『その精霊は語る。』
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魔法剣、魔法書、或いは魔法の絨毯などの中には、
意思を持つものが存在する事は広く知られているが、
それでも、
こんなにも流暢に喋り出す事があるとは、
その場に居る人間達は、
誰一人として思ってもみなかった。
「喋り過ぎだ……」
ソンウは手にした魔法具の剰りに軽快な口調に驚き、
素朴な疑問が思わず飛び出してきてしまった。
それと同時に余計な事を言ってしまった、
とも思っていた。
この喋る存在は、
自分の関わってはいけない何かなのでは無いかと、
ソンウは多大に警戒せずには居られなかった。
未知は確かな恐怖でしかなかったのだ。
「『何だと?
それが僕に対する意見か助言にしては、
些か言葉足らずであると云えるし、
僕としては君の言う喋り過ぎ、
それが果たしてどこまでなら、
喋り過ぎる事が無かったのかと云うところを、
明確にして欲しいとも思えるのだ』」
(だ……、駄目だ……。
駄目なヤツだコレは……。
魔族も恐ろしいがコッチのは本当に駄目だ……。
触れてはいけなかったものなんじゃないか?
あの娘、何てものを持たせてくれたんだ。
ひょっとしたら、
俺は今日にでも死んでしまうのではないだろうか?)
マオライの存在は、
ソンウの何か根幹的なものを揺さぶって、
彼に底知れない恐怖を与えてしまっていた。
「『君の発言は少しく無礼に感じてしまうのだ。
僕は八千代の時を生きる精霊だ。
もう少し敬意を持って接してもらいたいのだ』」
「せ……、精霊?」
「『その通り。
まさかとは思うが、
この石ころが喋り出したと思っていたのか?』」
「あまりに突然の事で俺にはよくわからないよ」
「『ふん。まあ良いのだ。
術師が都を離れられない。
その為に僕は、
君達を守護するように言われているのだ。
スイも言葉足らずなところがある。
説明を一言付け加えておいてやれば、
君がそんなに驚く事も、
或いは無かったかも知れないのだ』」
(あの娘の使役する精霊……。
やっぱり恐ろしい魔法使いだった。
精霊使いはイファルにも何人も居る。
だけど、
俺は術師以外に口を利く精霊なんて聞いた事が無いぞ)
「案ずるな」
不安で仕方ないと云った表情を浮かべるソンウに、
そうやって声を掛けたのは、
意外にもディーヴィエイテッドだった。
「よく喋るヤツだが、
契約を結んだ術師の意向で此処へ来たんだ、
お前達に害を与えるつもりは無いだろう。
殊更に今日はよく喋るがな」
「この精霊と貴方は知り合いなのか?」
「顔見知りでも無ければ、
お前と同じくらいには驚いている」
「『君達には聞こえないだけで、
精霊と云うのは概ねよく喋るものなのだ』」
「マオライ。護衛だと?
オレがこの人間達を殺すとでも思ったか?」
「『僕は君が無益な殺生を、
しない性質だと認識しているのだ』」
「ならば何故、術師はお前を此処に送り込んだんだ?
大体、お前と契約出来る様な魔法使いが、
今の世に本当にいるのか?甚だ疑問だ」
「『スイかイファル王が直接来る事が出来れば、
本来はそうしていたのだ。
だが訳あって都を離れられられない。
この者達はあくまで代理の者なのだ。
君の様な強い魔族に出会せば畏縮してしまい、
本来の用向きを果たせない可能性があるのだ。
だから僕が中を取り持つ役目で此処へ来たのだ』」
「一体何が言いたいのか、
オレにはさっぱり分からない。
勅令だか何だか知らんが、
オレはこの森で静かに暮らしたい。
厄介事は御免だ」
「『そう云う訳にもいかないのだ。
僕の契約している術師を含むイファルの面々、
ひいては世界全体が、
在らぬ方向へと向かってしまわないように、
誰もが、今、正にこの瞬間も懸命に踠いている。
因みに、
ここで言う世界には勿論、
君も含まれているのだ。
この世界の抱える問題については、
知らない訳では無いだろう?
知らないどころか、
深く抉り込む様にして、
君はそれに関わっていたものだと、
僕は認識しているし、
静観や或いは傍観を決め込むには、
君の立ち位置と云うものは、
剰りに重要なものだと周囲には思われているのだ』」
「くだらん」
ディーヴィエイテッドは吐き捨てる様に言った。
本当に退屈そうに。
「勝手にオレの立ち位置を決めつけるな。
それに要点を述べろ。
お前の口上癖はもはや病気だ」
「『君はせっかちだな。
僕なんかは久し振りに他人と話す喜びを、
こんなにも享受していると云うのに。
結論を急ぐ様なら、
イファルの都へ赴くと良いと思うのだ。
この者達と一緒に』」
「ふざけるな。
何故オレが都へ行かねばいけないんだ」
「『結論を急ぐのだろう?
どうも僕の話は長くなってしまうからなのだ』」
ディーヴィエイテッドは呆れた顔をして、
整えたばかりの髪を忌々しそうにガリガリと掻いた。
「『どうするかは君の自由だとは思うのだ。
ただ、
大き過ぎる問題に、
君の愛して止まないこの森の底が、
呑み込まれてしまっては、
平穏もへったくれも無いと僕は思うのだ』」
「まさかとは思うがな、
この森を脅かすような事を、
わざと企んでいるのではないだろうな?」
「『それは流石に非人道的であると思うのだ。
君一人を動かすのに、
この森をどうこうする事はないだろう。
森に暮らすのは君だけではない。
僕は可能性の話をしているのだ』」
「どちらにしても面倒だ」
「『君ともあろう者が、
住み処を追われてしまう光景などは、
さぞや滑稽なものに映ると思うのだ。
それも、
君の嫌悪する厄介事に巻き込まれてだと尚更だ』」
「馬鹿らしい。こんな辺境の森、
オレ以外に一体誰が欲しがると云うんだ?」
「『過去に世界は、
その面積の半分を焼かれてしまったのだ。
争いの炎と云うものは、
焼く場所なんて選んではいない』」
「いい迷惑だ。
結局また人間同士の問題だろう?
女神を取り合って世界を荒廃させて、
また似たような状況を作り出している。
オレから言わせれば欲張り過ぎだ。
他者の物を奪って幸福を得たとして、
それが一体何になる?」
「『君は魔族にしては……、失敬。
魔族の中で、
僕が知る限り他に類を見ない優れた人格者だ』」
「いいかマオライ?
オレはしばらくの間そうやって生きてきた。
これから先もそうするつもりだ。
手は貸さんが、
火の粉を振り払うくらいの事はする。
とっとと帰ってラオにそう伝えろ」
精霊と魔族の交渉は、
誰がどう見ても難航している。
「『そうか。
それなら正直なところ僕は君を愚かだと思うが、
君がそうしたいならそうすれば良いと、
僕は思うのだ』」
「挑発なら乗らんぞ」
「『せっかちな君に合わせて、
率直に感想を言っただけなのだ』」
「好きに思え。じゃあな」
ディーヴィエイテッドはそう言い残すと、
その次の瞬間には森の奥へと姿を消してしまっていた。
「……失敗した、決裂しちまった」
「『それは間違っている。
それに、その言い方では責任を問われる』」
「でも帰っちまったんだぞ?」
「『彼は何が有ろうとこの森から出て行かない。
それが解っただけと云う事なのだ』」
「俺には屁理屈にしか聞こえないけどな」
「『しかし事実だ。
彼には、
協力を申し出ると云う手段では駄目だったのだ』」
「それ以外に何をどうするって云うんだよ?
脅しが利くような相手じゃないだろう?」
「『当たり前なのだ』」
「はぁ……。とりあえず都に戻るか……」
「『不安そうに見えるが、案ずる事は無いのだ。
僕は彼に用件を伝えた。
それだけで充分なのだ』」
「どういう意味だ?」
「『ディーヴィエイテッドは頭の切れる魔族だ。
ここから先どうすべきなのかは、
彼に任せておけば大丈夫なのだ。
僕と彼の間柄を僕は言っていないので、
スイが知っていたとは思えないが、
僕は只の用心棒のつもりではないのだ。
メッセンジャーとしての役割は果たしたのだ。
用件は済んだ。帰るのだ』」
「……一体何がなんだか俺にはサッパリだ」
「『時に物事と云うものは、
誰にも知り得ない形で静かに動き出す事もあるのだ』」
締めくくる様な言い方で、
精霊はそう言った後も、
都への帰路の最中の間、
とにかく喋り続けた。
先程に比べれば他愛の無い世間話の様な会話を、
心底草臥れた表情のソンウは、
部隊を引き連れながら、
適当に相槌を打ってやり過ごすしかなかった。
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♪『フォニィ』




