『先を急ぐ。』
◆
「ナツメくん」
コトハに名前を呼び掛けられて、
リクは直ぐ様に自分のやるべき事の判断が出来た。
イズナの視線はコトハにだけ向けられていて、
完全に自分を意識から外している事を、
リクは既に確認していた。
(めっちゃ舐められてる。
でも、それで良いんだ! 油断しやがれ!!)
───『技能賃貸!!』
リクの右手から放たれた光が、
イズナ目掛けて照射される。
イズナは眼を庇う様に腕で光を遮ったが、
イズナの腕が上がろうとした、その刹那には既に、
コトハは彼女の背後に回って、
白く細い指をイズナの首元に微かに触れさせていた。
「まるで魔力を感じなかったから気にも留めなかったが、どうやら只の目眩ましと云う訳では無さそうだな」
イズナはゆっくりと上げた腕を下ろそうとしたが、
それを制する様に、
コトハが首に触れた指に力を込めた。
「スキルを発動しようとしたのに出来なかった。
リクとかいったな?一体何をした?」
「教える訳ないだろ」
スキルを発動する構えのまま、リクはそう言った。
相変わらず、
相手のスキル発動を妨害する能力は完璧だった。
しかし、
その代償では無く、レベル差に因るものであるのだが、
本来の能力である、
スキルのレンタルには失敗している。
(でも、これで良いんだ)
リクは自分の役目を全うしようと、
イズナが少しでも動けば再びスキルレンタルを発動して、能力を封じるつもりだった。
───『派生スキル“解析”を取得しました』
突然、第一の声がリクに告げた。
(え?)
───『スキルのレンタルには失敗しましたが、
対象のスキルの解析を一部分のみ行えました』
(マジかよ! 新しい能力!)
───『今後、
スキルレンタル発動時に自動で解析を行います』
(ちょっと待て。一部分のみって言ったよな?)
───『スキルの経験値が不足しています』
(今、解析出来た部分だけでも良い。教えてくれ)
───『了解。属性は不明。
解析時に検知した魔力値3240。
初動の数値の為、更なる上昇が見込まれます。
おそらく攻撃型の能力と推測出来ますが、
効果、範囲共に不明』
(……よくわからん!)
───『現段階での解析は以上です』
ナビゲーターとリクが意識内でやり取りをしているのを、イズナは訝しげな表情で眺めていた。
「何をブツブツ言っているのだ?」
「彼には彼の能力の事情がある。
ところで、この状況ではもう僕達の勝ちって事で良いかな?」
コトハはイズナの首を捉えたままで尋ねた。
「イズナ様! おのれ貴様ら!」
兵隊達は怒号を上げながら周囲を取り囲んでいるが、
誰一人として、コトハがイズナの背後を取る姿を眼で捉える事は出来ていなかった為、
少なからず兵隊達には恐怖心が植え付けられていた。
「下手に動かない方が良い」
コトハは兵隊達の方を見向きもせずに言った。
おそらくコトハの指がイズナの首に触れている、
このゼロ距離ではイズナはきっと助からないだろう。
兵隊達は足踏みをする様に、
その場に立ち竦む他なかった。
「コトハ。貴様、一体何者なのだ?」
その中で、イズナだけは冷静だった。
自分の実力に余程の自信があるのか、
それとも形勢逆転の策があるのかは、
コトハには測りかねた。
「君と同じ転移者さ」
「祝音の存在を知らずして、
私をここまで追い込むとはな。
リクに気を取られたとは云え、
私は接近する貴様にまるで対処が出来なかった」
「誉めてくれてありがとう」
「私は並みの天恵者程度には引けを取らない。それは私が天選者だからに他ならない。両者には大きく隔たりがある。
何故なら私はコードを授かっているからだ」
「そのコードとやらが、
一体君に何を与えるのだろうね?」
「フッ……! 私が貴様にそれを教える義理は無い!」
「別に良いんだけどさ」
「それよりも、私の質問が先だ。
貴様は一体何者なのだ?只の転移者ではあるまい」
「僕の事を、この世界は中央の魔女と呼んでいる」
コトハがその名を口にした瞬間、
兵隊達は大きくどよめき、
ある者は取り乱し、ある者は顔から血の気が失せ、
蒼白い死人の様な表情になっていった。
「中央の魔女……。悪いが、私はその名を知らない」
イズナだけが、一切動じる事無く、
彼女が本当にその名前を知らない事が伝わってきた。
「僕がこの世界でそう呼ばれていたのは、
七年も前だから、その後に君が転移してきたのなら、
知らなくても当然だよ」
「どういう事だ?」
「僕は十四年前にこの世界に転移してきて、
七年前に一度、元の世界に戻った。
それから再び、こちら側に転移した」
「世界間を往き来しただと?馬鹿な事を」
「でも事実だから仕方ない」
そして、コトハはリクの方を向くと、
彼の眼をじっと見つめて言った。
「ナツメくん。いつでもスキルが発動出来るように、
そのままでいてくれ。
彼女はどうも往生際が悪いみたいだ。
目を離す事はとても危険だ。
……やれやれ。またチョコが溶けちゃう」
コトハは悲しげな表情だった。
「イズナ。
結論から言うと、
もしも君が光の様な迅さで移動出来るのだとしたら、
僕は君の姿を捉えきれないかも知れない。
だとすれば、僕は君をここで殺さなくてはいけない。
悪いけど、先を急ぐんだ。
君が選んでくれ。
降参するか、それともここで僕に殺されるか」
単なる脅しではない、
コトハがイズナに告げた事は、
ただ、そこにあるであろう当たり前の事実だけだった。
◆◆
読んでくれてありがとうございます!
明日からですが、
諸事情が重なって重なって、
投稿が滞ると思います……!すみません!
時間見つけて無事に書けたら載せようと思うので、
呆れずに見てくれたらとっても嬉しいです!




