『その少女。』
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「オレが気に喰わないのはな、
用件の有るヤツが直接出向いて来ないところだ」
ディーヴィエイテッドの言葉は刺々しく、
ストレートに要求を突きつけながらも、
しっかりと嫌味を込めた愚痴の様な口調だった。
「しかも、それに合わせて脅迫めいた交渉だ。
どう考えても、やり方が汚ない」
「そんなに怒るなよ。それに脅迫はしてない」
宥める様にラオが言った。
「お陰で森を出てくる羽目になった。厄介だ」
「乗り気じゃなかったって話だけど、
わざわざ来てくれたって事は了承してくれたんだろ?」
森へ送った使者達が、
都へ戻って来てから、
殆ど間を空けずに彼は王宮に姿を現した。
「一体何故そうなるんだ?
オレはお前に抗議しに来ただけだ」
「それにしちゃ随分綺麗な服装だ」
「魔族が汚れた服を着ていたら、
剰りにも尤もらしく見えるだろうが」
「ま、そりゃ確かにそうだね」
ラオとディーヴィエイテッドのやり取りを、
周囲の面々は身体を強張らせながら見届けていた。
突然現れた上位の魔族。
それまでに各々が対峙した相手の中で、
頭一つ抜きん出た実力者である事は、
ディーヴィエイテッドが冷静を取り繕い、
魔力を抑えているにしても、
それは明白な事実だった。
普段は傍若無人な態度を取るクジンでさえ、
ディーヴィエイテッドの挙動を見るたびに、
冷や汗が身体から噴き出て止まなかった。
ディーヴィエイテッドが、
もし何かの拍子に敵意を向けて、
こちらに攻撃を仕掛けてくれば、
この場に居る者達は瞬きをする暇も無く、
あっという間に殺されてしまうだろう。
古から存在する神や精霊と同格、
或いはそれ以上に強い魔力を持つ、
上位魔族と云う存在。
数多の魔物や魔獣を束ねる者や、
天災と見紛う様な、
破壊的な威力を誇る魔法を操る者も少なくない。
その規格外の実力は、
魔法使いであれば、
誰しもが畏怖の念を抱かずにはいられない筈だと、
その場に居る全員が考えていた。
ただ一人、
スイを除いて。
ディーヴィエイテッドが現れた瞬間には、
流石に少しだけ驚いた様子だったが、
スイの興味は直ぐに、
産まれて初めて目にした上位魔族の姿と、
彼の扱う魔法へと移り変わっていた。
彼は招かれた客人の様に、
とても静かに王宮に現れた。
派手な魔力の放出をせず、
感知をさせる暇も与えずに。
ディーヴィエイテッドは上機嫌ではなかったが、
それでも好戦的な様子ではなく、
口は悪いが言葉を選んでいる雰囲気はあった。
その様子が余計に、
彼の持つ圧倒的な魔力に裏付けされた、
強烈に張り詰めた緊張感を、
周囲に与えずにはいられない事に、
彼自身は深く考えてはいなかったが。
無論、
スイもディーヴィエイテッドの魔力に圧倒され、
ひりついた感触が身体に突き刺さる様に感じていたが、
どことなくディーヴィエイテッドには、
親しみ易い雰囲気が有る様にも思えていた。
しかし、
思っている事は口にせずに、
その場ではただ黙っていた。
ラオがスイの様子を察して、
「相手は上位魔族だ。迂闊に刺激しないように」と、
彼女に釘を刺す様にして注意を促していたからだ。
感情の起伏に乏しい彼女の普段の表情から、
初対面のディーヴィエイテッドには、
スイの心情を読み取る事は出来なかった。
「それに、まさかとは思うが、
此処に居るのが主戦力だとは言わないだろうな?」
「よく見てみろよ?最高だろう?」
「俺は森の外へ随分出ていないし、
詳しい状況はわからんが俺が知っている頃に比べて、
聖域教会の軍勢は、
増える事はあっても減る事は無いだろう?」
「まあ、そうだね」
「そうか。
ならば俺が加勢したところで勝ち目は無いな」
「やっぱり君でもそう思う?」
「数の暴力の前では、
個人の強さは問題では無い。
どう考えても頭数が足らん」
「ごもっともだね」
「此処に居る連中も弱くは無い。
各々、名の通った実力者だろう。
だが、俺とまともに戦えるヤツは少ない。
魔法の戦いで、大体の場合魔族は人間を圧倒する。
それなのに魔族が何故、
世界の覇権を掌握していないと思う?」
「喧嘩をする相手を見極めろって事か」
「そうだ。今からでも遅く無いかは知らんが、
無駄な争いはしない方が賢明だろうな」
「そんな事、僕が理解出来ないとでも?」
「理解出来ても実践出来るかは別だ。
とにかく、俺は手は貸さん」
「うーん……」
「この話は終わりだな。
もう森へ人間を寄越すな。俺もそこそこ忙しい」
「単純に疑問なんだけどさ、
森で一体何してんの?」
「くだらん世間話ならせん」
「まあ、いいじゃん。教えてよ」
「誰も立ち入らん手入れされてない森だ。
快適に過ごそうと思えば仕事は幾らでもある」
◆◆
ラオは少しでも自分を引き留めて、
話を好転させる為の何かを産み出す為に、
思考を張り巡らせているのだろう。
ディーヴィエイテッドはそう考えて、
溜め息を吐いた。
(煩わしい。面倒事を避けているつもりだったが、
俺は既に巻き込まれている気がする)
やはり、
有無を言わさずにさっさと退散する事にしようと、
そう思ったが、
どうしても気になる事が一つ浮かんできていた。
それを確認してからでも遅くはないか、
とディーヴィエイテッドは考えた。
「俺も聞きたい事がある。
言葉の精霊と契約をしているのは、
この中の誰かか?」
「わたしだよ」
ディーヴィエイテッドの問いに、
スイが即座に返答し、
ディーヴィエイテッドは彼女の方に身体を向けた。
(俺には人間の年齢は外見でわからんが、
どう見てもまだ子供にしか見えん)
とは云え、
スイが高い魔力を持っている事は判っていた。
それに他の面々に比べて、
緊張している様子も薄く、
かなりの手練れなのだろうと推測出来た。
「どうやってヤツと契約した?」
「わからない。子供の時から一緒に居たから」
「嘘を言っていないのは判る。
だが、精霊術師と精霊と云うものは契約によって、
関係性を結びつけられるものだ。
たとえマオライがどんなに変わり者だとしても、
それが揺らぐ事は無い」
「君はマオライと友達なの?」
「かなり広い定義で言えば、そうかも知れん」
「長生きをしてるんだね」
「そうだ。お前よりも随分な。
それより質問の答えを教えて欲しいんだが」
「答えも何も、わたしが言った事が全部だよ。
気づいたら一緒に居た。それだけだよ」
「お前も精霊使いなら、
ヤツの存在の異質さには気づいているだろう?」
「他の精霊に比べて、よく喋るところとか?」
「まあ、それも含めてだ。
不滅に近い精霊と云えど、万能では無い。
人語を介す精霊は多くは無い。
それも精霊魔法のスキルを持っていない者にも、
声を届けられるヤツなんて俺はマオライ以外に知らん」
「そうなんだ。マオライって凄いんだね」
「そうなんだって。反応が薄いな?」
「だって子供の時から一緒なんだよ?
今更そんな事言われてもよく分からないよ」
「……まあいい。アイツが気に入る様な術師だ。
お前は相当に精霊魔法のスキルに長けているようだな」
「ありがとう。でも、
どうしてわざわざそんな事を訊くんだろう?」
「ただの興味本位だ。
アイツを使役する術師を生きているうちに、
また拝めるとは思わなかったからな」
「使役。
どうも、そういう言い方は好きになれないよ。
それにマオライの事を知ってるなら、
彼の性格は分かるでしょ?
わたしとマオライはそんな関係にはならないと思う」
「精霊魔法の術式の形式の話だ。
アイツは人間の僕になるようなタマではない」
「それに、わたしにはそんな趣味は無い」
───随分と軽い口を叩くものだ。
ディーヴィエイテッドはそう思いながら、
自分よりも遥かに小柄なスイを、
頭上から見下ろしていた。
◆◆◆
♪百鬼あやめ『かわ余』




