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第十九話『薬と背中。』


リクは自分が身体中のあちこちを打ったのだとすぐに察した。


しばらく息が出来ないほどに苦しかったが、痛みを和らげようとしてくれているように、誰かが優しく頭を撫でてくれたような気がして、ゆっくりと眼を開けるとスイが傍らに座っていた。辺りは少し日が翳ってきていて、いつの間にか日が暮れかけてしまったようだった。


「やあ。リク。目が覚めたかい?」


「スイ……。痛ッ……。お前……俺のことずっと見ててくれたのか?」


「そうだよ。君は結構吹き飛ばされてしまって気絶してしまっていたんだ。かなり痛むんだろう?」


「い、いや……。大丈夫」


「うなされてたよ?」


「お、お前が平気そうなのに男がギャーギャー騒ぎたくないんだよ……」


「男とか女とかは関係あるかな?そんなよく分からない理由で無理はしないでいいからね。悪いけど今は魔法が使えないからポーションを飲む?」


「打ち身にも効くのか?」


「大体の怪我には効くと思うよ。飲んでごらん」


スイから受け取ったポーションを飲むと、確かに痛みが引いていくのを感じた。


「おお……。やっぱり異世界すげえ……」


「楽になったかい?良かった。起きたら飲ませてあげようと待っていたんだ」


「寝てると効かないのか?」


「飲むんだ!って思って飲んだ方が薬は効く気がしない?」


「プラシーボかよ」


思わずリクが笑ってしまうと、スイもニコリと笑った。

心なしか少し苦しそうに笑った気がして、リクは問いかけた。


「スイ。お前、どこか怪我してないか?」


「やれやれ。野暮なことを聞くもんだよ」


「怪我してんのかやっぱり!?どこだよ!?てか、ポーションお前が先に飲んだら良かったのに!!」


「爆発のどさくさで荷物も飛ばされちゃってね。君にあげたのが最後のポーションだったんだよ。あとは瓶が割れちゃってた」


「バカか!!お前の方が重症なんじゃねーのか!?」


「ふ。怪我人に随分と大きな声を出すんだね君は」

軽口を叩きながらもうっすらと汗をかくスイが痩せ我慢をしているのはすでに明らかだった。


「やばそうじゃん!!どこだよ!?なんか薬残ってないのか!?」


リクはオタオタと慌ててスイに聞いた。


「あはは。……実は君が起きたら薬を塗ってもらおうと思っていたんだ。ひとつだけ傷薬が残っていたから」

かなり痛むのだろうか、スイは力無く笑いながら言った。


「受け身の取り方がマズくて背中の辺りをちょっと深く切ってしまっているみたいでね。

自分でやろうと思ったんだけれど……。あの……わたしは身体が硬いから自分じゃ手が届かないんだ」


傷薬をリクに手渡しながら少し照れ臭そうにスイは言った。


「お、おう!塗ってやるからあっち向け!」


スイが羽織を脱いでリクが背中を確認すると、タンクトップは裂けており素肌にかなり深く傷が入ってしまっていた。血はまだ止まる様子が無くダラダラと流れていた。


「おま……!バカなの!?めちゃめちゃ怪我してんじゃねーか!?介抱なんてしてないで叩き起こして薬塗らせりゃ良かったんだよ!!」


「やれやれ……。少しでも寝かせてあげようと思っていたわたしの優しさがわからないかなぁ?」


「もう喋んな!……薬塗るから、ちょっと服脱がすぞ……変な意味じゃないぞ……」


「うん…。すまないけどよろしく」


“ま、待て待て”


スイにバンザイのポーズを取らせて傷口に触れないように慎重にタンクトップを脱がせたが、それでも少し傷口に当たってしまったらしく、スイは少し身体をビクッと(よじ)らせた。


「わ、悪い!!」


「かまわないよ。女性の服を脱がせるのがきっと初めてなんだろうね」


「う、うるせー!!いいから黙ってろ!!」


ブラジャーも外した方が良いのか悩んだが、ホックの外し方がわからなかったので、小声でスイに頼むと彼女は黙ってブラジャーを外すと、サッと隠すように丸めてリクには見えないようにした。その様子をリクは直視してはいけないと思い、目線を不自然に逸らした。


“落ち着け…落ち着け…”


リクが気を取り直そうと軽く咳払いをし、傷薬を傷口に塗る前に血を拭こうとしてスイの背中に触れた時に、

「………んんっ……」

と、スイが細く甘い声で喘いだので驚いて手を引っ込めて慌てた。


「い、痛かったか!?」


「コホン……。いや…大丈夫………。わたしは昔から人に触られるのが得意じゃないんだ。……くすぐったいのがどうも苦手でね………。その………。変な声出してゴメン」

スイはボソボソとリクに謝った。こちらを見ずに向こうを見ていたが、スイの耳が心なしか赤く染まっていて、それを見たリクも、自分の顔が赤くなっていくのがわかった。


「や、や、やめろよ!変なこと言うと集中出来ないだろーが!」


「わ、わたしが自分で出来たら良かったんだけど……。困らせてしまってすまないね……」


スイはしどろもどろと、そう言ってリクに謝った。


「わ、わかったから、謝んなって!いいから塗るぞ!!」


“いやいやいやいや!!エロい!!どう考えてもエロい!!俺の人生に於いてこんなにもエロい場面に遭遇したことがあるか!?無い!!お…落ち着け…落ち着け俺……。コイツも恥ずかしいのを我慢してんだ……。俺も…俺も我慢しなきゃ……”


リクは染みるか?とスイに尋ね、スイが、少しだけ、と答えた。


傷薬をまんべんなく塗りながら、綺麗な背中だな、とリクは思った。下着も着けてない異性の素肌を直に見るのは初めてだったが、スイの瑞々しい肌がとても美しいものなのだとリクには理解出来た。薄暗い中で、スイの肌は透き通るように白く光って見え、それだけに流れ出る血がひどく痛々しく見えた。


そして、ついついスケベな事を考えてしまいながらも、こんなにも綺麗なスイの背中を傷つけたさっきの連中への怒りが沸いてくるのを抑えれなかった。


「ありがとう。塗り終わったらこれを巻いて服を着させてくれるかな?」


スイは向こうを向いたままガーゼのような生地の切れ端をリクに渡してきた。


「お、おう!もうちょっと待ってろ!」


リクは丁寧に傷口の上に生地を被せて、「前は自分で出来るか?」と端をスイに渡した。

生地をきゅっと結んで、スイがゆっくりとブラジャーを着けるのを確認した後に再びタンクトップを着せてやった。


「ありがとう。実はかなり痛かったからリクが早めに起きてくれて良かったよ」


「やっぱり無理してたんじゃねーか……。しばらく動かないでじっとしてろよ。それと、スイ。ポーション、ありがとな。お前も怪我してんのに我慢させて……」


「どういたしまして。今塗ってもらった薬も、すごく良く効く薬だからね。もうしばらくしたら大丈夫」


そしてスイはリクをじっと見つめてクスクスと笑いだした。


「な、なんだよ!?」


「いやあ。君は律儀な奴だなぁと思ってね。みんなの前では名前を呼ばない約束をちゃんと守ってくれているんだね」


スイは楽しそうに笑いながら言った。


「お、お前が呼ぶなって言ったんだろ!?」


「そうだよ。君の発音はとてもいやらしく聞こえる。だからダメだ」

スイは歌でも歌うようにとても楽しそうにしている。


「俺には全然違いがわかんないけどな」


「わたしは()()じゃなくて、スイ、だ。

名無しのスイ」


「わからん」


「だろうね。君は上手に呼べそうにないね」


「わかってるよ。さっきは…なんか、咄嗟に呼んじゃったんだよ」


「いいよ。二人の時なら構わないさ」


緊迫した状況なのは明らかだったが、目の前の美しい少女と話していると何かとても優しい穏やかな時間の中で過ごしているようにリクには思えた。


「それにしても……。男女が二人きりで、服を脱がされて背中まで見られてしまったというのに、一緒にいるのが君だとどうも色気が無いね」


スイが意地悪そうな笑みを浮かべて言った。


「はぁ!?そんなこと思ってたのかよ……。人が心配してるっつーのに……」


「まあ、一応わたしも女だからね。でも君はまだ子どもだからなぁ。大きな胸が好きなお子ちゃまだ」


「またその話かよ!そうだよ!おっぱい好きだよ!大好きだよ!悪いかよ!」


「開き直ったね。でも私は君がスケベなところも情けないところも、嫌いじゃあない。約束を律儀に守ってくれるところもね」


「お、おう。ありがとう……俺もお前のこと嫌いじゃあないぞ……なんだかんだ、こっちに来てから助けてもらってるし……口は悪いけどいいヤツだなって思ってるし……」


スイはまたリクをじっと見つめた。スイの大きな金色の瞳に見つめられると、リクはたじろぎ、視線を反らした。また嫌味でも言って返されるのだろうと思い、つい口を滑らせて感傷的なことを言ってしまったことを後悔した。


「そうなんだ?リクはわたしを少しは好意的に思ってくれているんだね。どうもありがとう」

スイは優しい声でリクに言った。


「しかし、口が悪いと思われているのはちょっとショックだな。……年頃の男の子との接し方がよくわからなくてゴメンね」


「い、いや……!口が悪いっていうか……お前、思ってることをズバズバ言うから……。ま、俺がキモいからなんだけどな!?」


スイがいつもの浮遊感のある声で、いつもよりも優しげに喋るのを、きっと怪我をして弱っているからだろうと思いながら、リクはスイの儚げな表情の横顔を眺めている内に、自分の脈拍が速く波打つのを感じていた。


「あはは。……さっきはすごく恥ずかしかったから、これでおあいこにしてあげよう。君は確かに大きな胸の好きな変態だが、そんな風に堂々としている方がよっぽど素敵だ」


スイはそう言って、声を上げて笑った。


「あ、そういえば大きな胸で思い出した。シャオがどれくらいでこっちに着くかわからないけれど、合流地点に私たちがいなかったら残念に思うだろうね」


「胸で思い出してやんなよ……。みんなともはぐれちまったしな」


「シャオのことだから大急ぎで向かって来ていそうだし、心配かけないようにしないといけないね」


「お前……。そんな怪我してんのにまさか戦う気かよ…?と、とにかくユンタたちと合流しようぜ!」


「魔法封じの効力はいつか切れるさ。相手がまたその手を使ってくるつもりなら次はくらわない」


スイは得意気に言ったが、まだ立ち上がろうとはしなかった。


「でも、もう少しだけ休んでもいいかな?」


「俺はいいけど……」


「良かった。ユンタたちならきっと大丈夫さ。ユンタはわたしなんかよりよっぽど強いから。それよりお腹が空いてきたな……。魔力が戻ってもお腹が空きすぎて戦えないかも知れないね」


「おい頼むぞ!なんせ俺はパーティーで最弱のお荷物だからな!?」


「あはは。任せたまえ。言ってなかったかな?わたしはウクルク最強の精霊術師なんだよ?」


スイは不敵な笑みを浮かべてリクの額を指で軽く突いた。


魔法が使えない上に怪我まで負っているというのにスイは決して冷静さを欠いていないようだった。

彼女の冗談に思わずリクも零れる様に笑い声を上げていた。


──バキッ!ガサガサッ!!


それは唐突だった。

わざとらしく足音を立てて2人に近づく気配だ。


「やれやれ。もう休憩は終わりかな?」


「…………」


リクは気配のする方を睨みつけていた。産まれてからこのかた、感じたことの無い怒りを彼は感じていた。自分は無力だが、スイを傷つけた連中を許してはいけないと思っていた。


「よぉ!おふたりさん。お楽しみんとこ悪ぃなぁーーー?いちゃつく時間は足りたか?ゆっくり楽しめたかよ?ククク……」


ゴアグラインドが下卑た笑いを浮かべながら暗がりから現れた。


「リク。わたしはどうもあの男のことが苦手なんだけれど君は彼のことどう思っている?」


「ああ……。俺もすんげーーーむかつくし嫌いだな」


「気が合うね。君とはこれからも仲良くやっていけそうだな」


「日本語であーゆークソ野郎のことを、なんて表現するか教えてやろうか?」


「なんだろう?教えてほしいな」


「“生理的に受けつけない”っつーんだよ」


「“生理的に受けつけない”………。あはははは!!ニホン語には良い言葉があるんだね。今度から是非使わせてもらうよ。ありがとう、リク」


「お前にそれ言われないようにしなきゃなんねーわ」


二人は立ち上がり、ゴアグラインドと対峙した。リクにはこの男がどんな能力を持っているのかはわからなかったが、なんとなく、本当に根拠は無かったが負ける気がしていなかった。


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