第十八話『ユンタ対ツァンイー。』
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「ギャハハハハッ!!!クソ共!!今から俺たちがお前らを追いかけて追い詰めてくからよぉ?!魔法の使えない雑魚術師どもが!!せいぜい足掻いてみせろや!!」
ゴアグラインドが黒煙の中、森中に響き渡るような大声でそう叫んだ。
「ぶっ飛んだだけで、まさか死んじゃいねぇんだろな?」
ゴアグラインドがツァンイーに聞いた。
「派手だけど威力はそこまで無い。大体お前がそうしろって言った。とツァンイーは思う」
ツァンイーが少し眉をひそめてそう言った。
「ククク……散り散りんなった弱ってる連中を片っ端から追い詰めてぶち殺していく……これが狩りの醍醐味だからよぉ……!ククク…」
「ダサい。お前のそういうところが本当に頭悪そうだ。とツァンイーは思う」ツァンイーが呆れたように言った。
「んだと?!!」
「でも、なぶり殺しはツァンイーも大好きだ」
ツァンイーはそう言って鋭利な刃物のように口角を吊り上げた。
「よーーし……。鬼ごっこの始まりだなぁ……」
ゴアグラインドは狂ったような笑い声を上げて、ツァンイーと二手に別れた。彼は恍惚とした表情を浮かべ、心底この悪趣味な狩りを楽しんでいるようだった。
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「痛たたたたたた………。クッソ!!あのビキニ女マジふざけんな!!!ぜってーーブッ飛ばす!!てかロロ子大丈夫ーー?」
「だ、だ、大丈夫ッスけど……、ユ、ユンタちゃん、なんで自分を助けてくれたんスか……?じ、自分あの人たちの仲間なんスよ?」
「はーーー?仲間に向かってこんな魔法ぶっ放すとかありえんくない?胸糞わる笑」
「え……。で、でも、あの二人に言われて……ユ、ユンタちゃん達に近づいて……だ、騙してたんスよ?ス、スイちゃんの精霊に気づかれなかったのも、じ、自分のせいだし……」
「それな。ほい、立ちな」
ユンタはロロの手を掴んで立ち上がらせてやった。
「絶対アイツらに良いように使われてただけっしょ?悪意無いことの判別くらいつくよ笑 ロロ子にキレるんならロロ子を都合よく使ってるアイツらにキレるわー。マジむかつくー」
「え……で、でも……」
「もうこの話おしまい。とりま、魔法が使えんと話にならんから逃げるよ?走れる?」
「え……ちょ、ちょちょちょ、ユンタちゃん!?」
ユンタはロロと手を繋いで勢いよく駆けだした。亜人特有の高い身体能力を持つユンタの脚力は、グラスランナーのロロのものとは比べ物にならなかった。
「は……早いッス!早いッス!あ、脚もげる……!」
「いいから走れーーー。追い付かれたらもっとやべーぞ?」
駆け抜ける二人の後方から、──ズドンッ!という音と共に大きな火球が撃ち込まれ、目の前にあった大木が音を立てて焼け崩れ、行く手を阻んだ。
ツァンイーの姿はまだ見えなかったので、だいぶ遠くから魔法を放ったのだろう。
「クッソ。来やがったーーー」
「はぁはぁはぁはぁ……。ユ、ユンタちゃん、自分、も、もう走れないから……。先行ってくださいッス……。ユ、ユンタちゃん、一人なら逃げれるッスから……」
「アホか笑 そんな真似するやつと思われてんのがユンタちゃんショックだわ笑」
「で……でも、こ、このままじゃ……」
「このままじゃ二人とも死んじゃうーー。て?ごめんけど、ウチは二人とも生き残る気満々なんだけどーー?てか、負ける気がしねぇんだけど?」
「ま、魔法封じられてんのに……?な……なんでッスか……?」
ユンタはスゥーーーッと深く息を吸い込んで、出せる限りの大きな声で叫んだ。
「おいコラァぁぁぁ!!こんの乳丸出しのバカ女ぁぁぁぁ!!
おめーなんかにウチがビビってると思ってんのかバーーーーカ!!サシでやってやるから出てこいやぁぁぁ!!!」
「こ、声デカッッ………!!」
ユンタの啖呵に腹を立てたように2発目の火球が放たれた。
向こうもまだ正確な位置は捉えてないのだろうが、それでも火球はユンタたちの頭上をかすめていった。
「危っぶなーー!!バーーーカバーーーカ!!よーーし!!……
とは言ったものの魔法無しじゃキツイーー。ロロ子、やっぱり手伝ってくんない?」
「え……あの、その……そ、それは……」
「嘘嘘。冗談だし」
「……ユ、ユンタちゃん……。ほんとにゴメンなさい……」
「謝ってばっか笑 ウケる笑」
「……ユ、ユンタちゃんも昔人間に差別されてたって言ってたのに……な、なんで自分とユ、ユンタちゃんはこんなに違うんスか……?じ、自分はこんなに卑怯で卑屈なのに……」
「知らねー笑 あのさ。さっきも言ったけどさ、ウチはあんまり昔のこととか気にしてないしさー。今一緒に居る人たちが優しくしてくれるから、こっちも優しくするって普通じゃね?ロロ子、さっきリクっち助けてくれたじゃん?それじゃダメ?」
「あ……あれは……せめてもの償いというか……」
「にゃははーーー。つーか多分あん時だ。スイの精霊に目眩ましのスキル使ったのって。だからアイツらが近づいてくんのわかんなかったんだ」
「う………。そ、そうッス……ゴメンなさい……」
「いいよーーー。ウチも調子こいてたんだろね。反省してるんだ笑 てか、アイツらブッ飛ばしたら、マジで一緒に来なよーーー。頼りにしかならんのだが」
「ま……まだ誘ってくれるんスか……?」
「まーね。ウチらのパーティー弱点多いのわかってたしね。ロロ子うってつけだもん。考えといてね」
「…………」
ユンタがロロの腕を掴んで再び走り出そうとした時、3発目の火球がユンタたちのすぐ近くに撃ち込まれた。
衝撃でユンタとロロは倒れてしまったが、ユンタがすぐさまロロの身体を支えて立ち上がった。そして、そこに近づいてくる足音が聞こえてきた。
「来たーーー」
まだ距離は離れていると思っていたが、ツァンイーの姿はもはや目視出来る位置にあった。
(見たところ明らかに魔法に特化したタイプだよなー……。こっちが魔法使えない以上、定石通りあっちが射程距離確保して魔法撃たれる前に先手とるしかねーな)
「ロロも一緒か。ご苦労だったなロロ。とツァンイーは思う」
「オメーわざと威力落として撃ってきてるだろー?」
「そうだ。鼠がチョロチョロと逃げ回るのをいたぶるのと同じだ。とツァンイーは思う」
「ウチは鼠じゃなくて猫だよバーーーカ」
「亜人風情があまり調子に乗らないほうがいい。ツァンイーもなるべく長く楽しみたいから。とツァンイーは思う」
「あっそ。その亜人風情にやられて泣いても許してやんねーーぞ?」
「口が達者な亜人だな。とツァンイーは思う」
「あんましナメんなよーーー?」
ユンタはニヤリと笑いながら、中指を突き立てて、ツァンイーに向けた。
「クソ亜人。耳も尾も切り落としてやる……。とツァンイーは思う」
ツァンイーが怒りの表情を浮かべながら詠唱を始めた瞬間に、
ユンタは腰に差していた十手のような形状をした武器を素早く抜き、ツァンイーに突き立てる様に襲いかかった。
かなりの速度で攻撃を仕掛けたが、ツァンイーはバックステップを踏むと攻撃を躱した。
奇襲がアッサリと失敗に終わり、ユンタは少し驚いていた。
ツァンイーは間合いを取りつつ再び詠唱を唱え始めた。
「させるかバーーーカ!」
突きの体勢からユンタは腰を低く落として地を這うようにツァンイーの足元に飛び込み、ツァンイーの脛を狙って武器を目一杯薙ぎ払った。
ツァンイーはそれを低く飛んで躱すと、再び間合いを取った。
「あっれーーー!?当たんねーーー!!」
そう言いながらもユンタはすでに攻撃の動作に入り、再び間合いを詰めていた。
「素早く攻撃をしかけ続けて魔法を使わせない気だろう。でもやっぱり所詮亜人。ツァンイーを甘く見ない方が良い。とツァンイーは思う」
懐に飛び込んできたユンタに、ツァンイーは文字が掘られた魔法石を投げつけて唱えた。
「───『爆ぜろ』」
ユンタに直撃した魔法石はツァンイーの言葉に反応して
──ドォォンッッッ!!!と派手な炸裂音と炎を上げた。
ユンタは衝撃で倒れたかけたが、素早く受け身を取ると跳ね上がって体勢を整えた。
「簡易発動魔法かよー」
「ユ、ユンタちゃん……!!」
「あーーーだいじょぶだいじょぶ。見た目ほど痛くないから」
「亜人。お前が魔法無しでも多少強いのはわかった。だけど勝ち目無い。魔法使わせてもらえなくてもツァンイーにはコレがあるから。とツァンイーは思う」
予め魔法を込めておき、魔力を消費せずに使用出来る簡易発動魔法の石だった。
魔法石を見せびらかすようにして、
ツァンイーはニヤニヤとした笑みを浮かべながらそう言った。
致命傷ではなかったが魔法の直撃を喰らった為にユンタの動きは流石に少しだけ鈍っていた。
ツァンイーが詠唱を始めた瞬間にまた攻撃を仕掛けたが、今度はさっきよりも更にアッサリと躱されてしまった。
「愚かなる民よ。愚かなる王よ。古より、迷宮より、あるいは仄暗い闇の入り口より出でし獣に四肢を捧げ、それが砕かれし音を聴け」
───『冥府の黒炎』
ツァンイーから放たれた黒い炎がユンタをあっという間に包んだ。「熱ッッッ!!」ユンタは転がる様に身を捩って炎を何とか散らしたが、髪や肌の焼ける音と痛みに顔をしかめた。
「痛ってーーー!!焦げちゃったじゃねーーか!!」
ユンタはそれでも、ツァンイーを気丈に睨みつけたが息遣いも荒くなっており、明らかに疲れが蓄積し始めていた。
それを見てツァンイーは本当に嬉しそうに笑った。
「亜人。お前と遊ぶのは面白いな。久しぶりに壊しがいのあるオモチャだな。それに今日ツァンイーは調子がいい。お前は楽に死ねない。とツァンイーは思う」
恍惚の表情を浮かべたツァンイーは再び詠唱を始めた。
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