『悪意の威。』
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片方の眉を上げて、
わざとらしく意地の悪そうな表情を作ってみせて、
ヤエファはイズナに啖呵を切った。
それは、
どこかイズナをおちょくる様な言い方に聞こえ、
実際、ヤエファはイズナを挑発するつもりだった。
イズナは一見、
ガラが悪そうだが、
何故か優雅に感じられる、ヤエファの美貌と所作に、
一時、心を奪われる様にして見惚れてしまっていた。
「その服、
聖域教会の者じゃの。
……顔の造形は悪うは無いが、
いかんせん好みにゃ合わんの。
わっちは女にゃ甘いが、
教会の人間で、しかも好みでも無いけ、容赦はせん」
ヤエファは言葉の節々に、
物騒な雰囲気を込めてはいたが、
歌でも唄う様にして軽やかに言った。
イズナは何故だか言葉に詰まり、
その原因が好みでは無いと言われた事だと気づくのに数秒かかった。
「ど……、どういう意味だ!?
それに、貴様、何者だ!?
この者達の仲間か!?」
「やれんの。
ほいじゃけ、
わっちはコトハの旦那じゃと言うたがの?」
「だ……、旦那!?
コトハ、貴様、結婚していたのか!?
それに、どういう事だ!?
この人は女性だろう!?
まさか……、じょ……、女性同士だと云うのか!?」
「僕は結婚はしているけど、男性と結婚しているよ。
ヤエファは僕の旦那様では無い」
「な……!?
一体どういう事だ!? 遊びだというのか!?」
「嘘じゃろ。コトハ、結婚してしもうたんかの?
外見はいっそも変わっとらんが、
大人になったんじゃの。
ところで、何じゃ?その髪の色は?」
「え?変かな?僕はとても気に入ってるんだけど」
「おかしな事は無い。
コトハは顔が良えけ。
どげでも似合う」
「それはどうも。君は相変わらずだね」
「久しぶりに逢うたと云うのに釣れんの。
それにしても、
こげところで何をしとるんかの?
それに、リクちゃんと一緒に居る。
どういう状況じゃ?」
イズナの一撃で失神しているリクを指差して、ヤエファがそう訊ねた。
「ヤエファはナツメくんと面識があるんだね」
「ついぞ、この間まで一緒に居ったけ。
突然、行方が判らん様になったと思うたら、
コトハと一緒に居る。
こげな事、偶然にゃ起こらんけ。
何より、スイちゃん達に報せてやらんとの」
「僕の聞いた話だと、
君はスイ達のパーティーと一緒に居たと思うんだけど。
スイもこの辺りに来てるのかい?」
表情の変化に乏しいが、
それでもコトハは少し嬉しそうな様子で訊いた。
「うんにゃ。今は一緒には居らん。
動いてなけりゃ、未だイファルに皆おるじゃろ」
「そうか。残念だ」
「コトハ。一体何処に居ったんかの?
スイちゃんは、お前に逢いたがっとったぞ?」
「それを説明するには、
とても長い時間が必要になるよ」
「構わん。わっちもコトハに逢いたかったんじゃ。
まだ幼かったお前と初めて逢うてから、
お前がどんだけ、わっちの心を絡め取って、
虜にし続けた事か。
人間の寿命は短くて儚いが、
時を経ても相変わらず、お前は美しい」
「私が構うが!?」
ヤエファの艶かしい色のついた様な甘い台詞に、
自分が言われている訳では無いと分かっていながらも、
イズナは明らかに動揺してしまい、
思いの外、
大きな声でヤエファの言葉を遮ってしまった。
「何じゃ。良えところじゃったのに。
見た目通りの野暮な女じゃの」
ヤエファはクスクスと嗤いながら、
イズナの方を向いた。
「だ……、黙れ!!
貴様!! まず名を名乗れ!!
我が名はイズナ!!
聖域教会南方司教のイズナだ!!」
「おうおうおう。
どこをどう切り取っても野暮ったい餓鬼じゃが、
威勢は良えの。
わっちの名前はヤエファじゃ。
司教さんよ。
事の顛末は、わっちには判らんが、
すんなり解放してくれる気は無さそうじゃの?」
「無論だろうが!! ヤエファ!!
貴様の不遜な言動の数々、
聖域教会への冒涜と見なす!!」
「クスクス。
堪に障ったんなら許してくれの?
わっちゃ、どうにも女にちょっかいかける性分じゃけ」
「ふ……、ふしだらな!!
貴様、誑かす類いの魔族ではあるまいな!?」
「アハハ。
わっちの姿をよう見てみんさい。
どっからどう見ても亜人じゃろ?
お前さんは亜人を見るのは初めてなんかの?」
「お……、お前では無い!! イズナだ!!」
「何じゃ。名前で呼んでくれと云うんか。
それならそうと、きちんとおねだりをせにゃいけんの」
「おねだりだと!?」
「そうじゃ。イズナと呼んでくださいと言うてみ?
可愛くお願い出来りゃ聞いちゃらん事も無い」
「ば……、馬鹿にしているのか貴様!?」
「馬鹿にしちゃおらんよ。
生意気な餓鬼が可愛くおねだりする様を見たいだけじゃ♪」
「馬鹿にしてるじゃないか!?」
「クスクス……」
ヤエファは意地の悪そうな表情で笑っている。
突然現れた得体の知れない亜人の女に、
好き放題に言われて、
イズナは腹立たしい気持ちで一杯だったのだが、
何故だが巧く言い返す事が出来ずにいた。
この女に逆らってはいけない。
自分の実力に絶対的な自信を持っているイズナだったが、敵を侮る事は決してはしなかった。
臆病や謙遜では無く、戦闘に於いて、
冷静に相手の力量を推し量る事に、
イズナは重きを置いていた。
ヤエファの見せる余裕は、
虚仮威しの類いでも、慢心から産まれる愚かな策でも無い。
「見たところ、
この世界の人間とは違う様じゃの?
飼い犬からの情報にゃ入っとらんかった。イヌが思ったより使い物にならんのが判ったの。
残念じゃ」
そう話すヤエファの魔力が先程とは比べ物にならない程に膨れ上がっているのを感知し、
イズナの背筋には冷たい汗が滴る様にして這い、
彼女は悪寒に近い身震いを抑える事が出来なかった。
そして、
魔力だけでは無く、
ちらつかされた悪意が、
あざといまでに、自分にすり寄って来ているのを察した。
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読んでくれてありがとうございます!
今日のBGMは沙花叉クロヱさんのP.E.T.でしたー
最高過ぎるんじゃが




