『再会を祝すのだ。』
※大体、金曜日か土曜日に更新してます!
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イズナは虚ろな表情をしていたが、
時間が少しずつ経つ度に、
混濁としていた意識は幾らか元に戻り、
自分を見下ろすヤエファの顔も認識は出来ていたが、
身体は絶望的な程に重たく、
起き上がる事がどうしても出来なかった。
ヤエファが自分に向けて、
何かを語りかけて来ている事はわかったが、
言葉の詳細を理解する事は出来ず、
集中して聞き取ろうとする事も儘ならない程に、
自分の身体が酷く疲弊、
或いは重大な損壊を受けているのだと知った。
朦朧とした彼女の意識は、
ようやくそれだけを理解すると、
再び泥の中に沈み込む様に閉ざされようとした。
「ほれ司教様。目を覚ましんさい」
ヤエファがそう言いながら、
イズナの頬を指で軽く突いた。
「……一体……、私に、何をした……?」
生気の無い掠れた声だった。
「身体が言う事を聞かんじゃろ?
たまげるくらいに強烈な幻覚を、
一秒の間に脳ミソに何百と刷り込む幻術じゃ。
体感では、わからんかったじゃろが。
お前の脳ミソは今、
多すぎる情報を処理しきれんくなっとる」
「私が幻術如きでやられるものか」
イズナはそう口にしたかったが、
パクパクと口を僅かに動かせただけで、
声にはならなかった。
「ま。勿論、只の幻覚じゃないけ。
お前が眼を背けたくなる程、
心底、恐ろしいと感じとるものを、
抵抗出来んまま、
無理矢理に脳裏に焼き付けられたんじゃ。
発狂したとしても、おかしくは無いけの」
「随分と手荒な事だね」
コトハが茶化す様に言った。
「あのまんま続けとれば殺られとったんは、
わっちの方じゃけ。正当防衛じゃ」
「昔、君と戦った時にも、
こんなに恐ろしい魔法を使ってきたのかい?
思い返したらゾッとするんだけど」
「何を言うとるんじゃ。お前にゃ、
いっそも通用せんかったけの。
それにしても。
この女、油断しとった云う訳じゃ無いんじゃろうがの、
えらい、
すんなりと術にかかってくれたもんじゃ」
「ナツメくんが、
呪縛魔法やスキル妨害を何度か、
彼女に使用していたからじゃないかな。
簡単に解除はしていたけれど、
魔力が何度も体内に入って来て、
君の術にかかりやすい下地が、
出来上がっていたのかも知れないね。
彼の魔力は、とても異質なものだから」
「リクちゃんが呪縛魔法?
へえ。そりゃ見んうちに成長したもんじゃの」
「彼は一体何者なんだろう?」
「そりゃ、わっちが訊きたい。
お前と同じ転移者じゃ。
何故、転移者云うものは、
誰も彼もがバケモノじみとるんじゃ?」
「バケモノなんて酷いな」
「わっちらを、
この世界の者はバケモノと呼んで腫れ物扱いじゃが、
お前達の方がよっぽどじゃと、
わっちは思うがの」
「僕に言われても。
でも、僕やイズナをバケモノと呼ぶのなら、
イズナを倒してしまったヤエファも、
立派なバケモノだよ」
「ふふん。何せコトハの危機じゃったけ。
それを救おうと云う、わっちの愛の力じゃ」
「何でそうなるの?よく解らない」
「追い詰められりゃ、鼠も猫を噛むっちう事じゃの」
「僕には君が追い詰められた様には思えなかった」
「そりゃ買い被り過ぎじゃ。
わっちはユン姉みたいに一対一で戦るんは向いとらん。
こう見えても幼気な女じゃ」
「これほど迄に強い君のどこを見て、
僕はそう思えば良いのだろう」
「いけずじゃの」
「ところで」
コトハはそこで一旦、言葉を切った。
「君は此処で何をしていたのだろう?
偶然、通りかかったにしては余りにも、
僕達に都合が良過ぎる」
「そういう事は往々にして在るもんじゃ。
ま。勿論わっちも、
物見遊山で此処に居った訳では無いがの」
「何か目的が有ったんだね」
「久しぶりに逢うたのに冷たいの」
「冷たくしてる訳じゃないよ。
それに助けてもらって、君には感謝している」
「わっちの魔力を感知せんかったのを、
不審に思うとるんじゃろ?
コトハくらいに眼も鼻も効くんなら、
当然の疑問じゃ」
「まあ、そうだね」
「この街にゃ便利なもんが有ったけ、
丁度、良えくらいに利用させてもらったんじゃ」
「転移門を?
この街は今、厳戒体制に在ると聞いていたけれど、
よそ者に簡単に使わせてくれたのかい?」
「ま。そこはそれ。
わっちにゃ幻術があるけ。
姿を偽るのにゃ苦労はせん」
「それに。
城壁の向こうが妙に静かだ。
責任者らしきイズナが倒されて、
かなり騒がしかった筈なのに、
増援が来る様子がまるで無い。
この街の兵隊では無さそうな人が何人か居るけれど、
君の連れかな?」
「気づいとったか。
街の者は皆、動けん様にしてある。
中に居るんは、わっちの義妹らじゃ」
「やっぱり、
君と此処で出逢ったのは偶然では無さそうだね」
「亜人ちう者は、鼻が効くからの。
訝しむ気持ちも解るが、
惚れとった女に、ようやく出逢えたんじゃ。
運命の再会に感動しよる、
わっちの気持ちも汲んで欲しいの」
「わかったよ。
僕も君の事は大切な友人だと思ってる。
助けてくれてありがとう、ヤエファ。
僕もまた君に逢えて嬉しいよ」
「……。
相変わらず、わっちの調子を簡単に狂わしてくれる。
こげに惚れてしもうたんも、
わっちの気の迷いじゃ無さそうじゃの」
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