『氷使い。』
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◆
(やはり俺はさっさと帰るべきだった)
ディーヴィエイテッドは後悔していた。
自分の直感に正直になるべきだったと。
「あのさ、そんな露骨に厭そうな顔をしないでよ」
スイのそれはディーヴィエイテッドの心情など、
まるで察する様子も無い軽い口調だった。
「君は魔族だ。
わたし達よりも魔力の扱いには長けているんでしょ?
何か秘訣があるなら教えて欲しい」
「魔族だからだ」
「どういう事?」
「俺は別に二段階に変身しない。
このままの姿が本性だが、
人間に似ている姿をしているだけで、
お前達とは違う生物だ。
体内の器官にはお前達が持ち合わせない、
特殊な構造をしている臓器もある。
魔力に長けた生物特有の、
循環や発散を効率的に制御する高性能のものがな」
「だから人間には無理だって事?」
「まあ、平たく云えばそうだ。
だが、研鑽し続ければ叶わない問題でも無い。励め」
「なんだ。期待しちゃって損したな」
「すごい言い種だな。
……まあ、助言と云う程では無いが、
俺が感じた傾向と対策は有る」
「どんな事?」
「魔力の総量を増やす事と契約の見直しだな」
「研鑽。具体的には?」
「成長に伴って、
放っておいてもまだ多少は増えるだろう」
「わたしは子供じゃないんだけど」
「最後まで聞け。それは判っている。
俺が言いたいのは身体では無く才覚の話だ。
鍛えるつもりなら、
魔力の全放出と、
ゼロになった魔力の再蓄積の繰り返しだ。
限界を一度越えれば解る様になる事はある」
「教科書通りって感じだね」
「教えてやったのに何故残念そうなんだ。
手っ取り早い方法を選ぶなら、
魔力量を底上げする魔法具を使う事だな」
「そういう道具って希少価値が高いんでしょ?」
「国王にでも買ってもらえ」
「あとさ、契約の見直しっていうのは?」
「言葉の通りだ。マオライ以外にも、
何体か強い精霊と契約をしているな?
お前の性質か知らんが、
魔法を使う時以外にも、
精霊との接続を切る事が出来ないのだろう?」
「よくわかったね」
「魔力量を増やせとは言ったが、
お前の魔力量は少なくない。むしろ多い。
だが足りてない。
ならば多くの精霊との契約を続けない事だ。
魔力の制御が上達したところで、
接続が切れないのなら焼け石に水だ。
マオライと契約を交わせる程なんだ。
お前は選択肢を絞った方が強い」
「契約を破棄」
「魔族の意見だがな」
「現実的ではあるのかな」
「どちらを選ぶかは、お前の自由だ。
個人的に言わせてもらえば、
魔力を抑えて、チマチマと魔法を使うストレスよりも、
解放された力で戦う方を選ぶ。俺ならな」
「ふむ」
「魔法の本質は自由だ。
縛り付けられる事なんて少ない方が良い」
「はは。君とは話が合いそう。
うん、わかったよ。
ありがとう。まだ決める事は出来ないかもだけど、
参考にさせてもらう」
「そうか」
ディーヴィエイテッドは、
少しだけ微笑んだ様な表情を浮かべるスイを見て、
自分はこんなにも人間と会話をした事は無かったなと、
そうやって思い出せる限りの記憶はまるで、
何も言わず通り過ぎて行くようだった。
(我ながら、いらん節介だったな)
そんな時に、
二人の会話をそれまで黙って聞いていたイツカが、
ディーヴィエイテッドに指先を突き出し、
問い詰める様に、
いつもの調子で、
歯切れ良く咆哮した。
「何を言ってるのかチンプンカンプンだ!!」
「何故だ? 今よりも解り易い説明は出来ん」
「フッ………!
魔族の妄言なんかにイツカは踊らされないのだ!!」
「魔族に何か恨みでも有るようだが、
関係の無い俺を巻き込むな」
「スイ!!
魔族と仲良くしたらいけないのだ!!」
「イツカ。人の話はちゃんと聞かなくちゃダメだよ。
彼は敵意なんか無かったでしょ?」
「いーや!! アメビックスだって、
最初はそうだったに違いないのだ!!
魔族は狡くて卑怯なのだ!!」
「アメビックス? おい娘。
お前、アメビックスを知ってるのか?」
「フッ………! 知ってるも何も、
この正義の使者イツカが倒してやったのだ!!」
「お前が? 人間が単体で魔族を?
あの陰湿で小賢しいアメビックスを?
くくくッ。傑作だな」
「何がおかしいのだ!?」
「すまんな。
あの気取り屋が人間に敗れるサマは、
さぞかし見物だっただろうと思ってな」
「やっぱり仲間だったのか!?」
「そこまでの繋がりは無い。顔見知り程度だ。
それに俺はアイツの事は好かん。
無作為に人間に干渉していらん事ばかりする」
「アイツはラロカの皆を苦しめていた!」
「ふん。
大方、ロクでもない事でも企んでいたんだろう」
「わたし達は、
その魔族が人体実験をしていたって聞いたよ」
「悪趣味極まりない。それに知らんのか?
アイツは転移魔法の研究をずっとしている。
異世界へ送る人体実験に、
ラロカの人間を使っていたんだろう」
「異世界へ行く転移魔法。
アメビックスはそれが使えるの?」
「執着するヤツだ。使えたとしても不思議では無いな。
俺でさえ考えれば疑問に思う。
禁呪ではあるが異世界の人間を、
こちらの世界に召喚する魔法の詳細は解明している。
それなのに、
こちらから向こうへ行く方法は、
まるで記録を塗り潰された様に不明とされている。
構築する術式が異なるのか、
応用を利かせたくらいでは発動せんらしい」
「でも、実は既にそれが可能とされている」
「俺も付き合いが有るわけでは無いからな。
詳しくは知らん」
「すごく興味深い」
「興味。異世界にか?」
「うん。わたしのお母さんが異世界から来た人だから」
「ちなみにイツカも日本から来たんだな!!」
「何だ、お前達二人とも転移者か。
通りで魔力が高い筈だ。
転移者特有の天恵者か」
「ううん。イツカはチートだし転移者だけど、
わたしは違う」
「母親だけが転移者なのか?」
「うん。コトハって名前なんだけど知ってる?」
「……中央諸国でその名前を知らんヤツがいるのか?」
「そんなに有名なんだ」
「中央の魔女は、
一人で魔族を何人も葬った人間の魔法使いだぞ」
「その呼び名は好きじゃない」
「俺は面識が無い。
通称で呼ぶのも然程おかしな事では無いだろう。
癇に障ったのなら謝るが」
「わたしは魔族と会話したのは初めてだけど、
君は少し変わっているね。良い意味で」
「お前もだ。スイ。
人間にしては面白い」
なんとなく、
場が和やかな雰囲気で築かれようとしているのは、
ディーヴィエイテッドの配慮だったのかも知れない。
それに因って訪れた緩和は、
誰にも気づかれない様にして、
彼の背後に忍び寄る悪意がある事を、
ほんの一瞬だが、
察知させる事を遅らせた。
憎悪と悪意で研がれた様な、
禍々しく鋭い氷の剣を具現化させた氷撃魔法が、
ディーヴィエイテッドの背中から腹部までを、
あっという間に貫通させ、
凄まじい血飛沫を噴き出させた後に、
彼は口から塊の様な量の血を吐いた。
ディーヴィエイテッドに魔法が着弾する寸前に、
彼に攻撃を仕掛けた相手に向けて、
スイは雷の攻撃魔法を放っていたが、
彼女の感知速度よりも、
相手の方が僅かにだが迅かった。
「ディーヴィエイテッド!!」
スイは出来る限りの大きな声を放って、
返事代わりに片手を上げた彼の意識が、
未だ有る事を確認すると、
次の攻撃魔法の詠唱を直ぐに始めた。
スイの詠唱を合図にクアイが防壁魔法を発動させて、
ディーヴィエイテッドの身体を護り、
シャオはスイの攻撃魔法に追随する様に、
拳を振り上げながら跳躍して駆けた。
鮮やかで見事な連携だった。
しかし、
その一連の流れは既に読まれていたかのように、
スイの攻撃魔法は相手に当たらず、
シャオの脚を凍てついた氷が、
蜘蛛の巣の様に絡め捕り、
彼女の動きを完全に停めてしまっていた。
───ャギンッッッ!!!
シンヒが魔力を具現化させた武器を、
敵に向けるのと同時に、
クジンも魔力を込めた指先で、
その相手の首先を捉えていた。
「……何のつもりだ。説明してもらおうか?」
クジンは、自分とシンヒに挟まれる形で、
隣に控えていたイェンに向かってそう言った。
「馬鹿だねぇ。とは思ってたけど、
状況読めなくなっちまったのかねぇ?
この人らを敵に回して、
此処からどうやって切り抜けるつもりなのか、
出来るもんなら教えて欲しいねぇ」
シンヒが銃をイェンのこめかみに突きつけると、
指で引鉄に触れて見せた。
「皆さん。ごめんなさいねぇ。
ササッと始末しますんで、
どうか堪忍してくださいな。
ただ、
この馬鹿の言い分を一応聴いておいてからでも、
宜しいでしょうかねぇ?
もし気に入らなければ、
すぐにでもブチ殺して差し上げますがねぇ」
シンヒがおどけた様にそうやって言う姿は、
いつもの調子に見えたが、
イェンの行動は剰りにも突飛だった。
誰もが、
イェンの気が触れてしまって、
おかしくなってしまったのだと、
考えずにはいられなかった。
状況は一変した。
それは止める間も暇も無く、
とんでもなく悪い方向へと、
勝手に向かって行こうとしている様に思えた。
「シンヒさん。この距離からでは、
貴女の魔法じゃ僕を殺すのは無理です。
それは中~長距離に特化した射撃魔法ですから、
こんなにも至近距離じゃ、
余程集中しないと魔力が分散しちゃうでしょう。
脅しのつもりで距離を詰めたんでしょうけど、
僕が貴女の魔法の特性を知らないとでも?
僕が一体何年、
貴女達の使い走りをやってると思ってるんですか?
今、貴女は冷静を保っている様にも見えますけど、
内心、どうやって立ち振る舞うべきが最善なのかを、
ずっと頭の中で探り続けている。
お世辞にも集中力が欠けていないとは、
僕には思えません。
一撃で殺れないとなると、
死ぬのは貴女の方です」
「イェン。黙れ。
シンヒがしくじっても俺が殺す」
「頭に血が昇りやすいクジンさんが、
未だ仕掛けて来ないのは想定外でした。
イツカさんとの戦闘で、
だいぶ学習したみたいですね」
「そんなに死にたかったか」
「待ちなクジン! どう考えても罠さね。
イェン、あんた一体、何を企んでたんだろうねぇ?」
「まあ、それを教える義務は僕には無いですね」
「じゃあ、あんたはあたしたらの敵だって事だねぇ?」
「遅かれ早かれですね」
「こんな大それた事をやるからにゃ、
何か算段が有るんだろうねぇ?」
「さあ。どうでしょう。
それを確かめたいなら僕を撃てば良いかと」
「見え透いた挑発はやめな」
「下らない問答ですね。
見え透いた時間稼ぎは、
止めておいた方が良いと思いますよ」
「本当にあたしらじゃ、あんたを殺れないとでも?」
「そうですね。残念ながら」
「そうかい!」
シンヒは引鉄を引き、
躊躇無く射撃魔法を放とうとした。
イェンの言う通り、
この距離では威力は充分では無いかも知れない。
シンヒはそう思ったが、
クジンと挟み撃ちにしている上に、
手練れが揃ったこの状況で、
イェンが助かる道は無いと考えた。
──兎に角、
裏切ったと捉えられないように、
イェンは此処で始末しなければならない。
罠だと判っていてもだ。
同盟とは云っても、
出自の怪しい自分とクジンは、
切っ掛けさえ有れば切り捨てられてもおかしくは無い。
しかし、
戦力不足を問題にしているくらいだから、
そんなに事は簡単に進まないだろうが、
今後の事も含めて、今出来る最良の行動はコレだ。
シンヒは自分に言い聞かせる様に、
頭の中で同じ言葉を繰り返し、
クジンに目で合図を送った。
しかし、
魔法は発動せずに、
イェンの身体から突き出た何本もの巨大な氷柱に、
クジンとシンヒは全身を貫かれ、
血を噴き出しながら、その場に崩れ落ちていった。
引鉄に掛けられた指は、
幾重にも張られた分厚い氷で凍てつき、
シンヒの持った武器の銃口も、
同じ様に氷で塞がれてしまっていた。
───『極凍呪詛』
邪悪なまでに凍てついた冷気が、
イェンの周囲全てに放たれ、
イファル城の謁見の間を瞬く間に凍りつかせた。
「魔力の制御。
そこの間抜けは、
偉そうに講釈を垂れていましたが、
微細な魔力を練って慎重に張り巡らせていた事に、
気づけなかったみたいですね。
塵も積もれば何とやらで、
制御の方法と云うのは、
こういうやり方も有るんです」
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