表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リンカーネイトリンカーネイトリンカーネイト  作者: にがつのふつか
第五章 『ワールドエンドプレイヤーズ』
182/237

『厄介事を禁ずる。』



(コイツが森の底に住む魔族。

本当に交渉なんて出来る相手なのか?)


突如として姿を現した魔族(ディーヴィエイテッド)に、

身体の内側から凍りついてゆく様な寒気を覚え、

生きて帰ろうなどと云う考えが、

既に一刀両断にされて、

絶ち切られてしまっているのでは無いかと感じていた。


彼が産まれて初めて対面した魔族は、

それまでに見た事の有る魔物や獣などとは異なり、

殆ど人間の様な姿だったが、

一介の武人であるソンウの目から見て、

魔族の身のこなしに隙などは欠片も見当たらず、

魔力の感知の出来ないソンウにさえ、

言い様の無い威圧感を与える程の魔力を、

その身に猛々しく纏っていた。

それは、

その存在が人間離れした何かである事の証明だった。


(バケモノだ)


ソンウは今すぐにでも駆け出し、

全てを置き去りにして逃げてしまいたかった。


しかし、ソンウの身体は、

その場に縫い付けられてしまったようにして、

まるで言うことを聞かず、

動く事などは未来永劫叶う事のない希望に思えた。


「聞こえていないのか。

それともオレの声が聞き取りづらいか?」


ディーヴィエイテッドの言葉に、

誰一人として返答する者は居なかった。


「……まあ良い。

どういう用件が在って、

この森に入ってきたのか知らんが、

その様子ではオレを殺しに来た訳では無さそうだな」


(……当たり前だ。敵う筈が無い)


「森を荒らさずに出ていって、

金輪際この場所に立ち入らないのならば、

見逃してやる。

動ける様になった者からとっとと失せろ」


(出来るなら今すぐにそうしてる)


ディーヴィエイテッドは、

吐き捨てる様な発音になってしまった事を、

心の中で少しだけ後悔していた。


無駄に怖がらせるつもりは無いのだ。


ソンウはディーヴィエイテッドの挙動の全てに、

恐れ嘶いてはいたが、

それと同時に、

襲いかかって来る様子の無さと、

妙に小綺麗な身なりしている彼の姿に、

少しだけ好意的な違和感を抱いていた。


尤も、恐怖や逃げ出したい気持ちが、

それ遥かに上回っていたが。


ディーヴィエイテッドは、

ソンウのそんな心情になどはまるで気づかず、

また関心も無かった。


この人間達が自分と戦う気が無い事が判ると、

面倒事を避けられる可能性に安堵し、

そして、

侮られている訳では無かった事で、

自尊心を満たす事が出来たとも思っていた。


そして、

その途端に、この場に居る事を面倒に感じ始め、

すぐに根城に戻って作業の続きをしたいと考えていた。


人間達は未だ動ける様な気配は微塵も無いが、

回復を待つのも手間に感じてしまう。

それに自分が目の前に居ては、

それも余計に遅れてしまうかもしれない。


「おい。オレはもう行くからな。

返事は無かったが、

話を理解したものと認識するからな?

約束を違えて、後を追って来たりするなよ?」


ディーヴィエイテッドは、

そう言って、そそくさと立ち去ろうとした。


(わざわざ着替えて来る必要も無かったな。

何せ会話と云う会話を一切してない)


そんな事を思いながらも、

何事も起きなかった事を彼は素直に喜んでいた。


◆◆


「ま……、待ってくれ!」


ソンウが、

比喩では無く全身全霊の力を振り絞って、

ようやく声を上げた瞬間、

ディーヴィエイテッドは、

振り返るか否やを相当に躊躇し、

彼の癖でもある、

大きな溜め息を吐かずにはいられなかった。


「……何だ?」


ディーヴィエイテッドは短く、

ソンウにそれだけを訊ねた。


「じ……、自分達はイファル王の勅命を受けて、

貴方に会いに来た……。

貴方はディーヴィエイテッドと名乗った。

この東の森の底に、

古くから暮らす高名な魔族の名だ」


「高名かは知らんが、確かに古くから住んでる。

まさか、この森から出て行けとでも言いに来たのか?」


「ち……、違う!」


「ならば何だ?勅命と言ったな?

お前達の王と面識が無い事は無い、

何か用件が有るなら遠慮無く言え。

聞いてやれる事なら聞いてやる」


「ご厚意痛み入る……、感謝する……」


そして、

ソンウは勅命の内容を包み隠さずに、

ディーヴィエイテッドに伝えた。


相槌を打つわけでは無かったが、

彼は話の間には黙ってソンウの言葉に耳を傾けていた。


「以上がイファル王からの勅命の内容だ」


「ふうん。聖域教会と戦か。

魔族(オレ)の手も借りたい程の、

人手不足と云うのが傑作だな。

帰って王に伝えろ。

手は貸さんとな」


「……それには何か理由があるのか?

ただの手ぶらで帰る訳にもいかない」


「何か利益がある話か?

オレは世界と関わらず、

世界もオレに関わらないで済む事だけを願ってる。

わざわざ自分から、

そんな面倒な事に首を突っ込みたくない」


「一つ言わせてもらえば、

この森はイファルの領地だ。

此処に暮らす以上、

貴方が勅命を無視してしまうのは、

如何なものかと思うんだが」


「随分と乱暴な意見だな。

怯えて口も聞けないかと思っていたんだが。

ならばオレも言わせてもらう。

オレが暮らし始めた頃には、

この森はイファルの領地では無かったぞ?

オレはその時に此処を治めていた王に、

此処で暮らす了承を得ている。

契約などと云う程に大袈裟なものではないが、

家に帰ればその時に交わした書状もある」


交渉は見るからに難航し、

今にも決裂しそうだった。

しかし、

魔族と会話をした事など産まれて初めてだったが、

ソンウには段々と、

目の前の魔族の事が、

比較的まともで良識のある人物の様に思えてきた。


「しかし、今はイファルの土地なんだ」


「それはそうだろうが、

オレにしてみれば、だから何だと云う話だ。

文句があるなら、

直接会いに来いとラオに伝えておけ」


「国から相当な報酬もあると思うが?」


「……あのな。

お前にはオレが物要りに見えているのか?

人を追い払う様な、

こんな深い森の底で暮らす魔族が、

金を必要とすると思うか?」


「それなら、

正式に此処に住まう許可が出るかも知れない」


「おい。オレは不法に居住しているのか?

もういいから帰れ。

とにかく面倒だ」


相変わらず、

ディーヴィエイテッドに敵意は見えなかったが、

話を聞き入れてくれる様子は無い。


これ以上、対話を続けても、

結果が変わる事は決して無さそうに思えたし、

使者の役目を仰せ司った男は、

未だ恐怖で震え続けたままだ。


所詮、

剣を振るくらいしか能の無い自分には、

交渉を続ける事は無理だと、

ソンウは既に諦めかけていた。


(どのみち、端から無理があったんだ。

このまま帰ったとしても、

クアイ様に責められる事も無いだろう。

優しい御方だ。

この命令を俺に出す時にも、

無理強いはされなかったんだ)


ソンウは自分に言い聞かせる様にして、

心の中で何度も同じ言葉を繰り返した。


(それに、剰りしつこくすれば、

この魔族も流石に機嫌を損なうかも知れない)


撤退だ。ソンウがその指示を出そうとした時だった。


上着のポケットの中に入れていた物が、

音を立てずに振動を始めて、

ソンウの皮膚を擽る様に揺らした。


ソンウは突然の事に驚いたが、

その物が一体何だったかをすぐに思い出していた。


◆◆◆


「コレを持って行くと良いよ。

もしも、窮地に陥ってしまったら、

きっと君の助けになるから」


それは、命令を受ける時にクアイの部屋に居た、

精霊術師の少女がソンウに手渡したものだった。


呪文が刻まれた八角形のデザインで、

ガラスの様な素材はとても軽く、

宝石では無いのだが、

アメジストの様な綺麗な色している。


魔法に関して明るくないが、

魔力の込められた道具である事はソンウにも理解出来た。


(シャオ様の幼馴染みで、スイとか云ったか。

まだ幼そうだったが、人形みたいに綺麗な顔だったな)


しかし、全てを見透かすように、

堂々とした物言いをする為に迫力があったし、

形の良い大きな瞳は鋭い目付きをしていて、

ソンウは何となくスイに対して、

畏怖の念を抱かずにはいられなかった。


(国王陛下やクアイ将軍とも旧知の仲らしいし、

噂では中央の魔女の娘らしい。

きっと、見た目よりも、

ずっと恐ろしい魔法使いなんだろうな)


震え続ける魔法具は、

ソンウの上着から弾け飛びそうな程に振動を繰り返し、

擽られる様な感触に耐え切れなくなったソンウは、

ポケットからそれを慌てて取り出そうとして踠いた。


ソンウの挙動になど興味は無かったが、

魔法具の放つ魔力を、

ディーヴィエイテッドは見過ごす事は出来なかった。


「おい。お前何をしてる?

魔力を込めた物を隠し持っていたのか?」


ディーヴィエイテッドは僅かにだが、

そう言いながら身体を強張らせた。


魔法具から漏れ出しているのは、

ソンウの操る魔力では無い。


それは、

魔法に精通した魔族のディーヴィエイテッドですら、

明らかに異質だと感じ取ってしまう代物だった。


「動くな。

簡易発動魔法(コモンルーン)の類いでは無いな?

妙な真似をすれば殺してやる。

お前達全員をだ」


元々、威圧的だったディーヴィエイテッドの魔力が、

その場に居た全員の、

全身の皮膚に突き刺さってしまいそうな程に、

猛々しくその形を変えていった。


「ま……、待ってくれ!

コレは俺のモノじゃない!!

持たされたんだ!!」


「ならソレを持って、さっさと失せろ。

この森に居てもらっては剰りに迷惑なモノだ」


ディーヴィエイテッドはそう言って忠告した。

脅しでは無く、

ソンウが攻撃をしてこようものなら、

直ぐにでも殺してしまうつもりだった。


ソンウが必死に頷いて、

彼の命令を待たずに、

誰しもが逃げ出そうとしたその最中。


「『迷惑。と表現されるとは失礼な話なのだ。

大変に遺憾に思うのだ』」


何処からともなく、

不思議な響きを伴った声が聞こえた。


身体の内側から聴こえる反響の様に、

その声は言葉を続けた。


「『しかし、気が遠くなる程に生きた長い年月を、

こんなに深い森で大半も過ごしてしまえば、

発言に配慮を欠いてしまうのかも知れないと、

善意で気持ちを汲み取ってやる事も、

(やつがれ)にとっては(やぶさ)かでは無いのだ。

これは我ながら寛大な措置だと自負しているのだ。

ディーヴィエイテッド。

君はどう思う?』」


声は流暢に喋り続けた。

声を発して言葉を形にする事を、

心の底から楽しんでいる様にしながら。


言葉の精霊(マオライ)

まさか生きてる内にお前の声を、

また聞く時が来るとは、

オレはちっとも思っていなかった。

……やはり、

森に人が入る事をオレは好ましく思えない。

……面倒だ」


マオライの様子とは対照的に、

ディーヴィエイテッドは浮かない面持ちで、

彼の癖でもある、

とても大きな溜め息を、

これ見よがしに、精一杯吐き出していた。



◆◆◆◆

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ