『情勢は緊張している。』
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◆
「……転移門を使わせてくれないって何でですか?
……約束と違う。
一体どういう事なんでしょうか?」
問い詰める為に放たれた、
言葉の節々には、ひりついた刺が立ち、
美しい顔は無表情のままだったが、
微かに曇って見えていた。
スイは誰がどう見ても、
明らかに不機嫌だった。
ウクルクからイファルへ戻り、
その足で再びラロカへ向かおうとした矢先、
ラオから待ったがかけられた為だ。
「落ち着いてくれよ、スイ。
使わせないと言ってるんじゃない、
ちょっと時間をくれと頼んでるんだ」
ラオは努めて冷静な口調で、
そう告げたつもりだったが、
内心は決して穏やかでは無かった。
「わたしには同じ事を言ってる様に聞こえます。
そして、その言い方じゃ納得する事が出来ません。
何か事情があるなら、
教えて欲しい。
そうしてくれたら、
わたしも納得出来るかも知れない。
王さま、
わたしに何か隠していませんか?」
スイも、極めて冷静に伝えたつもりだったが、
今にも着火して破裂してしまいそうな機嫌の悪さは、
顕著に彼女の表情に浮かび上がり、
それを解りやすい形で周囲に悟らせていた。
「……そうやってむくれるな。
綺麗な顔が勿体ないぞ?
……わかった、ありのままを教える。
一応僕も言いづらい事を言ってるんだと思って、
配慮して聞いてくれ。
南方で一つの街が占拠された。
聖域教会の南方支部の拠点のような街だ。
そこが陥落した」
「それが何か問題に?」
「まあ……、
聖域教会と戦うつもりの各諸国からすれば、
有難い話ではある。
だけどね、問題が一つ出来上がってしまった。
それも、マジで大きな問題だ」
ラオはそこで、
こめかみ辺りに手を遣る仕草をした。
「その街には転移門が有る。
当然、聖域教会の管轄だ。
だけど、問題はそこじゃない。
今や、
どの国も転移門を欲しがっている。
聖域教会の支配から解かれた国々は、
教会の管轄だった転移門を、
自分達の領地のものだと次々に主張しまくってる」
「じゃあ、そこの転移門も?」
「拠点にしている街だから信者もとても多い。
だから未だ、
そこにはしっかりと聖域教会が根を張っているから、
今は誰のものと云う訳でも無い。
だけど誰もが、
いつしかは自分達のものになると思っている。
なのに、
そこに突然、
何者かが割って入って来て、横取りされちまった」
「横取りしたのは誰なんですか?」
「……聞いて驚くなよ?
最初に報告を受けた時には、
僕は自分の読みの甘さを呪ったよ。
彼女達の行動に、
もう少し眼を遣っておくべきだった。
街を襲った一群の統率者は、
『指切り姫』と名乗ったそうだ」
「え?ヤエファが?」
「ヤエファがだ。
イファルを出て何処へ向かったのか知らないけど、
その街に義妹達を引き連れて突然現れて、
あっという間に街を占拠してしまったらしい。
鬼火の妹がイファルと協力関係にあるのは、
周知されてしまってたからなぁ。
……僕が自慢したからなんだけど」
「……。一体どうしたんだろう?」
「わからないな。
……それで、同盟を組む予定だった南方の国や、
他の国からも抗議の連絡が鳴り止まないって寸法だ。
同盟を申し出たイファルが、
同盟で無く、
自分達を支配下に置くために、
よからぬ事を謀っている、
だから、
先んじて抜け駆けをしたんだってな。
非常にマズい。
そういう訳で、
今の状況じゃ、
イファルからの使者を南方に送るのは難しい」
「えー」
「頼むよスイ、ただでさえ僕の面子は潰れかかってる」
「くだらん」
それまで黙っていた、
クジンが唐突に口を挟んだ。
「聖域教会の喰い物にされていた弱者が、
形勢が逆転した途端に都合良く、
自己の利益の為に不平不満を並べたとて、
そんなもの無視すれば良い。
仮にも此処は大国イファルだろう?
聖域教会を倒した後に、
そんな連中に足元を掬われない為にも、
どちらが上なのかをハッキリさせておくべきだ」
「簡単に言ってくれるよ……」
「スイ。飛翔魔法は使えないのか?
門が使えないなら、
自分の足で行けば良い」
「ちょ……、ちょっと待て!
勝手に決められたら困る!
此処の王は僕なんだぜ!?」
「陛下、確かに俺達は、
イファルと同盟を組むと約束をしたが、
貴方の言いなりになるとは言っていないし、
俺に命令する権限の有る上司は世界に一人だけだ。
ましてや、
国同士のゴタゴタなんぞ俺には興味が無い。
だが、
肩を並べて同盟を組む者同士として、
腑抜けた姿勢ばかり見せられいては、
俺としては些か不安になるんでな」
「……随分と好き放題言ってくれるな?」
ラオは声を低くし、
クジンを睨みつける様な視線を彼に送った。
普段、飄々としていて、
掴み所の無い雰囲気を醸し出しているラオが、
あまり見せる事は無い、
本当に珍しい表情だった。
「当然だ。
国と国との下らん問題に巻き込まれて堪るか。
俺は魔法使いだぞ?」
「……。国家に所属しない、
はぐれの魔法使いの集団が、
無法者の集まりだってんなら、
それはそれで問題なんだぜ?」
「それが脅しなら、
俺には通用しないから止めておいた方が良い。
俺たちの事が気に喰わないなら同盟は解消だ」
「ストーーーップ!!
あのさーー……、何イラついてんのさ?
内輪揉めしてる場合じゃなくね?」
ユンタが二人の間に割って入り、
呆れた様子で言った。
しかし、
そのユンタも、
いつもと変わらない調子には見せているが、
身体中の隅々の、
至るところにまで魔力は漲らされていて、
何か有れば二人を叩きのめすのも辞さない様子だった。
ゆらゆらとさせている、
ツヤの良い尾の毛は、
一つ残らず逆立っている様にも見えた。
彼女も明らかに不機嫌だった。
「んで? 次は指切り姫の討伐?」
ユンタの声には抑揚が無かった。
「……流石にそれは避けたい」
「つーーことは、その話も出てるって事だね」
「……大人しくはしていたけど、
数十年前までの彼女の悪名を考慮すれば、
そういう考えを持つ者が出てくるのも、
致し方が無い事は分かって欲しいな。
それに怒らないでくれよ?
君の妹分だ、
この話を聞いて、
良い気分がしないのは承知している。
だけど、
ありのままを伝えると、
今はそういう状況だ」
「……ま、いーーや」
「ユンタ。僕は最悪の結果にならないように、
尽力するつもりだからさ。信じて欲しい」
「別に疑ってねーーよ。
それにヤエファが蒔いた種だろ?
もう餓鬼じゃねーーんだ。
そん時ゃ自分でケジメとんだろ」
ユンタは、キッパリと言い切ると、
踵を返して謁見の間を出て行った。
「ユンタ。待って」
スイが、ユンタの後を追って行き、
小さな声でユンタに何かを囁くと、
ユンタは顔俯けて、少し悲しげな表情を浮かながら、
スイの言葉に黙って耳を傾けている様子だった。
「な……、何か、皆イライラしてるッス……」
◆◆
不安そうな顔をしたロロに、
シンヒが声をかけた。
「まあ無理もないだろうねぇ。
中々、思惑通りに事が進まない時ってのは、
頭で分かっていたって、
大なり小なりのストレスを感じるもんさね」
「フッ……!
まだまだ皆、未熟なんだな!
その点イツカは冷静沈着だ」
「そうなのかい?でも、あんたも、
このままじゃラロカにゃ戻れなくないかねぇ?」
「え?何でだ?」
「話聞いてなかったみたいだねぇ?」
「どうしてだ?イツカはラオとの約束を守ってるぞ?
まだ帰ったらダメなのか?」
「今の情勢で、
イファルの置かれた立場から考えると、
転移者であるイツカさんが、
ラロカに戻られるとなると、
今度は、
緊張したイファルの国内から、
新たな批判を産んでしまうかもしれませんね。
……すみません、私としては、
ラロカに戻れる様にお手伝いしたいのですが……」
「……ひどいんだな!!
勝手に連れて来ておいて、約束を破るなんて!!」
「すみませんすみません……!!
でも、もう少しだけ我慢していただければ、
必ず私がラロカへ帰してさしあげますから!!」
「絶対だな!? 約束だぞ!?」
「そんなにシャオを虐めたらいけないよ?」
「虐めてなんかないんだな!!」
「イツカをイファルに連れて来た時期が悪かったね。
考えてもごらん?
指切り姫に、中央の精霊術師、
獣巫女、白銀、
それに、天恵者で転移者の魔書使いだ。
同盟が平等な立場の下で、
執り行われるものだと考えてる連中からすりゃ、
イファルには、
余りにも名の知れた戦力が集まり過ぎてる。
バランスってもんを見たら、
どうしたって歪すぎるのさ」
◆◆◆
「それでも、このままと云う訳にはいかないよね」
自室に戻ったユンタを見送ったスイが、
謁見の間に戻ると、
そう言って口にした。
「正直に言うと、
国と国との間の事は、わたしもあまり、
興味は無いし、
イファルとラオ様が、
信頼の様なものを失ってしまったとしても、
冷たい言い方だけど、
一体何をどうしたら最善の策なのかは、
わたしには、よくわからないんだ。
ラオ様がお喋りなのが、
状況が悪化した原因な気もするし」
「スイ……。僕は、
お前のそういうとこも好きだよ……」
「でも、
イファルにはシャオや、
クアイおじさん、カヤおばさんが住んでる。
わたしにとって、
とても大切な人たちが暮らす、
大事な場所だ。
イファルの為に、
わたしは何かするべきなんだと思ってる」
「スイッッッ……!!!!!!」
シャオが感動のあまり、
身体を震わせながら、
そのまま泣き崩れた。
「先刻、ユンタと相談してみたんだ。
多分、皆が考えているよりも、
わたしもユンタも冷静だと思う。
それを踏まえて聞いて欲しいんだけど、
コトハさんが、
この世界に戻って来ているなら、
やっぱり、
わたしはどうしても逢いに行きたい。
でも、
皆で行くにしろ、人数を絞ったにしろ、
わたしたちがパーティーを組めば、
どうしても、
人目につきすぎてしまうかも知れない。
だから、
よく考えてみて結論を出してみたよ」
「……それで一体、どうするつもりなんだい?」
ラオが恐る恐る、
スイの様子を伺いながら訊ねた。
「ラロカには、わたし一人で行くよ」
「…………ん?」
思わず誰もが、そう聞き返した後、
長い長い沈黙が、
その場所にしっかりと訪れていた。
◆◆◆◆
♪Wurts 『ふたり計画』




