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リンカーネイトリンカーネイトリンカーネイト  作者: にがつのふつか
第五章 『ワールドエンドプレイヤーズ』
188/237

『その断片に触れる。』






(畜生……!!

スイの入れ知恵か!?

寄生した肉体に受けたダメージは、

ちゃんとそのまま僕に干渉するんだぞ!!

身体強化のスキルに、

貫通攻撃(守備魔法無効)のスキルを纏わせた白銀(シャオ)の一撃、

人間離れした馬鹿力に速度だ、

喰らった攻撃は生半可なものじゃない。

……しかし、

スイはどこまで寄生魔法の事を知っている?

迂闊に肉体を離れても良いものか?

……この小賢しい娘の事だ……。

わざと僕が肉体を棄てざるを得ない状況を、

こうやって造りだしたのかも知れない……)


「リクが急に居なくなったのも、

(イェン)の仕業なんじゃないかな?」


(……)


「リクのスキルを使われたら、

君が肉体から肉体へ逃げようとしても、

妨害されてしまうかも知れないものね。

だから、君はリクを真っ先に排除した」


(……)


「だから当然だろうけど、

君の能力には弱点があると云う事だ。

案外、実体を捉える事が出来れば、

君自体は脆いのかも知れない」


「……知れない。憶測で決めつけて良いんですか?」


「あくまで仮定の話。

もし、そうでなければ、

他人に寄生するなんて回りくどい方法を、

取らないんじゃないかなぁ」


「それも憶測です……。因みにですが……、

答えなければどうするつもりでしょうか?」


寄生した肉体(ミナト)を盾に、

どうにか出来ると思っているのかな?」


「……貴女なら殺しかねませんね」


「冗談だろう?

君はわたしを一体何だと思っているんだ?」


スイは皮肉っぽくそう言った。


「それに肉体を壊したとしても、

君の本体は死なないんでしょ?」


「……さすがに判りますか」


「わたしが寄生魔法の事を、

どこまで把握してるか気になる?」


「そりゃ気になりますけど」


「ふ。まあ、それは教えないんだけどさ」


「何なんですか……」


「わたしは君の本体を捕らえて、

殺す方法を知ってるかも知れない。

それに加えて此方にはイツカの能力があるから、

君はもう攻撃を仕掛ける事が出来ない。

この局面はもう詰んでるのさ。

とりあえずミナトの身体を返してもらう」


「……相変わらず凄い自信ですね?」


「言ったでしょ? わたしは君を逃がさないよ」


「……」


イェンは脚の痛みに耐えながら、

懸命にスイの言った言葉の意味を考えた。


(……本体を捕らえる方法を知っている。

でも、そんな事が有り得るのか?

僕が寄生していた何とかと云う魔術師が、

その後生きていたとして、

魔法の詳細なんて本当に把握出来ていたのか?

……お得意のハッタリかも知れない。

しかし、スイには言葉の精霊魔法がある。

出力に限界は有るんだろうが、

それは一体どこまでなんだ?

もしも、

『本体を捕らえろ』なんて言葉が有効だとしたら……。

この状況、肉体を逃がさない事はもう確定している。

肉体を棄てられる僕の能力を知っていて尚、

こんなにも余裕を見せるということは、

スイは自分の魔法が、

僕の本体に干渉出来る確信があるんだ……。ならば……)


イェンの次の手は肉体を棄てて、

スイに寄生する事で、

スイの魔法を封じる事だった。

もはや、それしか残されていないように思えた。


「……僕の負けです」


イェンはスイにそう告げた。


「脚を治療していただけませんか?

肉体が死んでも僕に影響はありませんが、

これでは痛くて堪らない……」


「ミナトの身体は返さないって事?」


「……肉体を離れた瞬間に、

貴女の策に嵌められてしまうかも知れません。

僕も生命が惜しいですから、

一旦、僕の降伏を受け入れては貰えませんか?」


「随分と虫の良い話だね?

わたしがそれを許可すると思う?」


「無理でしょうね。だけど、

とりあえず僕の要求を呑んでもらわなければ、

この男の身体は悪戯に傷つくだけですよ?

……シャオさんは容赦無かった。

人間の身体には大きすぎる怪我だ。

後遺症が残ったっておかしくはない」


「奇妙な気遣いだ。散々他人の身体を弄んでおいて」


「これは交渉です。脚を治療していただければ、

この場は一旦退きます。

貴女達に危害は加えません」


「あはは。慣れない事はしない方が良い」


「……どう思ってもらっても構いませんが」


「交渉の必要は無いよ。

怪我は治してあげる。それに立ち去る必要は無い。

君には教えてもらわないといけない事がある」


そのスイの言葉にユンタが反論する。


「ちょーー!? 待て待て待てぃ!!

治してやんなくて良くねーー!?

そいつ中身ミナトだよ!?

脚折れたくらいじゃ死なないってーー!!」


「それもそうだね。じゃあ訂正。

治療はしない。そのままで質問に答えてくれる?」


「……無茶な事を……。

天恵者(チート)と云っても人間ですよ……?

あまりに非人道的じゃないですか?」


「それは君がミナトの事を知らないだけ」


イェンの訴えを、

バッサリと切り捨てる様にスイは言い放った。


(……僕が痛みに堪えかねて、

肉体を離れるのを誘ってるのか?

この女(スイ)はやっぱりイカれてる……。

中央の魔女(コトハ)の娘だと云うのも頷ける……。

母娘揃って頭のネジが外れてやがるんだ……)


イェンは苛立っていた。

痛みも然ることながら、

スイに仕掛ける機会を、

ずっと見逃してしまっている様な気分だったからだ。


ユンタのナードグリズリー(フー)で、

魔法を喰われて封じられる可能性もある。


下手に怪しい挙動をすれば、

尋常では無い迅さでシャオの攻撃を受ける。


イツカの能力が、

自分が把握している以上のものだとしたら、

魔法を放った途端に、

無効化と反射(カフカ)を発動されてしまうかも知れない。


この状況下では、

迂闊に逃走用の隠遁魔法も使えない。


──スイの言う通りだ。

自分が思っている以上に、

局面は詰んでいるのかも知れない。


「……スイ。油断するな……。

そいつが本当に技師(アメビックス)なら、

必ず寝首を掻いて来るぞ……。

出来るなら殺してしまえ……」


クアイの回復魔法でようやく傷口の塞がりかけていた、

ディーヴィーエイテッドがそう言って忠告した。


イェンの魔法の傷は深く、

未だ苦しげな表情を浮かべている。


「君の正体がアメビックスだとしたら、

何だか話が繋がって来ている様に感じられるね。

君は異世界に転移する魔法の技術を研究していた。

リクが忽然と姿を消してしまったのも、

納得がいくかも知れない。

何せ彼はこの世界に突然現れて、

それから突然姿を消した。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

そして、

そんな現象が可能なのは魔法に因るものでしかない。

アメビックス。

リクはニホンに居たのかい?」


「……」


──『答えろ(フィダーウォ)


「……!!?」


スイの言葉に、

()()()()と云う、

激しい強迫観念にイェンの意識は支配された。


自我はきちんと保ったまま、

意識は傀儡にされてしまった様な、

とても奇妙な感覚だった。


「もう一度訊く。リクはニホンに居たのかい?」


「……そうだ」


「凄い。なんて事だ。

大掛かりな装置も魔法陣も使わずに、

あんな一瞬で世界と世界の間を往き来出来るなんて。

君をつまらない魔法使いだと一蹴したけど訂正するよ」


スイは感嘆し、素直に感想を述べていた。


「一体どんな高度な術式なんだろう?

全く知られていない魔法の技術を、

君は完成させていたんだね」


「……違う」


「ん?」


「……あの小僧を異世界へ飛ばしたのは、

お前が思っている様な転移魔法じゃない」


「え?違うの?」 


「……僕は確かに、

世界間を往き来する転移魔法を使えるが、

それとはまた別のものだ」


「それは一体何なのだろう?」


「……僕が使ったのは時間を操る魔法だ。

あの小僧は、この世界に来る前の時間の辺りまで、

僕の魔法で時を遡ったんだ」


「時間を操る魔法。嘘でしょ。

わたしの記憶が確かなら、

時間逆行の魔法は、誰もが実現不可能と考え、

研究される事すら殆ど無かった為に、

それに関する書物は、

この世でたったの一冊しか書かれなかった。

それも禁書中の禁書だ。

コアな研究家達の間でも、

その本の背表紙すら未だ確認されていない。

現存している可能性は限りなくゼロだ。

まさか……、まさか君が……、

あの……、著作のほとんどが非倫理的かつ、

剰りにも不条理な内容だった為に、

次々に焚書にされると云う憂き目に遭いながらも、

畏怖と嘲笑と称賛を込めて、

北領の暴君と呼ばれる奇才、

大魔道師シットリッカーズだと云うのかい……?

そんな……。嘘だろう……。

わたしの最推しの存在の一人だよ……?」


「スイ……。あんた子供の時から、

図書館によく行くと思ってたけどさーー……、

そんなもん読んでたのーー……?

コトハその事知ってんのかよ……?

お姉ちゃん悲しいよ……」


感動に撃たれて、

あまりの衝撃に身体震わすスイの姿を見て、

ユンタは呆れた声で呟いた。


「何を言ってるんだいユンタ。

シットリッカーズは確かに過激な思想の持ち主で、

今現在、彼の書いた書物を読む事は難しいけど、

閲覧する事の出来る彼が残した論文の中で、

定義づけられて展開された魔法体系の理論や、

斬新な解釈に依る、既存の魔法へのアプローチは、

形式や規律に拘る事が美徳とされて、

ある種の停滞を起こしていた中世魔法から、

自由な発想への回帰を掲げた、

近代魔法への発展を著しく促す事になったとされる、

現代の魔法技術の礎になるものなんだよ?

誰が何と言おうと、

間違いなく偉大な魔法使いの一人だ」


「何か……、何か残念……!!」


「何でさ? 彼の残した発言の全ては、

魔法のあるべき姿そのものだよ。

彼こそが魔法使いだ。唯一無二の存在だ」


「早口……、オタク……。

あーー!!! ちっちゃい時に、

ウチがもっと遊んでやってたらーー!!」


ユンタが悲しげに咆哮する姿を、

理解出来ない、

と云った表情でスイは首を傾げて眺めていた。


「……違う」


スイの興奮とユンタの嘆きの合間に、

イェンが呻く様な声でそう言った。


「え? 違う? 君はシットリッカーズじゃないの?」


「……違う」


「なんだ……。

じゃあ、やっぱり、

技師を名乗るアメビックスなのかな?

不覚にも期待してしまった、

シットリッカーズが没後に、

魔族に転生していたらと想像してしまった」


「……アメビックスでもない。僕はリロクだ」


「リロクと云うのは、

君の操る寄生魔法の名称じゃないのかい?」


「そうだ。アメビックスが操った魔法だ。

お前達が知る術式とは、

異なった術式に依って編み出され、

変化と深化を繰り返した結果産まれた、

()()()()()()()が僕と云う存在だ」


「自我。魔法が自我?」


「僕は自我を得て、

アメビックスから切り離され、

独立した固有の存在となった」


「魔法が魔法使いから独立……」


「そうだ」


「つまり、君とアメビックスは、

各々が個別の人格を持っていると云う事で合ってる?

アメビックスはラロカを襲撃し、

君は寄生を繰り返して宿主を転々としている。

君は良いとしても、

肝心の術者であるアメビックスは、

君の事を随分と野放しにしているんだね」


「そうだ。自我を得て僕は気づいた。

魔法使い(アメビックス)よりも、

魔法()の方が明らかに優れている点が多い事に」


「それが事実だとしたら、

魔法と云うものの根底が覆されるじゃないか……!

魔力と術式と術者と云う、

魔法に於ける大原則さえも必要としないなんて……、

なんて……、なんて素晴らしい……。

解き放たれているとしか表現出来ない在り方なんだ……。

クッッッ……!!

出来たら……、わたしが考えた事にしたかった……」


「何言ってんだよーー……。

スイ……、お願いだから落ち着いてーー……」


「ユンタ。わたしは冷静だよ」


「全然見えねーー……」


「事実だ。そして僕はお前(スイ)の言う、

根底を覆す存在だ。

僕はアメビックスよりも、

自分が優っていると気づいた時から、

彼を始末しようと画策した。

僕を産み出した筈の術者が、

僕よりも劣る質の低い粗悪品の様に思えたからだ」


「ふむ。と云うことは君の転移魔法の技術は、

アメビックスよりも精度が高いと。

どちらの魔法も見た事が無いから、

第三者としては優劣は判りづらいけど」


「アメビックスの転移魔法は不完全なものだ。

いつまで経っても莫大な魔力消費を軽減出来ないし、

発動させる為の魔法陣も巨大で複雑だ。

奴はソレを含めて、

自分の技術を誇るべき大魔法だと信じて疑わないから、

改良なんてまるでしなかった。

僕に言わせれば、

表面だけ立派に見せた、実用性の低い幼稚な発想だ」


「なるほど。

アメビックスから派生した人格でありながら、

君とアメビックスは、

必ずしも同一の思考を持っている訳では無いらしい。

君は決して複製品では無く、

一つの存在として魂を保有しているんだね」


「複製品なんかでは無い!!

あんなモノから産まれたと思うだけで寒気がする!!」


「そして君はアメビックスに激しい憎悪を抱いている。

もう一つ訊きたい。

君は意識を分割して存在する事が可能なのかい?」


(そこまで知っているのか……)

「……可能だ」


「ケルンヴェルクの著作通りだね。

彼に感謝しないと。

誤解しないで欲しいけど、

わたしは君を殺すつもりは無い。

()()()()()()()()()()()


スイはそう言って、

深く息を吸い込んだ。とても静かに。


──『命ずる(ミィエンリィエ)


リロク(イェン)の意識に、

またしても何かが入り込む感覚が訪れる。


「分割した意識を全て一つに纏めて欲しい。

どうやら主人格らしき者は、

目の前に居る君らしいけど、

何事かを君が企んでいたとしたら、

危険に晒されてしまうかも知れない。

何せ魔法だ。

何が起きたって不思議な事なんて一つも無い」


その言葉を聞く限り、

冷静だ、と発言したスイの真意は、

あながち間違ってはいないのでは無いかと、

ユンタ達には感じる事が出来た。


(ちょっと心配んなるくらい興奮してたけど……。

いつもの……、スイだな)


「そして、

期待をしないで済む様に一応言っておくけど、

リクは今コトハさんと一緒に居る。

七年前に居なくなったコトハさんと。

君の話を訊く限り、

コトハさんがこの世界から居なくなっていた事に、

君は無関係では無い様に思える。

人は簡単に消えて失くなったりしない。

もしも君が、

わたしの大切な人を奪おうとしていたのなら、

わたしは君を許す事はしないと思う。

全て、洗いざらい話してもらう」


◆◆


♪ヨルシカ『八月、某、月明かり』

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