『凸凹凸。』
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この少女は単なる命知らずや、
頭の足りない様な人物では無いのだろうと、
ディーヴィエイテッドは考えた。
礼儀は無いに等しいが、
彼女の聡明そうな立ち振舞いや、
一切の曇り無い美しい表情が、
妙な説得力を帯びながら、
彼にそう思わせた。
「あんな規格外のヤツと、
子供の時から一緒だからだろうな」
「どういう意味?」
スイは表情を崩さずに首を少しだけ傾げて、
ディーヴィエイテッドに訊ねた。
「言葉の額面通りだ。
頭のネジが飛んでるヤツと云う意味だ」
「馬鹿にしてるのかな?」
少女はその鋭い目付きで、
自分の瞳をジッと覗き込んで来た。
「はははッ! そういう意味では無い」
───興味が湧いてきた。
ディーヴィエイテッドは素直にそう感じた。
おそらくマオライの影響と思われるが、
スイの話す言葉の端々には、
僅かにだが確かに魔力が込められている。
それは他者に干渉を加える類いの魔法であり、
やろうと思えば、
容易く精神や肉体を支配する事も出来るのだろう。
しかし、スイにはその意思は無い。
精霊の魔力が勝手に溢れ出しているだけなのだと、
ディーヴィエイテッドは推測した。
「魔力の制御は難しいか?」
「うん。とても難しい。
わたしが下手だから」
「それではいざという時に困るだろう。
魔力不足を気にして全力では戦えない筈だ」
「そうだね。常にお腹も空くし」
「その消費の具合では、
尋常では無い量の食事が必要だろう?」
「君の言う通り。わたしは物凄く大食いだよ。
自分でも恥ずかしくなるくらいに」
「勿体無い。
明確な無駄遣いだ。
魔力の消費を補うモノを何か用意出来んのか?」
「一体何をどうすれば良いのかが解らないんだ」
「おい。ラオ。
お前は、この娘の状況を知っているのか?」
「……そりゃ知らない訳が無いだろ」
「と云うことは、ポーションや、
魔法具の類いでは、
どうにもならんのだろうな」
「何故判るんだい?」
「お前が気づいていて尚、
状況が改善せんのなら、
当然そう思うだろう。
この国にはモノなど掃いて棄てる程に溢れている」
「そんな事も無いけどさ……」
「娘。
お前は基本的に、
魔力を抑えていると云う解釈で良いんだな?」
「そんなに格好良いものかは分からないけど、
魔力が余計に漏れていってしまわない様にはしてるよ」
「ふむ」
ディーヴィエイテッドはそう言って頷くと、
特に何か口にする事も無く、
しばらくの間黙り込んでしまった。
◆◆
「ちょちょちょ!? スイ! 無茶すんなよーー!」
ユンタがそう言って、
スイの上着の袖を引っ張って自分の方に引き寄せた。
その様子と表情は、
完全に動転してしまい困惑した様子だった。
「え?何が?」
スイはきょとんとした表情で、
不思議そうにユンタに訊き返した。
「何がってーー……。 コイツ!
見りゃ判んでしょーー!?
マジでヤバいヤツだから!
もう下手に喋んない方が良いって!」
「そうかな?確かに怖いくらいに強さを感じるけど、
とても冷静じゃなかったかな?
それに、戦う気は無さそうだよ?」
「バカバカバカ!? 相手は魔族だよ!?
急に気が変わるかも知んないじゃん!?」
「そんなの、わたし達だって一緒じゃない?」
「あーー! もーー!!」
ユンタはいつもの調子のつもりだったが、
身体はまるで言うことを聞かずに震えている。
スイとディーヴィエイテッドが会話をしている間中、
全身の毛は逆立つ様にして危険を知らせ、
スイを護る為に、
二人の間に割って入らなければならないと、
考えていたのに、
恐怖で身体を動かす事が一切出来なかった。
当然、クアイとシャオも同じだった筈だ。
いつもならば、
何よりもスイを優先させるべきだと考えていたのに、
事実は、深い陰を落とす様に暗い後悔を残す、
とても口惜しいものだった。
(クソッッッ!! ビビんなウチ!!
スイを護んなきゃ!!)
ユンタはスイの手を取って、
自分の身体で庇う様な体勢で、
震えながらも、
ディーヴィエイテッドの前に立ちはだかった。
ユンタのその行動から間を置かずに、
クアイとシャオも同じく、
呪縛を解かれた様にして、
ようやくその場から離れ、
スイのもとへと駆け寄る事が出来た。
「スイ……! すみません……!!
私とした事がとんだ不覚を……!!
貴女を護ると言い続けているのに……!!
不甲斐無い私をどうか許してください……!!」
シャオとクアイの眼からは、
絶え間無く大粒の涙が溢れ出し、
親娘揃って声を震わせていた。
「いや……。大袈裟だよシャオ。
クアイおじさんも。
この人は恐ろしい人だけど、
悪人じゃ無さそうだよ?」
「呑気な事をーー!!」
「悪人では無いにしてもです!
私達も会話を聞いていれば、
そのくらいの事は判っています!!
だけど……、
どうしてでしょう、
眼を離した隙に、あっという間に、
スイに二度と逢えなくなってしまうんじゃないかと、
そればかりが頭を過るんです!!」
「スイちゃん……。上位の魔族と云う存在を、
僕も目にしたのは初めてなんだよ。
君の言う通り、
敵意は無いのかも知れない。
だけど幾ら君が心を許したとしても、
余りに存在が異質過ぎるんだよ。
我々でどうにか出来る相手じゃない」
ディーヴィエイテッドは、
クアイとシャオの言葉を黙って聞いてはいたが、
その顔にはうんざりとした様な表情を浮かべていた。
◆◆
「涙ぐましいな。
だが俺を獣か何かと勘違いするな。
人の話をちゃんと聞け。
俺は面倒になる事を避ける為に此処に来た」
「つってもさーー」
ユンタは警戒を解けなかったが、
異様なまでの威圧感を除けば、
スイの言う通り、
ディーヴィエイテッドが悪人でない事は理解出来た。
「俺の魔力が大きく感じるのは単純に種族の差だ。
魔族とはそういう生き物だ。
仮に戦闘になったとして、
魔力の差だけで勝敗が全て決まる訳では無い。
物事はそんなに単純では無い」
ディーヴィエイテッドは本心からそう言っていた。
別に慰める訳でも、励ます訳でも無く、
彼はただ事実を述べていた。
「その通りなんだな!!」
緊張が緩みかける兆しを、
ズタズタに切り裂かんばかりに、
その声は、
ひたすらに大きかった。
◆◆◆
「イ……、イツカ……」
イツカが王宮は退屈だと言い出した為に、
ラオは小遣いをやるから、
城下町で遊んで来いと言っておいた。
クジン以上に、
対人の態度に問題が有るイツカが、
留守で良かったと安堵していたのが間違いだった。
彼女はいつも、
唐突に突然に事を起こすのだ。
「ん……? あーー!! 魔族だ!!
魔族がいるんだな!!!
皆!! 何してるんだ!?
敵襲なんだな!!!」
(やっちまった……。穏やかな雰囲気だったのに……)
尤もディーヴィエイテッドは、
手を貸すとは一言も言っていないのだが。
「何だ? また喧しいのが来たな。
小娘、安心しろ。
俺は今から帰るところだ」
「嘘つけ!!
魔族がそうやって嘘を吐いて油断させる事なんて、
イツカにはお見通しなんだな!!」
「そうか。落ち着け。
お前が今までどんな魔族を見て来たのかは知らんが、
俺は違う。それにもう帰る」
「えー。ちょっと待ってよ、
君は、わたしに、
何か助言でもしてくれるのかと思っていたのに」
「フッ……! 命乞いか……!
見苦しいぞ魔族!!」
「何故そうなる?」
「命乞いをするにしても、
わたしの用件を先に済ませて欲しい」
「いつ誰が命乞いをした?
それに、助言をするなんて言ってないだろう?」
「何て思わせ振りなヤツなんだ!!
やっぱり悪い魔族だ!! 敵だ!!」
「話を聞け」
一瞬にして、その場の空気は一変してしまっていた。
全てが杞憂だったのでは無いかと、
誰もが心の奥底で考えてしまう程に。
◆◆◆◆
♪シンガーズハイ『ノールス』




