『尖兵と化す。』
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コトハは事実を述べただけのつもりだった。
殺す必要が有るなら殺す、
それだけの事だったが、
コトハの一言で押し黙ってしまった兵隊達にとって、
その発言が底知れない恐怖を与えるものであった事はリクにも理解出来た。
長い付き合いでは無いが、
決断の早さや、それに対する迷いの無さについての、
コトハの性格は大体わかっているつもりだった。
十中八九、コトハは警告通りに事を実行するだろう。
周りの兵隊達も同じ事を思っていた。
それは彼らにとって、
最も悪い結末である事に違いなかった。
「イ……、イズナ様……!
この場は一旦退きましょう……。我々では、
貴女を助ける事が出来ません……」
一人の兵隊がようやく口を開いて、
苦しそうにそう言った。
同調する様にして、
他の兵隊達も皆頷いている。
「お前達の助けは別にいらん。
しかし、何故そこまで怯える?
そこまでお前達を弱腰にさせる、
中央の魔女とは一体何だ?」
「七年前に姿を消したとされる、
転移してきた魔法使いの通り名です……。
余多の悪名高い魔法使いや魔族を、
たった一人で葬り去り、
その余りに強大過ぎた力を恐れられ、
別世界へと封印されたと言われております……」
兵隊達はその名を口にすると途端に激しく震え上がり、
甲冑が揺れて擦れる金属音が断続的に続いた。
「魔女が葬った者達の中には、
太古の昔から世界に存在し、
人々を苦しめ続けた伝説級の魔族や、
大魔法使いの称号を得ていた者達も……」
「封印なんてされてないよ」
コトハは淡々とした口調で訂正した。
「人の事を化け物みたいな表現で伝えないでくれないかな?」
「だ……、黙れ魔女!!
貴様の力は立派な化け物だ!!」
「そうだ!
殺した魔法使いや魔族を喰ってしまったと聞いた事もあるぞ!!」
「えー?誰がそんな事を言っているのさ?」
コトハが呆れた顔で聞き返した。
「貴様の力は常軌を逸脱している!!
魔法使いや魔族を喰って更に力を得たに違いない!!」
「聖域教会に裁かれるべき存在だ!
忌むべき者だ!!」
「僕は別に気にしないけど、
君達はもう少し考える力を養った方が良い。
君達の中の誰か一人でも、
僕が魔法使いや魔族を喰ってる姿を見たことがあるのかい?」
「貴様は魔女だ! そうに決まっている!」
「そうだ! 見なくともわかる! 当然の事だ!!」
先刻まで怯えていた兵隊達に、
次々に罵倒されながらも、
コトハは怒るわけでも、悲しむわけでも、
特に何か感じている様子も無く、
とてもアッサリとした態度だった。
それに対して、
リクは兵隊達に苛立ちを露にした。
「おい!
お前ら好き勝手に適当な事言ってんじゃねえ!」
リクが怒りの声をあげた。
彼の真剣な様子に面食らったのは、
他の誰でもないコトハだった。
「ナツメくん。僕は気にしてないよ。
好き勝手言われるのは慣れてる」
「そんな事に慣れんな!! こんな連中に、
好き勝手言わせるなよ!!」
「そんなに怒らないでよ。ごめん……」
リクの剣幕に驚き、少しだけ、
ションボリとした様子でボソボソとコトハが謝った。
コトハのその様子に、少し罪悪感を抱きながらも、
リクは何故か無性に苛立つ気持ちが沸き上がる事を抑え切れなかった。
多少、自分の能力を扱える様にはなったが、
まだ無力である事は自覚している。
リク一人では、
この状況をどうにかする事は未だ出来ないのだ。
それが殊更に、リクの感情を激しい方向へと揺さぶり続けた。
───パタパタパタパタ……。
その時、リクの肩に飛んで来たウーたんが停まった。
魂を縛る契約で、
リクと結びつけられたアメビックスの使い魔。
リクの行動を監視する為だけの存在で、
特に何かをするわけでもない。
ウーたんの、名前の由来でもある、
カワウソに少し似た顔を見ると、
何だかリクは拍子抜けしてしまった様な気になったが、
何処か遠くから自分を観察する様な感覚の中で、
或る思考が彼の中で芽生え始めていた。
「見ろ! 男も使い魔を連れてやがる!
こいつらは魔族だ!!」
「女神よ!! どうか我らに救いを与え給え!!」
「悪しき者どもを滅ぼし給え!!」
狂った様に兵隊達が口々にそう叫び出すのを、
コトハは呆れた顔で眺めていた。
どこか上の空で、他人事の様に。
「魔女の次は魔族か。一体、君達の教義と云うのはどうなっているんだろう?」
「フッ……!
実にこの世界にとって必要で、正しい事だ」
「なるほど。アレは君の能力か」
「その通り」
イズナはそう言った瞬間、
僅かな間だったが爆発的な魔力の増加を見せ、
コトハが反応する速度を振り切って、
彼女の視界から消え去った。
コトハが次にイズナの姿を視ることが出来た時には、
彼女は再び城壁の上からコトハ達を見下ろしていた。
「詰めが甘かったな。光の様な迅さなら、
貴様は私の姿を捉えられないと言ったな」
イズナは勝ち誇った顔つきでそう言った。
「な……!? なんだよアイツ!?
めっちゃ迅かったぞ!?」
リクにはイズナの姿を捉える事は全く出来ず、
スキルの発動のタイミングを逃した。
「局所転移魔法か、或いは、それに似た何かか。
ナツメくん。どちらにしろ気をつけてくれ。
僕の知らない術式だし、
僕は彼女の動きを眼で追えなかった」
コトハがリクにそう告げただけで、
身体が強張る程に緊張し、
イズナの存在が、ただ事では無いことは理解出来た。
「今のがアイツの能力……?」
リクはそう言って、再び構えを取った。
「フッ……!
残念ながら、それは違う。
今のは局所転移の急所を全てカバーした新しい魔法だ。
局所転移は転移先に自分の像を映し出さなければならないが、
私の『縮地魔法』は眼の届く範囲、
それに加え自分が想像し得る距離ならば、
術式の発動だけで瞬時に移動が出来るのだ!!」
「それだけでなく、移動速度が尋常では無いね。
僕は君から視線を外していなかった。
それにも関わらず、全く対応が出来なかった」
「フッ……!
これこそ、天に選ばれし祝福を与えられた者の、
魔法の新しい境地だ。
コトハ、貴様が如何に強い魔法使いであろうと、
祝音の真意を認識出来ていないのならば、
私に勝ち目など無いぞ!!」
「君の方こそ、ただ迅いだけで僕に勝てるとは思わない方が良い」
「縮地魔法だけが能力だと誰が言った?」
イズナの声に反応する様に、
兵隊達が狂った様相で雄叫びを上げながらコトハに次々と斬りかかった。
コトハの能力にとって、
兵隊達の動きなど停まっているに等しい速度だったが、
先ほどまでは無かった違和感が引っ掛かった。
兵隊達の武器が、魔力を帯びて炎を発しているのだ。
(武器に魔力を付与させている。
全員が揃って魔法剣士?そんな馬鹿な事は無いか)
「これこそが、私の真の能力……!!
彼らの内に潜む、
正しき心を聖なる刃に換え、
悪を切り裂く力を与えてやるのだ!!」
「人を操る魔法」
「フッ……!
人聞きの悪い言い方をするものだ。
彼らは今、聖戦の名誉ある尖兵と化した。
闇より出でし、邪教の民草よ……!
我が戦士達の剣の前に、
卑しき己の魂を呪い、懺悔の中、滅ぶべし!!」
───『鬨の焔!!』
兵隊達の眼から光は既に失われていたが、
彼らの誰もが歓喜に満ち足りた様な表情を浮かべ、
次々に身体から魔力の炎を発現させている。
もはや正気を保った人の姿には見えなかった。
「さあ!!
我が同胞達よ!!
貴様達を導くのは女神の大いなる意志のみだ!!
我が声を聞け!!
さすれば加護と幸福に守護されし、
我らが女神の聖域へと、
貴様達の魂は誘われるだろう!!」
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読んでくれてありがとうございます!
ガクッと投稿ペースが落ちましたが、
気長に待っててくれたら嬉しいです!
ちなみに次回の更新も未定です……!
脳内BGMはP丸様のMOTTAIでしたー




