『その断片に触れる。』
◆
(畜生……!!
スイの入れ知恵か!?
寄生した肉体に受けたダメージは、
ちゃんとそのまま僕に干渉するんだぞ!!
身体強化のスキルに、
貫通攻撃のスキルを纏わせた白銀の一撃、
人間離れした馬鹿力に速度だ、
喰らった攻撃は生半可なものじゃない。
……しかし、
スイはどこまで寄生魔法の事を知っている?
迂闊に肉体を離れても良いものか?
……この小賢しい娘の事だ……。
わざと僕が肉体を棄てざるを得ない状況を、
こうやって造りだしたのかも知れない……)
「リクが急に居なくなったのも、
君の仕業なんじゃないかな?」
(……)
「リクのスキルを使われたら、
君が肉体から肉体へ逃げようとしても、
妨害されてしまうかも知れないものね。
だから、君はリクを真っ先に排除した」
(……)
「だから当然だろうけど、
君の能力には弱点があると云う事だ。
案外、実体を捉える事が出来れば、
君自体は脆いのかも知れない」
「……知れない。憶測で決めつけて良いんですか?」
「あくまで仮定の話。
もし、そうでなければ、
他人に寄生するなんて回りくどい方法を、
取らないんじゃないかなぁ」
「それも憶測です……。因みにですが……、
答えなければどうするつもりでしょうか?」
「寄生した肉体を盾に、
どうにか出来ると思っているのかな?」
「……貴女なら殺しかねませんね」
「冗談だろう?
君はわたしを一体何だと思っているんだ?」
スイは皮肉っぽくそう言った。
「それに肉体を壊したとしても、
君の本体は死なないんでしょ?」
「……さすがに判りますか」
「わたしが寄生魔法の事を、
どこまで把握してるか気になる?」
「そりゃ気になりますけど」
「ふ。まあ、それは教えないんだけどさ」
「何なんですか……」
「わたしは君の本体を捕らえて、
殺す方法を知ってるかも知れない。
それに加えて此方にはイツカの能力があるから、
君はもう攻撃を仕掛ける事が出来ない。
この局面はもう詰んでるのさ。
とりあえずミナトの身体を返してもらう」
「……相変わらず凄い自信ですね?」
「言ったでしょ? わたしは君を逃がさないよ」
「……」
イェンは脚の痛みに耐えながら、
懸命にスイの言った言葉の意味を考えた。
(……本体を捕らえる方法を知っている。
でも、そんな事が有り得るのか?
僕が寄生していた何とかと云う魔術師が、
その後生きていたとして、
魔法の詳細なんて本当に把握出来ていたのか?
……お得意のハッタリかも知れない。
しかし、スイには言葉の精霊魔法がある。
出力に限界は有るんだろうが、
それは一体どこまでなんだ?
もしも、
『本体を捕らえろ』なんて言葉が有効だとしたら……。
この状況、肉体を逃がさない事はもう確定している。
肉体を棄てられる僕の能力を知っていて尚、
こんなにも余裕を見せるということは、
スイは自分の魔法が、
僕の本体に干渉出来る確信があるんだ……。ならば……)
イェンの次の手は肉体を棄てて、
スイに寄生する事で、
スイの魔法を封じる事だった。
もはや、それしか残されていないように思えた。
「……僕の負けです」
イェンはスイにそう告げた。
「脚を治療していただけませんか?
肉体が死んでも僕に影響はありませんが、
これでは痛くて堪らない……」
「ミナトの身体は返さないって事?」
「……肉体を離れた瞬間に、
貴女の策に嵌められてしまうかも知れません。
僕も生命が惜しいですから、
一旦、僕の降伏を受け入れては貰えませんか?」
「随分と虫の良い話だね?
わたしがそれを許可すると思う?」
「無理でしょうね。だけど、
とりあえず僕の要求を呑んでもらわなければ、
この男の身体は悪戯に傷つくだけですよ?
……シャオさんは容赦無かった。
人間の身体には大きすぎる怪我だ。
後遺症が残ったっておかしくはない」
「奇妙な気遣いだ。散々他人の身体を弄んでおいて」
「これは交渉です。脚を治療していただければ、
この場は一旦退きます。
貴女達に危害は加えません」
「あはは。慣れない事はしない方が良い」
「……どう思ってもらっても構いませんが」
「交渉の必要は無いよ。
怪我は治してあげる。それに立ち去る必要は無い。
君には教えてもらわないといけない事がある」
そのスイの言葉にユンタが反論する。
「ちょーー!? 待て待て待てぃ!!
治してやんなくて良くねーー!?
そいつ中身ミナトだよ!?
脚折れたくらいじゃ死なないってーー!!」
「それもそうだね。じゃあ訂正。
治療はしない。そのままで質問に答えてくれる?」
「……無茶な事を……。
天恵者と云っても人間ですよ……?
あまりに非人道的じゃないですか?」
「それは君がミナトの事を知らないだけ」
イェンの訴えを、
バッサリと切り捨てる様にスイは言い放った。
(……僕が痛みに堪えかねて、
肉体を離れるのを誘ってるのか?
この女はやっぱりイカれてる……。
中央の魔女の娘だと云うのも頷ける……。
母娘揃って頭のネジが外れてやがるんだ……)
イェンは苛立っていた。
痛みも然ることながら、
スイに仕掛ける機会を、
ずっと見逃してしまっている様な気分だったからだ。
ユンタのナードグリズリーで、
魔法を喰われて封じられる可能性もある。
下手に怪しい挙動をすれば、
尋常では無い迅さでシャオの攻撃を受ける。
イツカの能力が、
自分が把握している以上のものだとしたら、
魔法を放った途端に、
無効化と反射を発動されてしまうかも知れない。
この状況下では、
迂闊に逃走用の隠遁魔法も使えない。
──スイの言う通りだ。
自分が思っている以上に、
局面は詰んでいるのかも知れない。
「……スイ。油断するな……。
そいつが本当に技師なら、
必ず寝首を掻いて来るぞ……。
出来るなら殺してしまえ……」
クアイの回復魔法でようやく傷口の塞がりかけていた、
ディーヴィーエイテッドがそう言って忠告した。
イェンの魔法の傷は深く、
未だ苦しげな表情を浮かべている。
「君の正体がアメビックスだとしたら、
何だか話が繋がって来ている様に感じられるね。
君は異世界に転移する魔法の技術を研究していた。
リクが忽然と姿を消してしまったのも、
納得がいくかも知れない。
何せ彼はこの世界に突然現れて、
それから突然姿を消した。
人はそうやって簡単に消えて無くなったりしない。
そして、
そんな現象が可能なのは魔法に因るものでしかない。
アメビックス。
リクはニホンに居たのかい?」
「……」
──『答えろ』
「……!!?」
スイの言葉に、
抗えないと云う、
激しい強迫観念にイェンの意識は支配された。
自我はきちんと保ったまま、
意識は傀儡にされてしまった様な、
とても奇妙な感覚だった。
「もう一度訊く。リクはニホンに居たのかい?」
「……そうだ」
「凄い。なんて事だ。
大掛かりな装置も魔法陣も使わずに、
あんな一瞬で世界と世界の間を往き来出来るなんて。
君をつまらない魔法使いだと一蹴したけど訂正するよ」
スイは感嘆し、素直に感想を述べていた。
「一体どんな高度な術式なんだろう?
全く知られていない魔法の技術を、
君は完成させていたんだね」
「……違う」
「ん?」
「……あの小僧を異世界へ飛ばしたのは、
お前が思っている様な転移魔法じゃない」
「え?違うの?」
「……僕は確かに、
世界間を往き来する転移魔法を使えるが、
それとはまた別のものだ」
「それは一体何なのだろう?」
「……僕が使ったのは時間を操る魔法だ。
あの小僧は、この世界に来る前の時間の辺りまで、
僕の魔法で時を遡ったんだ」
「時間を操る魔法。嘘でしょ。
わたしの記憶が確かなら、
時間逆行の魔法は、誰もが実現不可能と考え、
研究される事すら殆ど無かった為に、
それに関する書物は、
この世でたったの一冊しか書かれなかった。
それも禁書中の禁書だ。
コアな研究家達の間でも、
その本の背表紙すら未だ確認されていない。
現存している可能性は限りなくゼロだ。
まさか……、まさか君が……、
あの……、著作のほとんどが非倫理的かつ、
剰りにも不条理な内容だった為に、
次々に焚書にされると云う憂き目に遭いながらも、
畏怖と嘲笑と称賛を込めて、
北領の暴君と呼ばれる奇才、
大魔道師シットリッカーズだと云うのかい……?
そんな……。嘘だろう……。
わたしの最推しの存在の一人だよ……?」
「スイ……。あんた子供の時から、
図書館によく行くと思ってたけどさーー……、
そんなもん読んでたのーー……?
コトハその事知ってんのかよ……?
お姉ちゃん悲しいよ……」
感動に撃たれて、
あまりの衝撃に身体震わすスイの姿を見て、
ユンタは呆れた声で呟いた。
「何を言ってるんだいユンタ。
シットリッカーズは確かに過激な思想の持ち主で、
今現在、彼の書いた書物を読む事は難しいけど、
閲覧する事の出来る彼が残した論文の中で、
定義づけられて展開された魔法体系の理論や、
斬新な解釈に依る、既存の魔法へのアプローチは、
形式や規律に拘る事が美徳とされて、
ある種の停滞を起こしていた中世魔法から、
自由な発想への回帰を掲げた、
近代魔法への発展を著しく促す事になったとされる、
現代の魔法技術の礎になるものなんだよ?
誰が何と言おうと、
間違いなく偉大な魔法使いの一人だ」
「何か……、何か残念……!!」
「何でさ? 彼の残した発言の全ては、
魔法のあるべき姿そのものだよ。
彼こそが魔法使いだ。唯一無二の存在だ」
「早口……、オタク……。
あーー!!! ちっちゃい時に、
ウチがもっと遊んでやってたらーー!!」
ユンタが悲しげに咆哮する姿を、
理解出来ない、
と云った表情でスイは首を傾げて眺めていた。
「……違う」
スイの興奮とユンタの嘆きの合間に、
イェンが呻く様な声でそう言った。
「え? 違う? 君はシットリッカーズじゃないの?」
「……違う」
「なんだ……。
じゃあ、やっぱり、
技師を名乗るアメビックスなのかな?
不覚にも期待してしまった、
シットリッカーズが没後に、
魔族に転生していたらと想像してしまった」
「……アメビックスでもない。僕はリロクだ」
「リロクと云うのは、
君の操る寄生魔法の名称じゃないのかい?」
「そうだ。アメビックスが操った魔法だ。
お前達が知る術式とは、
異なった術式に依って編み出され、
変化と深化を繰り返した結果産まれた、
自我を持つ魔法が僕と云う存在だ」
「自我。魔法が自我?」
「僕は自我を得て、
アメビックスから切り離され、
独立した固有の存在となった」
「魔法が魔法使いから独立……」
「そうだ」
「つまり、君とアメビックスは、
各々が個別の人格を持っていると云う事で合ってる?
アメビックスはラロカを襲撃し、
君は寄生を繰り返して宿主を転々としている。
君は良いとしても、
肝心の術者であるアメビックスは、
君の事を随分と野放しにしているんだね」
「そうだ。自我を得て僕は気づいた。
魔法使いよりも、
魔法の方が明らかに優れている点が多い事に」
「それが事実だとしたら、
魔法と云うものの根底が覆されるじゃないか……!
魔力と術式と術者と云う、
魔法に於ける大原則さえも必要としないなんて……、
なんて……、なんて素晴らしい……。
解き放たれているとしか表現出来ない在り方なんだ……。
クッッッ……!!
出来たら……、わたしが考えた事にしたかった……」
「何言ってんだよーー……。
スイ……、お願いだから落ち着いてーー……」
「ユンタ。わたしは冷静だよ」
「全然見えねーー……」
「事実だ。そして僕はお前の言う、
根底を覆す存在だ。
僕はアメビックスよりも、
自分が優っていると気づいた時から、
彼を始末しようと画策した。
僕を産み出した筈の術者が、
僕よりも劣る質の低い粗悪品の様に思えたからだ」
「ふむ。と云うことは君の転移魔法の技術は、
アメビックスよりも精度が高いと。
どちらの魔法も見た事が無いから、
第三者としては優劣は判りづらいけど」
「アメビックスの転移魔法は不完全なものだ。
いつまで経っても莫大な魔力消費を軽減出来ないし、
発動させる為の魔法陣も巨大で複雑だ。
奴はソレを含めて、
自分の技術を誇るべき大魔法だと信じて疑わないから、
改良なんてまるでしなかった。
僕に言わせれば、
表面だけ立派に見せた、実用性の低い幼稚な発想だ」
「なるほど。
アメビックスから派生した人格でありながら、
君とアメビックスは、
必ずしも同一の思考を持っている訳では無いらしい。
君は決して複製品では無く、
一つの存在として魂を保有しているんだね」
「複製品なんかでは無い!!
あんなモノから産まれたと思うだけで寒気がする!!」
「そして君はアメビックスに激しい憎悪を抱いている。
もう一つ訊きたい。
君は意識を分割して存在する事が可能なのかい?」
(そこまで知っているのか……)
「……可能だ」
「ケルンヴェルクの著作通りだね。
彼に感謝しないと。
誤解しないで欲しいけど、
わたしは君を殺すつもりは無い。
あくまで、今は、だけど」
スイはそう言って、
深く息を吸い込んだ。とても静かに。
──『命ずる』
リロクの意識に、
またしても何かが入り込む感覚が訪れる。
「分割した意識を全て一つに纏めて欲しい。
どうやら主人格らしき者は、
目の前に居る君らしいけど、
何事かを君が企んでいたとしたら、
危険に晒されてしまうかも知れない。
何せ魔法だ。
何が起きたって不思議な事なんて一つも無い」
その言葉を聞く限り、
冷静だ、と発言したスイの真意は、
あながち間違ってはいないのでは無いかと、
ユンタ達には感じる事が出来た。
(ちょっと心配んなるくらい興奮してたけど……。
いつもの……、スイだな)
「そして、
期待をしないで済む様に一応言っておくけど、
リクは今コトハさんと一緒に居る。
七年前に居なくなったコトハさんと。
君の話を訊く限り、
コトハさんがこの世界から居なくなっていた事に、
君は無関係では無い様に思える。
人は簡単に消えて失くなったりしない。
もしも君が、
わたしの大切な人を奪おうとしていたのなら、
わたしは君を許す事はしないと思う。
全て、洗いざらい話してもらう」
◆◆
♪ヨルシカ『八月、某、月明かり』




