『幕間、イセカイ、その人物と魔族の対話。』
※前回の投稿話から場面変わっております!
時系列としては、
6月5日投稿分 『幕間、イセカイ、様々な事情。』
の続きになっています!
◆
スイ達の居る世界とは別の異世界。
アメビックスの工房で、
彼は自分に懐き、先生と呼ぶ、
異世界から連れて来た女と対峙している。
悠の姿をした、別の何かと。
「……ところで、悠は無事なのか?」
アメビックスはそう訊ねた。
「……アハハッ!!
連れて来た人間達なんて、
実験動物くらいとしか見てないと思ったが、
意外と情が深いんだな?」
女は悠が絶対にしない様な高笑いをしながら答えた。
「安心しろ。お前のお得意の寄生魔法じゃ無いし、
別にこの女をどうこうした訳じゃ無い。
言っただろ? 俺なりの気遣いだ。
無粋な勘繰りは本当に余計だぜ?」
声も姿も、
アメビックスのよく知る悠そのものだった。
だが仕草や表情や女の立ち振舞い全てが、
不自然な迄に歪められている様で、
女が悠とは別の存在であると云う事実を、
アメビックスは禍々しいとすら感じていた。
それに、
女は自分の事をまるで監視でもしている様に、
事細かに把握している。
「それに」
女はアメビックスの思考を断ち切る様に声を発した。
「この女を人質に取るような事もしない。
まさか、お前にとってそんなに大事なものだとは、
知らなかったからな」
女は可笑しそうにそう言って嗤った。
「……リロクは私を殺すつもりだと思っていたんだが」
アメビックスは呻く様に呟いた。
「だろうな。実際そうだった。
今も大して変わりは無いだろうな。
だが俺達が止めた。
殺すよりも利用してやれと言ってな」
「俺達?」
「お前は魔族だから、
あの世界の神の事を、
どのくらい知ってるかはわからんが少なくとも、
あの世界が把握しきれる一番古い起源の神よりも、
俺達は昔から存在している」
「……」
「意味はわからないが嘘は吐いてないな、
と云う顔だな。
クスクス。
何だ、どんな頭でっかちな奴かと思っていたが、
存外お前は顔に出る判りやすい奴だな?」
「……続けてくれ」
「ふん。そんなに身構えるなよ?
……まあ、いいけどな。
俺達は世界の歴史には決して載らない存在だ。
最古の神よりも古い起源を持つにも関わらずだ。
何故か解るか?
それは俺達の性根が腐っているからだ。
俺達は陽の射す表舞台の暗幕の裏に貼り付いて、
自分達の都合だけで世界に干渉し続けて、
悪戯に掻き乱しては調えて、
破壊と再生を思うがままにしていると認識しては、
繰り返し自己陶酔し続ける生き物の集まりだ。
国も神も世界も、
何千年もの間、
そうとは露知らずに懸命に永らえようと必死に踠く、
その様が俺達には可笑しくて堪らない」
───この女は狂ってる。
アメビックスはそう思った。
女の言う現実離れした話の内容も、
それを嬉々として語る女の様子も、
どう考えてもまともでは無いと云う客観的事実として、
アメビックスに強烈な印象を与えていた。
「イカれてる」
アメビックスは思わずそう言葉を発した。
「イカれてんのさ」
「……君の話が事実かどうかよりも、
それほどまでに永く生きる生物は、
居ないだろうと云う疑問が気になるんだが」
「まあ、常識ではそうだろうな」
「つまり常識の範疇外だと?」
「二度言わせるな。勘の鈍い奴だな」
「そうすると君は普遍的な生命のサイクルを、
持たない生物と云う事になるな」
「当然だろう? 驚いた。
まさか魔族のお前から、
そんなありきたりな結論を聞かされるとは」
「君は精霊か何かで、
精神的なもので意識や魂を存在させ続けている」
「半分正解で、半分ハズレだ。
それにつまらない解答だ」
「何者なんだ?」
「……つまらない奴だな。
リロクがお前を痴れ者だと言う理由が分かる。
おい。
仮にも俺はお前をリロクから庇ってやっているんだぞ?
あまり俺を幻滅させるな」
「……君の求める答えが何なのかが、
私には全く検討がつかない。
それに、君が私に何を期待していたのかもだ」
「もういい。お前がつまらない俗物だと云う事は、
よぉく理解出来た。
これ以上、お前と喋っていても単純に面白く無い。
結論から教えてやる。
お前が造り出して、
お前の身体から離れていったリロクと、
再び融合して元に戻れ。
それから、
時間を遡る魔法を完成させろ。
その魔法を使って俺の本当の名前を思い出させろ」
「本当の名前……。そういえばそんな事を言っていたな」
「リロクの魔法では未だ不完全だ。
術者であるお前とリロクが協力すれば、
あの魔法は完成するかも知れない」
「不完全だとしてもリロクは、
あの魔法を操る事が出来るのか?」
「出来た。
何だよ?知らんのか?」
「知らない」
女が嘘を言っていない事は判っていた。
ただ、
アメビックスはそれを事実として信じたくなかった。
「不満そうだな? だけど誇れ。
お前の魔法は優秀だ。
自我を持った後に独自で魔法の開発に励み、
皮肉にも術者を超える魔法使いになった。
育ったと云うべきか」
アメビックスの歯軋りの音が聴こえる。
「コレを読め」
アメビックスに向かって、
女が一冊の本を乱雑に放り投げた。
「何だコレは?」
アメビックスはそう言いながら頁を捲ろうとしたが、
指先に僅かな引っ掛かりを感じてすぐに悟った。
「魔導書か」
「そうだ。それも俺の知る限り、
飛びきり頭のおかしい奴が書いたものだ。
ご丁寧に魔法で施錠してある。開いてみろ」
アメビックスは言われるままに頁を開いた。
魔力を込めると本の施錠はすぐに解かれた。
「『空想の根源、その考察と顕現』。
随分、大げさで古臭い題名だ」
魔法に関して書かれた書物は、
人間魔族問わずに随分読んで来たものだったが、
その本の題名は初めて見た気がしていた。
題名に負けず劣らず、
内容には前時代的な項目が並んでおり、
何故わざわざこのタイミングで女が見せてきたのかが、
アメビックスには理解出来なかった。
しかし、
意味の無い事を女がしないと云う事を、
アメビックスは感じとる事が出来た。
「……“時間を遡る魔法”。
……“朝と夜を交代させる魔法”。
……“身体を透明に変える魔法”。
……子供が読む様な内容に見えるが?」
それに魔導書と云えど、
アメビックスが手にしている本には、
魔導書としての効力は何も無い様に思えた。
魔力さえあれば習得していない魔法でも、
取り出して扱う事の出来る簡易発動装置。
それにも関わらず、
この魔導書に記載された魔法を扱う事は出来ない。
実現させる事が不可能に思える様な内容ばかりだった。
「アハハッ!!
子供が読む様な内容か。確かにそうだ。
特にお前の様な、
産まれつき高い魔力を備えて誕生する魔族には、
さぞかし稚拙な内容に思えるだろうな」
女はとても楽しそうに嗤った。
そこに嘲る様なニュアンスが含まれている事を、
アメビックスは見逃さなかった。
「声に出して詠んでみろ」
逆らえなかった。
女の声はヌラヌラとした堅い鱗を持つ、
巨大な蛇の様な重厚さを持っていた。
そして、
女の言葉の意味がすぐに判った。
魔導書に記載されている魔法の解説文に有る、
術式や詠唱の文言に眼を通して、
それを声にしようとした瞬間だった。
眼に見えない、
不可視の鋭い牙で、
喉を潰されそうになる想像が直ぐに浮かんだ。
その牙はとても乱暴で、
今にもアメビックスの喉を喰い破りそうであった為、
詠む事を止めざるを得なかった。
その間中、呼吸は止まり、
牙が喉から離れた瞬間に彼は膝から崩れ落ちて、
激しく咳き込み続けた。
「……ッガハッッ……ガハッ!!
……なんだ……、今のは……?」
「驚いたか? この魔導書に載ってる魔法はな、
全てキチンとこの世に存在する代物だ。
術式も詠唱の文言も、
その魔法達を発動させる為に書かれた正式なものだ」
「……こんな絵空事の様な内容のものが?」
「そこだ」
女は跪くアメビックスを指差して応えた。
「魔族は高い魔力と知力を持つ。
この世界に存在する種族の中でも、
それは郡を抜いている。
だが、それが魔法の可能性を狭める。
“出来る訳が無い”。
賢いお前達はそう考えて、
情報の取捨選択を素早く行ってしまう。
俺が思うに、
魔法の技術に於ける洗練や上達を担うのは、
お前達魔族だった。
その反対で、
斬新で革新的な物を産み出す者の多くは人間達だった。
魔族が可能性を狭めると言った意味が判るよな?」
アメビックスは返事をしなかった。
「笑える。
それにも関わらず、
お前はこの魔導書に載った魔法に拒絶された。
魔法に拒絶されると云う事は、
魔法に見合う実力がお前に無いと云う事だ。
その本を書いたのはシットリッカーズって奴だ。
名前くらいは聞いた事があるか?
人間の魔法使いだ。
高い魔力を誇りにして、
人間達を見下すお前が、
対価が足らずに腹を立てた魔法に喰われかけたんだ。
人間の創った魔法にな」
「……貴様……!!」
アメビックスはその瞳を朱く輝かせ、
魔力を圧縮した攻撃魔法を女に向けて放った。
爆ぜる様な音を狂った様に上げながら、
紅蓮の火炎魔法が女を呑み込もうとした。
「それにな、こんな調子だからお前達は与し易い」
女の声が火炎に呑み込まれながら、
反響もせずに遠くから聴こえた。
女の身体を蹂躙して、
全て喰らい尽くす様に炎はしつこく唸りを上げ続けた。
アメビックスは女が炎から逃れて、
この部屋の何処かに潜んではいないかと、
女の気配を探り続けた。
女の魔力は荒れ狂う炎の中に居たままだった。
アメビックスは用心深く様子を伺いながら、
女が動く事の無い事を確認した後、
自分の工房を燃やし尽くしてしまわない様に、
慌てて魔法の発動を停止させようとした。
しかし、
魔法が消えていくよりも先に、
アメビックスは足音を聴いた。
炎の中、自分に向かって真っ直ぐに歩いて来る足音を。
「怒りに身を委せて撃った割りには、
自分の根城の安全は、ちゃっかり確保するんだな?」
女は髪の毛の一本も衣服も切れ端も、
アメビックスの炎に焼かれた痕跡ひとつなく、
先刻までと変わらない様子でそう言った。
とても退屈そうに。
女は言葉を言い終えた後、
アメビックスの顔面を激しく殴りつけた。
抵抗する間も無く、
繰り返し殴打され続け、
怯んだアメビックスは尻餅をつき、
そのアメビックスの顔や腹を、
女は容赦無く蹴り上げて、無惨に踏みつけた。
アメビックスは血反吐を吐き、
女の攻撃から身を守る様に、
腕で頭を庇う不様な姿を晒していた。
「おいどうした? 少しはやりかえしてみろ?」
女の声は冷淡だった。
その間にも女の暴力は止む事は無く、
アメビックスは自分の中で芽生えて、
捕えて離さない強烈な恐怖感に怯え、震えた。
「分かったか? お前の魔法なんざ、
俺にはまるで効かないんだ。
契約なんかで縛るまでも無い。
どちらが上なのかを解らせてやるだけで良い」
数十分に及ぶ激しい暴行の末、
襤褸切れの様に、
横たわるアメビックスを見下ろしながら、
女はそう言った。
(女の言う通りだ)
アメビックスは身体を起き上がらせる事もせずに、
ただそう考えていた。
肉体が受けたダメージは、
そこまで大きいものでは無かったが、
女が自分の魔法を、
相殺する訳でも、消滅させる訳でも無く、
ただ、
その身に与えても効果が無かったのだと云う事実が、
彼を存在の根の様なところからへし折り、
耐え難い屈辱が彼の魂を打ちのめしてしまっていた。
「さあ、異世界に戻ろうぜ?
リロクをお前の中に戻してやる。
仲直り出来て良かったな?
お前達は俺に協力してくれれば良いんだ。
加えてやる。
管理者の末席にな」
炎は鎮まり、
照明の灯りも絶えた暗い部屋で、
血生臭いニオイの中、
女の声が暗闇に呑まれる事無く響いた。
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