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リンカーネイトリンカーネイトリンカーネイト  作者: にがつのふつか
第五章 『ワールドエンドプレイヤーズ』
174/237

『幕間、イセカイ、様々な事情。』

※とても不定期に更新してます!



表紙に何も印刷されていない、

何冊もの重厚な書籍や、

纏められてすらいない紙の書類が、

所狭しと並べられ、

雑多に積み上げられた一組の机の椅子に腰を掛けて、

一人の魔族(アメビックス)は忌々しそうな、

行き場の無い苛立ちの浮かぶ表情で、

何度も舌打ちをしていた。


コトハとリクを追尾している、

使い魔からの映像と音声の内容について、

彼は大いに不満を持ち、

それを腹立たしく思っている様子だった。


「私の名前を軽々しく出すなと言っているのに……!

中央の魔女(コトハ)め……!

どこまでも私を虚仮にしてくれる……!!」


純粋な力比べでは、

コトハに敵う事が無いのは解っていたが、

それでも、

アメビックスは、

魔族としての威厳や誇りが、

自分よりも下だと認識している人間によって、

容易く踏みつけられ、侮辱されていると感じて、

魔族の持つ、

尊大で傲慢な彼のプライドをひどく傷つけていた。


「糞がッ!! 

人間如きが、魔族を侮って、優位に立つつもりか!?

摂理に反する、醜い生き物め!!

人間など、我々の食い物になるくらいしか、

生きる価値など無かったと云うのに……!!

()()()

忌々しい加護など与えおって!!」


アメビックスは、

小さな灯りしか点いていない、

薄暗い書斎で、

一人、悪態を吐き続けた。


「中央の魔女だけでも厄介だと云うのに……、

あの小僧(リク)でさえ、

魔族()を出し抜く様な能力を持っていただと?

ふざけるな!!

在ってはならない!!

世界とはバランスだ!!

丁寧に整えられた下地の上にこそ成り立つ、

計算された調和の事だ!!

それを乱す事など、

誰が望む!?

誰であろうと、

赦される事では無いだろう!?」


アメビックスは牙を剥き出し、

怒鳴り散らしていた。

その瞳は紅く、

複雑な紋様が浮かび上がっている。


額の少し上あたりから伸びる二本の角は、

禍々しく歪曲していて、

アメビックスの怒りに合わせて、

小刻みに震えていた。


「荒れてるな」


アメビックスの他には、

誰も居ない筈の書斎に、

彼以外の人物の声が唐突に聞こえた。


「誰だ!?」


「大きな声出すなよ。()()


「……(リンイェ)? どうして君が?

どうやって此処に入った?」


人間にとっては、

気の遠くなる年月をかけて、

アメビックスが研究を重ねて編み出した、

独自の空間拡張魔法。


彼の工房(ブティック)には、

それによって産み出された無数の空間が広がっており、

各空間の移動はアメビックスと、

アメビックスが許可した者にしか許されていない。


それは魔力と術式に因る、

魔法の行使力によって行われている。


術式の解読や破壊が行われてしまえば、

意味を成す事はないが、

彼の知る、

彼がリンイェと呼ぶ女には、

それほどの魔力は備わってはいない筈だった。


今現在、

アメビックスの目の前に居る女が、

彼の知る女と同一人物であったなら。


「……君は誰だ? リンイェでは無いな?」


「当然それはそうだろうよ。

この娘の姿をしてやったのはな、

お前に対する、せめてもの気遣いだ」


「気遣いだと?」


「そうさ。

ご自慢の空間拡張をアッサリと破られて、

急に目の前に現れたのが知らない奴だった時の、

お前の心情なんて汲み取ってやれないかもしれない」


「……貴様、何者だ?」


「気に病む事は無い。

それに、危害を加えに来た訳じゃないから、

心配もしなくて良い」


「それなら、一体此処に何の用があったのだ?

私は、この書斎に他人を迎え入れる事は好まない」


「魔族ってのは、

長い時間を生きる癖に、

何故か話を端的に理解しようとして、

無闇に結論を急ぐんだよな」


「当然だ。

君の様な礼を欠いた侵入者に、

時間を割く必要が無いからだ」


アメビックスの語気は、

熱の高い怒りを孕んでいたが、

威嚇をしながらも、

相手の出方を伺う冷静さは、

未だ失われていなかった。


「止めておいた方が良いと思うけどな」


「どういう意味だ?

君が私に勝てるとでも?

……見たところ、術式に対応する技術は高そうだが、

魔力自体は大した事は無さそうに見える。

君こそ、魔族を舐めない方が良い」


「技術。

それは、アメビックス、

お前も一緒だ。

技師が通り名だったか?

特異な術式の構築と、

それを発動させる装置の開発に長けている。

だけど、

研究と称して、

こんな穴ぐらに篭っているばかりじゃ、

魔族と云えど、身体は鈍るんじゃないか?」


「穴ぐらだと?

貴様に何が分かる?」


アメビックスの様相には、

既に明らかな殺意が浮かび上がっている。


「分からんさ。

その必要が無いからだ。

お前は技術と言ったけど、

俺には術式の事なんて、よく解らない」


「嘘を吐くな。

ならば何故、多重に入り組ませた、

私の空間経路を突破出来たのだ?」


「それを俺がお前に教えてやる必要があるか?

結論を急ぐなよ、アメビックス」


「それに何故、私の名前を知っている?

何者なんだ貴様は」


「やれやれ。もう少し、

対話に応じてくれるものかと思っていたんだけどな。

俺は、お前の名前を知ってるさ。

結論を急ぐ、お前の為に理由を教えてやるよ。

リロクから、お前の事は聞いている」


「リロク?

……貴様、本当に何者なんだ?

向こう(異世界)から来たのか?

リロクの手先か?

……それとも、まさか本人では無いだろうな?」


「顔色が変わったな?

リロクの言った通りだな。

だけど、俺はリロクの手先じゃない。

それに、リロクでもない。

ビジネスパートナーの様なもんさ。

俺が、リロクからお前の話を聞いて、

此処に来たのは、

お前にも、俺の仕事を手伝って貰おうと思ったからさ」


「ビジネスパートナーだと?

話が全く見えない」


「まあ、協力してくれると言うなら、

それは追々説明してやるよ」


「……私がそれを断ったら?」


「別にどうもしやしない。

()()()()()()()()()()()()()()()()

この穴ぐらで暮らすだけさ」


「……」


アメビックスは何も言わずに、

彼の歯軋りの音だけが僅かに聞こえた。


「そうそう。

リロクからの伝言だがな、

『逆らわなければ殺しはしないから安心しろ』

だとさ。

魔族同士のいざこざは俺にはわからんが、

まあ、俺もリロクと同じ意見だ。

それに、お前と、お前のこの工房の技術に、

俺は用事がある」


アメビックスは返答せず、

椅子に倒れ込むようにして、

深く腰を沈めた。


「残念だが俺が何もせずに帰ったとしても、

お前の防護策だった拡張魔法の解き方は、

もう判ってしまった。

俺はリロクにそれを教えてやらないといけない。

そうしたら、

リロクは直接、お前に会いにくるだろうな?

ちなみにだが、

俺が戻らない場合も、

結果は変わらない。

アメビックス、

長い逃亡生活も、もう終わりだ。

それでも、少しは楽になれたんじゃないかと、

俺は思うんだけどな」


「……貴様は一体」


アメビックスは項垂れて、

力の無い声で、そう訊ねた。


「俺の名前か?

……なんだっけかな。

まあ、

俺の名前になんて、大して意味は無いさ。

……だが、

俺自身はそれを苦しく思っている。

恐ろしい事だぜ?

何せ俺は、

自分の事を思い出せない事を、

思い出せないんだからな?

アメビックス。

俺はお前をリロクの恐怖から解放して、

楽にしてやれる。

お前も、

俺を苦しみから解放して、

楽にしてくれるよな?」 


コトハの友人でもある、

悠の姿をした声の主は、

アメビックスにそう言った。


それはひどく平坦で、

容易い事を気安く頼む様な、

とても軽やかな口調だった。


◆◆


♪ハチ 『パンダヒーロー』

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