった事も。
「君はわからなかった?
あの王様はかなりズル賢い。
利用出来るか出来ないかで、
簡単に人を切り捨てれる。
僕やスイに特別に良くしてくれていたけど、
それは僕が日本からの転移者で、
スイには魔法の才能が有ったからだよ」
「……お前らを利用してるって事?
そんな人だったんだ……。
全然わかんなかったんだけど……」
「……僕とスイが暮らしてたヤンマの家には行った?」
「行った」
「あの置いてきぼりを喰らった様な郊外の外れに、
ヤンマは国からの命令で住まわされていた。
まるで何かの罰みたいに。
それなのに何かと理由をつけて、
僕とスイはずっと、
王宮の近くに住むように誘われていた。
僕とスイだけで。
わかりやすくない?」
「そんな露骨な……」
「ヤンマは素行が悪くて嫌われていたけど、
元々は王宮お抱えの呪具師だったんだ」
「納得だわ」
「物質に呪いをかけてバフを与えて、
術式を編み込んだ武器や道具を精製する、
ヤンマみたいな呪具師って云う存在は多くは居ない。
しかも呪いって云うのは、
解除出来る人材が限られるんだ。
在り様に因っては、
とても厄介なものだ。
それだけに重宝される」
「だけどヤンマさんは雑な扱いを受けてた。
でもさ、重宝されるんなら、
お前らと一緒に待遇良くしても良いんじゃ?」
「言っただろ? リンガレイの判断基準は、
利用出来るか出来ないかが大きい。
経緯は分からないけど、
僕と、スイを独占してるとでも思ったのかも知れない。
反抗的な上に、
自分の欲しいものを独占しているとなったら、
利用価値を見出だす事が難しくなったのかも知れない」
「めっちゃ陰湿だな」
「思い返せば陰湿だったなぁ。
やけに国外に遠征に行かせるし、
僕とスイだけ王宮のパーティーに招待したり。
……他にもあるな。
今思えば、嫌がらせだったんだな。
僕があまりそういうのに気づけないから、
ヤンマには肩身の狭い思いをさせていたかも知れない」
「……お前さ、結婚してたんだろ?
もうちょっと気配りをさ……」
「……そうだね。
僕は確かに他人に配慮が欠けている」
コトハが少しだけ物憂げな表情を浮かべて、
リクは慌てて訂正をした。
「いや……! でも、お前は、
冷たそうだけど、意外と優しいところもあるぞ!」
「どんなところが?」
「え!?」
「そんなに露骨に動揺しないでくれるかな。
それに別に聞きたくないから無理しなくて良い」
コトハは興味無さそうに言った。
「他人に配慮が欠けてるからこそさ、
今は反省もしてるし後悔もしてる。
もう遅いかしれないけれど」
「……」
リクの前を歩くコトハの、
色落ちをし始めているエメラルドグリーンの髪を、
穏やかな風が緩やかに靡かせた。
「少し心配になってきたな。
スイもウクルクに居ないなら、
ヤンマは独りぼっちになってしまっているんだものね」
コトハはそう言って、
擦れて落ちた上着のジャージを、
肩に掛けようと調えた。
二、三歩進んだところで、
呆気なくジャージは再び擦れ落ちてしまっていたが。
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