『バスタードチョコレートメルトダウンスタビライザー。』
※不定期更新中です!
◆
魔力の炎を纏った兵隊達が、
イズナの号令に合わせて規則正しく身体の炎を揺らし、
女神の名を叫びながらコトハとリクに再び斬りかかった。
コトハはリクを守る様に、
詠唱をして風の如く駆けると、
周囲の兵隊達の、
炎が発現していない身体の部位を即座に見分け、
軽く触れる様にして回った。
コトハに触れられた兵隊達は、
圧縮された少量の魔力を身体に流し込まれ、
小さく悲鳴を上げると次々に気を失って倒れて行った。
コトハの一連の動きは、
日本でリロクの使い魔達と戦闘した時とは、
比べものにならない程に流麗で、鮮やかだった。
リクはコトハの戦闘に見惚れてしまいそうになりながらも、自分に槍を突き立てようと突進してくる兵隊を躱した。
しかし、上手く躱せた様な気がしたが、
僅かに上着が焦げてしまっている。
リクは匂いと火の気配に慌てて、
焦げた箇所を手で払った。
「今のよりも、もう半分くらい身体を傾けると良いよ。
魔力を纏った武器だからね、
視認出来ないとしても、
そこに炎が在るとイメージをするんだ」
コトハがそう言いながら、
後方から奇襲を仕掛けた兵隊の攻撃を避けた後には、
あっという間に三人の兵隊が地面に突っ伏していた。
「わ……、わかった!!」
リクの背後から斧を振り上げた大柄な兵隊の横っ腹を、
コトハが素早く移動して蹴り飛ばした。
プロレスラーの様な体躯の男が、
コトハの華奢な脚で蹴られて、
まるで重さの無い紙のように吹き飛んで行った。
部屋着の短いショートパンツから伸びる、
色素の薄いコトハの真っ白な脚。
「今のは脚に衝撃波を産む魔法を纏わせていたんだよ。
そうすると僕みたいな非力な奴でも、
こんな大男を蹴り倒せる」
コトハの解説が入ったが、
リクの耳にきちんと入っていたかは定かでは無かった。
リクが以前から思っていた事だが、
コトハの脚は美しかった。
リクの視線が自分の脚に行っている事に気づくと、
コトハはリクをゲシゲシと爪先で突ついた。
「やめて! 言い訳くらいさせて!?」
「話を聞く時くらい、
エッチな考えを止める事は出来ないのかい?
こういうのは見えてても見ないのがマナーだ」
「だ……、大体お前がそんな短いの履いてるからだろ!」
「そんなの痴漢の発想だ」
二人がやりとりしている間に、
のろのろとした遅い動作だったが、
打ち倒した筈の兵隊達が次々と起き上がって来ていた。
「未だ生きてるぞ!?」
「殺してないんだから当たり前だよ。
それでも、普通の人間なら動けなくなるくらいのダメージは与えた筈だ」
兵隊達は気を失っている様子もなく、
各々が武器を手に取り、再び二人に襲いかかろうと周りを取り囲み始めていた。
「どうする……?『妨害』で能力を封じるか?」
「いや。未だやめておこう。
能力を封じたとしても、
イズナの迅さに僕達はついていけない」
「お前の能力でもか?」
「スピードだけなら、
あんなに迅い相手と出会した事が無いね。
僕の能力は相手の姿を認識出来ないと意味が無いから」
「まずいじゃん」
「君の『妨害』で能力を封じて叩くパターンが、
通じない時もあると云う事だよ。
それに君のスキルレンタルも、
あの手から放つ光が相手を照らさないとだろうから、
イズナの動きを止める必要がある」
「どうやって?」
「彼女が操作魔法を発動している間は、
縮地魔法が使えない可能性を狙うか、或いは」
「或いは?」
「僕の考えた君の必殺技で、動きを止めざるを得なくさせるかだ」
「へ?俺の必殺技?」
「君もなんとなく判るんじゃないかな?
自分の能力の使い方を把握し始めているし、
君は僕が思うに器用だ」
「そんな勝手に……」
◆◆
「フッ……!
ハァーッハッハッハ!!!
中央の魔女だか何だか知らないが、
私が炎を灯した兵士達は決して倒れる事は無い!!
その身が朽ち果てるまで、
女神の大いなる意志に従い、
神の尖兵として殉ずるのだ!!」
「勝手な事を。ナツメくん。
よく見ておくんだね。
これがこの世界の聖域教会って連中さ。
利己的で他者の尊厳や、
生命を踏みにじる事に一切の躊躇を持たない。
腐敗しきっている」
「黙れ。貴様には到底理解出来まい。
女神の大いなる意志に自己を捧げる事こそが、
我らと女神を繋ぐ唯一の絆なのだ。
そして、その絆こそが、
女神が我らに与えて下さるであろう、
絶対的な救済と成る」
「気持ち悪い」
熱弁するイズナに向かって、
ポツリとコトハが呟いた。
「なッッ!? 貴様!?
女神への侮辱は許さんぞ!!?」
「女神を侮辱しているんじゃない。
君達の事を軽蔑しているんだ」
「同じ事だが!?」
その間に、ゆらゆらとした動きをしながら、
操られた兵隊達が二人をすっかり取り囲んだ状態で、
イズナの号令を待った。
「フッ……!
まあ良い!! 女神と教会への不敬の罪、
今ここで断罪してやろう!!
この南方司教イズナがな!!」
「この兵隊達を殺してしまったら、
それはまたそれで罪だと言われるんだろうね」
「当然だ。
我らは女神の使いだぞ?
言語道断だ」
「君達の尺度の罪なんて、
僕にはどうだって良いんだけどさ」
そして、
コトハは手にしたビニール袋から板チョコをひとつ取り出して、包み紙を剥がすと、
慈しむ様な眼でそれを眺めた。
リクにはその表情が少しだけ物悲しそうなものにも見えた。
「それでも、僕だって彼女に恩義を感じていないわけじゃない」
「彼女だと?
まるで女神と知り合いかのような言い種だな?」
イズナが突っかかる様に言い返した。
「君と僕とでは少し彼女の存在の捉え方が、違うのかも知れない。
話していてよく解る。違和感に近い」
「……何を言っているのかよくわからないのだが」
「転移者といっても、
君と僕とでは違う部分があると云う事さ」
「……戯言を!!」
イズナが眼を見開いてそう言った瞬間、
コトハは手にしたチョコレートを手で砕くと、
撒くようにして空中に放り投げた。
───チョコレートに魔力の熱を込めて。
熱されたチョコレートは、上手い具合に溶けながら空中で回転し、スプリンクラーの様になって、
放射線状に撒き散らされた。
小雨の様な粒のチョコレートが、
甘い匂いを辺りいっぱいに拡げていった。
それはコトハ達の周囲を取り囲んだ兵隊達の顔に飛び散ると、甘い匂いにつられてか、
兵隊達は口の周りについたチョコレートを思わず舌で舐めてしまっていた。
「何のつもりだ?
向こうの世界のチョコレート?
ふん。
蟻でも集らすつもりか?」
「口にしたね?」
コトハはそう言って、リクに目配せをした。
「さあ、ナツメくん。
君の出番だ。君なら、
僕の魔力の付着したチョコレートの跡を辿って、
術式を施せる筈だ」
コトハの言っていた、
必殺技というのはこれのことだったのか。
リクはようやく全てを理解する事が出来た。
そして、無力だと思っていた自分が、
唯一この状況で出来る事は?
と考えていた事と一致していた事実が、
とても嬉しく思えた。
答え合わせは既に終わっているのだ。
コトハはリクと意思の疎通が完了が出来たのを確認すると、短く笑った。
そして、よく通る声で、
その名を発した。
自分が勝手に考えた、リクの技のその名を。
───『バスタードチョコレートメルトダウンスタビライザー!!!』
「……ちょ、ちょっと待て!? なんかダサくない!?」
既に術式を発動させながら、リクが叫んだ。
呪縛魔法に因って、
兵隊達はその場に縫い付けられる様にして動けなくなった。
「何を言っているんだ?
めちゃくちゃにかっこいいじゃないか?」
コトハはリクの抗議を全く意に介さずに、
満足そうにそう言って笑っていた。
◆◆◆




