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リンカーネイトリンカーネイトリンカーネイト  作者: にがつのふつか
第五章 『ワールドエンドプレイヤーズ』
187/237

『余計な解釈は身を滅ぼすものなのかも知れない。』



イェンが発動させた魔法は、

仕切られた空間の中でなら自在に氷を操る事が可能で、

限定化された行使範囲ではあったが、

空間内の至るところから魔法を放つ事が出来た。


凶悪なまでの威力を誇る攻撃魔法から、

相手を拘束する魔法まで、

魔法の同時発動のスキルを持つ彼にとっては、

自分が最も得意とする戦法だと自負していた。


空間内は音を立てて凍りつき始め、

厚い氷塊で閉ざされた後、

烈しい冷気に包まれていくと、

術者以外の者達の体温を急激に奪い出した。


───『慈愛の風壁(エルウォール)!!』


少しでも冷気を防げる様にと、

スイは精霊魔法で防壁を造り仲間達を護った。


「スイ!! ありがとうございます!!」


───ガッ!! ガッ!!


シャオが狂った様な勢いで自らの脚に絡み付く、

魔力で出来た氷を拳で打ち砕こうとしている。


しかし、

氷は思う様には砕けずに、

素手で殴り続けるシャオの両手から、

激しく血が流れ出すだけだった。


「シャオさん。魔力の無い貴女では、

僕の氷は破壊出来ません」


イェンがそう言って指を鳴らすと、

氷の砕けた箇所が、

何事も無かった様に再生し始めた。


「キンモッッ!! キザすぎんだろーー!!」


ユンタが悪態を吐きながら、

詠唱をしようとするが、

どうにも上手くいかなかった。


(……クソッッ!! 亜人(ウチ)にゃ寒すぎんのか?

舌が悴んで回んねー!!)


「見た目通りですね。

猫の魔物の血が強いんでしょう?

貴女はこの気温の低さじゃ、まともに動けません。

ま、ユンタさんに限らずですが。

魔力で出来た、全てを凍てつかせる氷です。

他の方も長くは無いでしょうね」


イェンは淡々とした口調だった。


「テメーー……。裏切ったんかよーー?」


「まあ、そうなりますかね。

こんなタイミングでもないと、

流石に貴女方を全員相手には出来ないですから」


「聖域教会の仲間か?」


「そうですよ。

僕は信者ではないですけど。

もう少しだけ仲間のフリをして、

転移者の事を探れたら良かったんですが」


「……最初からそれが目的で協力的だったのか?」


「イファル王。物事と云うのは、

二転三転して初めて結末を迎えるものだと、

僕は考えています。

簡潔に捉え過ぎるのは如何なものかと」


「どーーでも良いわ!! ミナト!!

テメーー絶対許さねーーからな!!?」


「……。前にも言いましたけど、

()()()()、なんて呼ばれてたか僕は知りません」


「はーー!? どーゆーー意味!?」


「ユンタさん。

僕は他者の意識に寄生して支配出来るんです。

長い間そうやって存在してきました」


「……人間じゃねーーんだな」


「そうです。僕は魔族です」


「気持ちわりーーヤツだとは思ってたけど、

今わかった。マジで気持ちわりーわ」


「僕は自分の性質を気に入ってますよ?

気に入った強い魔法使いを、

自分の思うがままに操れますから。

だけど、

人間の肉体は脆い。

寿命も魔族に比べて短いですし。

次の寄生先は亜人にしてみようかと考えてます」


「キッッッモッッ!!!」


「あのさ」


スイが割り込む様にして声を掛けた。


「一応訊いてみるけど、

ミナトは寄生されて、どうなってるの?

死んではいないんだろうね?」


「死んではいませんよ。肉体的には」


「嫌な含みを持たせるね」


「言葉の通りですから。肉体は無事です。

ただ、意識を僕に支配されると、

精神や魂みたいなものは蝕まれます。

修復不可能なくらいには。

……棄てた後の肉体がどうなったのか、

興味が無いので見たことはありませんが、

廃人の様にはなってるんじゃないですかね」


「……ふうん」


「訊いてきた割りには興味が無さそうですね?」


「そんな事ないよ」


「この男は貴女(スイ)の元恋人だったんでしょう?

良いように扱われていて、腹は立ちませんか?」


「別に。それにミナトは元恋人じゃない」


「……変わっているなとは思ってましたが、

随分と冷たいですね?

他者に興味を持たない様に見えて、

割りと情には篤い人だと感じていたのは、

僕の勘違いでしたかね?」


「さあね。

君の情報分析癖が、

わたしの事をどうやって解釈したのかは知らないけど、

思いたい様に思えば良いと思うよ」


「貴女が口が立つのは知ってます。

だけど、この状況が、

それでひっくり返せるとは思わない方が良いですよ?」


「君はわたしが苦手なんだろうと思う」


「そうかも知れません」


「それに君は強い癖に慎重で用心深い。

厄介な相手なんだろうけど、

わたしに言わせれば臆病で姑息な、

取るに足らない卑怯者だ」


「ええ。何と言われても結構です。

僕は確実に勝てる方を選びますから」


「選択肢を狭めるね」


「え?」


「つまんないヤツだねって言ったのさ」


「挑発には乗りませんよ?」


「君は魔法は好き?」


「……」


「わたしは好きだ。

魔法の歴史の成り立ちも、技術の進歩の道程も、

魔法に関するありとあらゆる事が知りたくて、

片っ端から色んな本を読んで沢山調べたけど、

それでも知らない事が次から次に幾らでも出てくる。

その度に、

わたしは震える程に感動しているし、

そのどれもが、

楽しくて仕方なくなる様な話ばかりだ」


「それがどうしたんですか」


(いち)魔法好きから言わせてもらえば、

君なんて魔法使いとは呼べない。

余りにチャチで、想像力の欠片も無い、

三流の使い手を絵に描いた様な、

お粗末な相手だ。

その不自由な発想は醜悪ですらある」


「……一体、何がどうなって、

そんな事を言いだしたんでしょうね?

今、優勢なのは僕です。

貴女は魔法の戦いで、僕に敗けるんです」


「敗ける? わたしが? 何で?」


心底、不思議そうにスイが言った。


「え……? どう考えたって、

動きを封じられて不利なのは、そちらでしょう?

それに、この氷は魔力を吸い取って霧散させます。

(じき)に貴女は魔力を全て失って、

何一つ出来る事は無くなってしまいますよ?」


「それだけ? 本当にそれだけが、

わたしが君に敗ける理由?」


「負け惜しみなら止めておいた方が……」


「だったら、わたしは敗けないと思うよ?」


「だから……」


───『溶かせ(ロンジィエ)


スイの一言で、

イェンの氷はあっという間に溶けていき、

溶けた氷の水で、

謁見の間は大量の水が溢れる事となった。


「馬鹿なッッッ……!?

言葉の精霊魔法は効かない筈……!!!」


波の様に押し寄せる水を身体に浴びながら、

イェンは驚愕の声を上げた。


「やっぱりね。

わたしの精霊魔法を既に解析してたんだね?

君の魔法には効果を封殺するように、

書き換えられた術式が施してあった。

用意周到だ。

だけど、それが過ぎるんだ。

そんな事だろうと思って、

悪いけど、

術式を読み取ってこっちも解析させて貰った。

君の手の内はもう筒抜けだ」


自分と仲間達の周りに、

張っておいた防壁魔法のお陰で、

スイは水を浴びる事は無かった。


「嘘だ!?

こんなに短い間にそんな事が……!!」


「緻密な術式を構築している割りには、

案外抜けた箇所も多かった。

チマチマとした作業には向いてないんだろう?

それに、

わたしは精霊達との接続が切れないんだよ?

放っておいても、眼も耳もよく利く。

やっぱり、どう足掻いても君は腕の悪いスパイだ」


スイは楽しそうに笑いながら言った。


「いつから……!? いつから僕が、

術式の解析をしていた事に気づいていた!?」


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って判った時から。

意識を乗っ取れると云っても、

人格をコピー出来たりする訳じゃないんだろう?

君がミナトの口調や行動を、

どのくらい観察していたのかは知らないけど、

寄生した人物に成りきって、

物真似をし続けるには不完全だったみたいだね。

すごく特徴を捉えてはいるけど、

残念ながら似ては無い」


「嘘を吐け!? お前の仲間だって、

そうだと信じて疑わなかったぞ!?」


「それに、その声。

抑揚の無い無機質なものに聴こえる。

粗隠しに声を変えていたんでしょ?

それが一番怪しく思えた」


「……!!」


「他者の意識を乗っ取る魔法。

本を沢山読んだって言っただろう?

わたしは君に違和感を感じた時に、

昔読んだ事のある魔法の記述を思い出したよ」


「……嘘だろう!? 

そんな事が人間の書いた本に載っていただと!?」


「うん。古い魔道書に載っていた。

知らなかった?

寄生し終わった後の肉体が、

どうなってるか知らないと言っていたけど、

ちゃんと確認しておくべきだったね。

著者は魔術師ケルンヴェルク。

彼の生涯は決して順風満帆では無かったけど、

君が身体から出て行った後にも、

東方諸国の魔法の発展に貢献し続けた、

偉大な人物だ。

一見、荒唐無稽にも思える壮大な魔法理論を、

丁寧かつ親切、時にユーモアを交えた文章で、

誰が読んでも理解しやすい様に解説してくれている。

彼の著作は心を震わせるものばかりだ。

ちなみに、

子供の時からのわたしの推しの一人だよ」


「……!? ……!?」


イェンは身体を震わせながら、

声にならない音を喉の奥から発していた。


「『変異寄生魔法リロク』。

とある魔族が産み出した特異な術式で構築されていて、

人間どころか、

魔族の間でも知られていない魔法らしいね。

まあ、君みたいな詰めの甘い人物が、

長らくそれに頼って生永らえて来れたんだ。

余程、コソコソと暮らしていくのには適した、

そういう面では優れた魔法なんだろう。

ただ、

他者に取り憑いて支配する魔法なんて、

他力本願で悪趣味極まり無い。

おまけに想像力の欠片も感じられないから、

誰にも見向きされなかったとも言える。

その証拠に、

ケルンヴェルクも君の魔法を危険視して、

詳細を遺しているにも関わらず、

興味を惹かれるものでは無いと思っていた事が、

文面からとてもよく伝わってきた。

彼の様に自由で気高い魔法使いにとって、

君の魔法なんてものは、

凡庸で卑屈なものにしか映らなかったんだろうね」


「小娘が……!! 知ったような口を……!!」


「確か、

開発者は『技師』とか云う通り名の魔族だったかな?

イェン。君の正体はその魔族で合ってるかい?」


「黙れ!! 

仮にそれをお前が知ったとして、

本当に僕に勝てると思っているのか!?」


「さあね。逆に訊くけどさ、

何で君はそんなに自信があるの?

君は確かに強いけど、

わたしは別に一対一で戦うなんて言ってないよ?」


───パキパキパキパキッッ!!


スイに溶かされた筈の氷の拘束魔法が、

イェンの両脚を捕らえ、

彼は自分の魔法に拘束された事に驚き、

恥辱を与えられた事で、

殺意と憎悪が入り雑じった目付きで、

スイを激しく睨みつけた。


「何をした!!?」


「話聞いてる? 

一対一でやらないと言ったじゃないか?」


「まさか……」


スイにそう言われて、

すぐに浮かんだ思惑について、

イェンの勘は当たった。


初めてスイから視線を逸らし、

その視線の先に居たのは、

可視化出来そうな程に、

膨大に高められて練られた魔力を、

余す事無く全身に巡らせている、

憤怒の表情を浮かべたイツカだった。


「技師……。

イツカはその通り名を名乗るヤツを知ってるぞ……?

イツカが、今一番世の中でムカつくヤツだ……」


イェンはイツカを警戒していなかった訳では無い。

イツカの能力を知っていたからだ。


最も実力の高いディーヴィーエイテッドを始末し、

次に危険度が高いと考えていたイツカから、

魔力を奪う為に魔法を使った。


イツカの能力である、

カフ(攻撃を無効化して)(反射)の発動を封じる為にだ。


「拘束した時間は長くは無かったが、

失った魔力は少なく無い筈だ!!

消費魔力が膨大な能力が何故使える!?

それに……、魔書(トーキングヘッズ)も、

具現化させていないだろうが!?

一体どうやって……!!?」


「フッ……!!

イツカがいつまでも、

同じ高みで満足すると思わない事なんだな!!

……それにな。スイにアドバイスを受けてたんだ。

イツカの能力は強すぎて読まれ易いからって……」


そうやってイツカが少し照れ臭そうに言い、

スイの方をチラリと見て様子を伺うと、

スイは柔らげな笑みを浮かべて、

イツカに頷いて見せた。


「人間風情が……!!」


イェンはそうやって悪態を吐いたが、

次の策を講じようにも、

イツカの能力が発動している以上、

攻撃は無意味だと知ると、

思考は徐々に真っ白に塗りつぶされて、

停止をしてしまうのでは無いかと感じる程に、

焦燥感に煽られる事となった。


(逃げなければ……! もしくは、

この身体を捨ててしまうか……!!)


「逃がさないよ」


スイの言葉を合図に、

人のモノとはまるで思えない、

獣じみた形相のシャオが、

一瞬、姿が消えた様に感じる程に(はや)い速度で、

イェンに拳を撃ちつけた。


──『穿ちの戰風(リヒトワルキューレ)!!』


光が通り過ぎる様な迅さで、

砲弾と見紛う様なシャオの一撃が、

イェンの両脚を撃ち抜き、

骨を盛大に砕き散らす激しい音が響き渡った。


「……ッッッッ!!??」


「……スイに敵意を向けましたね?

よりにもよって、身動きの取れない(シャオ)の前で。

跡形も残らない様に、

バラバラにしてやりたいところですが、

昔のよしみです。

ミナト。両手両脚を砕くだけで、

今のところは抑えておいてあげます。

懺悔なさい」


「……ッッ!! ……ッッ!?」


「あはは。

おおよそ、女の子の言う台詞には聞こえないね。

イェン。

警戒すべき相手を見誤った、

もう一つの君のミスだよ。

君も先刻言ってただろう?

シャオに魔力は無い。

身体の拘束が不可能になってしまったし、

魔力を奪う氷はシャオには無意味だったね」


スイは指をパチンと鳴らして、

ニンマリと笑った顔をイェンに見せた。


それはとても朗らかな表情で、

誰がどう見ても楽しくて仕方ないといった様子だった。


◆◆


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