『鍵、或いは。』
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「どうじゃ?
何ぞ、有益な情報が有るかの?
ま。何せ、聖域教会の司教様じゃ。
お前が、その辺りの事情を、
いっそも知らんと云うことは無かろ?」
ヤエファは、不穏な足音を潜めながら、
獲物を仕留める補食者の様に、
イズナにそう言って訊いた。
「それは……」
イズナは何かを口にしかけたが、
直ぐに口を接ぐんで、
それ以上は何も言わなかった。
「口を割らんつもりかの?
健気なもんじゃが、わっちには大して意味が無いけ」
「実際のところ、お前が、
ネイジンでリロクに会った時って、
どんな感じだったんだ?」
「うーん。どうだったと言われてもな。
僕がネイジンで、
調査隊のパーティーと行動をしている時に、
突然、襲撃を受けたからね。
彼が教会に所属していたかどうかは、
正直なところ、わからない。
だけど、
ネイジン周辺で魔族が単体で活動する事は難しい。
北方の魔族は、
その殆どが聖域教会に滅ぼされたらしいから」
「ま。教会の命を受けて、
コトハを狙った暗殺者と云うところじゃろ。
魔族の中には人間臭い者も居る。
教会と手を組んで利を得ようとする者も居るじゃろな」
「ちょっと待てよ……、ていう事は……」
「調査隊への協力要請を名目に、
僕をネイジンに誘き寄せて、
始末するつもりだったのだろう」
「マジかよ……! その所為で、
お前とアイツは離ればなれに……」
「ま。その目論見も当たらずも遠からずじゃの。
コトハと戦り合うんなら、
教会の戦力の殆ど失っとっても、おかしくは無いけ。
そのリロク云うのが、どれほどの者かはわからんが、
単体でコトハに挑む様な奴じゃ、
名前を聞いた事は無いが、小物じゃ無かろうし、
能力の相性で、
コトハに勝てる勝算が在ったんじゃろな」
「鋭いね」
「でなけりゃ、
お前が七年も行方を晦ますなんて事にゃならんけ」
「なかなか厄介な能力の持ち主でね。
だけど、今度は敗ける事は無いだろう。
なにせ、ナツメくんが居る。
そして、リロクを倒した暁には、
ナツメくんも、
聖域教会に狙われる立場になってしまうね」
「スキルの発動妨害か。
ま。わっちの兄貴を倒したんも、
リクちゃんの能力在っての事じゃしの。
大抵の相手に敗ける事は無かろ」
「その通り」
「ほじゃけど。油断は禁物じゃ。
この女も確かに強いが、
お前たちが二人で組んで、
手こずる様な相手じゃあるまい」
「手厳しいね」
「コトハにゃ、この指切り姫が、
手も足も出んかったんじゃ。
こげな相手に、してやられとったんじゃ、
わっちは面白う無い。
リロクとか云う魔族の件で懲りんさい。
コトハの能力でも、
相性次第じゃ足元を掬われる云うことじゃ。
少し手を抜く癖が有るんを、
早めに見直す事じゃ」
「反論が出来ない」
「ほいじゃ、この話は終わりじゃ。
コトハとリクちゃんは、
イファルに戻って、スイちゃんたちと合流したら良え。
いまいち、及び腰に思えるイファル王も、
中央の魔女が戻ったなら、
ようやく肝を据えるじゃろ。
聖域教会と正面から戦り合える」
「七年間も留守にしていたら、
世界の様相は随分と変わってしまうものなんだね」
「大概の事は、そういうもんじゃ。
何じゃ?まさか怖じ気づいたかの?」
「まさか。
聖域教会を真っ向から叩き潰して良いんだ。
僕としては願ったり叶ったりさ」
「この世で、その台詞が一番似合うのはお前じゃの」
「ナツメくんに掛けられている、
アメビックスの呪いを解かないといけないしね。
聖域教会とリロクが繋がっているなら、
戦わない理由が無い」
「アメビックス。其奴も魔族かの?」
「うん。ニホンに転移して来ていた魔族だよ」
「世界間の転移を、ニホン人以外が出来るん?」
「詳しい事は解らないけど、
どうやらそうらしいね。
少なくとも、
魔族の間では、既に確立された技術みたいだよ」
「ふうん。魔族に知り合いなんぞ居らんから、
事情は分からんが、
概ね、いけ好かん連中だと云うことにゃ、
代わり無いの」
「因みに、ヤエファは魔族と戦った事はあるのかい?」
「有る。西方に居った時にの」
「じゃあ、彼らの遣り口を把握しているんだね」
「強いて言うなら、
とんでもない自己中心主義と云うことかの。
わっちが見た事有るのは、
どいつも似たり寄ったりな連中じゃ」
「僕も同意見だ。
今、ナツメくんには、
命を脅かす、魔族の呪縛が掛けられている。
訳有って契約を結ばされているから、
その魔族には逆らえない。
リロクを倒す事で、呪縛は解除される」
「先刻から気になっておったが、
見慣れん、その使い魔は魔族のものじゃの。
ご丁寧に監視付きか」
ヤエファが、
リクとコトハの周りを離れない、
アメビックスの使い魔を指差した。
「僕は魔族を狡猾で残忍な生き物だと思っている。
だけど、それと同じくらいに卑屈で臆病だとも。
彼らは、とてもまだるっこしいんだ。
何度か魔族と戦った事があるけど、
彼ら、或いは彼女らは、
正面から戦うと云う発想が無い。
如何に強大な力を持っていたとしても、
自分の手を汚したがらない」
「同意見じゃの」
「だから、彼らは概ね尊大な態度の割には、
そそっかしく、油断しがちだ。
今、アメビックスにはお返しに、
自分の呪縛魔法を模倣された呪いがかけられている。
とても笑えるだろう?」
「成る程の。リクちゃんか。
自分の能力の使い途を把握したんじゃの。
ほんの、この間まで頼り無かったのに。
これじゃから、転移者云うものは計り知れん」
「そうさ。
僕は転移者と云うものは、
この世界にとっての重要な何かなんだと思っている。
停滞して、混濁する水の流れを、
正常なものへと、
戻す、或いは変化させていくものだと。
中でも、
ナツメくんは鍵だ。
異能揃いの、この世界の中でも、
彼の能力は特別に異彩を放っているからね」
「それはまた、随分と高く買っておるの?
模倣系の能力者は、他にも居るじゃろ?」
「確かに居る。
だけれど、彼の能力は只、模倣すると云うだけでは無い、
他に何かもっと凄まじいものを感じないかい?」
「妨害スキルの事かの?……まあ、言われてみれば、
かなり特殊な立ち位置だとは思うがの」
「……愚かな!
我々、転移者の能力は、
世界の均衡と調和を構築する為に授かったものだ……、
転移者は……、その為に力を行使すべき欠片で在り、
部品に過ぎない……。
貴様の言う、停滞や変化など、
大いなる意思への、浅はかな反発に過ぎない……、
世界が指し示す正しき標への反発など、
矮小で醜悪な悪でしか無い、
それは、
決して望んではならないものだ……」
コトハは、
未だヤエファの椅子と化しているイズナが、
苦しそうに悪態を吐く姿に、
ゆっくりと視線を遣った。
「君が何を言っているのか、
僕には、よく理解が出来ない。
善悪の判断を、僕が間違えているのだとしたら、
君の指摘通りなのだろうね。
どちらが正しい事なんてのは、
僕には、よくわからない。
ただ、
僕は知りたい。
転移者、魔法、表裏で存在する世界線、
奇妙なもので成り立っている、
どこまでも歪な巨大な存在。
それを成立させているのが、
君の言う大いなる意思なのか、
女神なのか、
或いはもっと別のものか、
僕の知らない何かを、
僕は知りたい。
唯一、
それに近づき、触れる事が出来るのだとしたら、
その真理への鍵の使い途を知っているのは、
僕の知り得る限りでは、
きっと、
世界の果てで祈りを捧げ続ける、
君たちだ」
◆◆
♪じん 『チルドレンレコード』




