『指される。』
◆
イズナは、
迷わず城壁から飛び降りてアッサリと着地すると、
かなりの高さがあったにも関わらず、
何事も無かった様にコトハとリクに歩み寄って来た。
スラリとして背の高い、
長い黒髪を後ろで一つに纏めて、
健康的な肌の色をした女だった。
少し短めの前髪の下から、
太い眉毛が覗いている。
おそらく二十代くらいだろうが、
リクの感じたイズナへの印象は、
“何か弓道部っぽい”だった。
イズナのハキハキとした喋り方と、
背筋をきちっと伸ばした佇まいがとても清々しく、
キリッとした顔立ちの美人な事もあって、
リクは何となくイズナの存在に気圧されてしまっていた。
まるで長年付き合った友人の様に、
笑顔を絶やさず、
気さくに話掛けてくる態度には何の裏表も無く、
根が引っ込み思案なリクに対して、
この僅かな間にも関わらず少しだけ苦手意識を植え付けた。
「二人とも随分と若いのだな。君達は夫婦か恋人か?」
イズナはそう尋ねた。
「違うよ。君の方こそ、凄く若く見えるけれど、
聖域教会の司教様なんだね」
「無礼者めが! イズナ様!
この者達は得体が知れませぬ故、
お近づきにならぬように!」
先刻よりも殺気だった兵隊達が、
今度はイズナを守る様にしてコトハとリクに武器を構えている。
「フッ……!
心配はいらない。お前達の方こそ離れていろ。
男の方は解らないが、この女は只者では無いぞ」
イズナは兵隊達に向けてそう言った。
「名は何という?」
「僕の名前はコトハ。こっちの子はリク」
「コトハ……。その名、憶えておこう。
すまないが、先程も言った通り、
この街を通り抜ける事は出来ない。
かといって、それを理由に暴れられても困る。
怪我人を出したくは無い。
今すぐに立ち去ってくれたまえ」
イズナは相変わらずキリッとした調子でそう告げた。
「警備態勢を引き上げていると言っていたね。
何か事情があるんだろう。わかった。
それじゃ」
コトハはそう言って、踵を返すと、
イズナ達に背中を向けてさっさと歩き出してしまった。
「ま……、待て待て待て!?」
イズナはコトハのアッサリした対応に、
面食らい、思わず前のめりに転げそうになっていた。
「え?なに?」
「いやいやいや、こういう時は普通、
喰い下がるものだろう!?
散々煽られて、昂るものを感じないのか!?」
「君が通るなと言ったんじゃないか」
「それはそうだけど!!
この場合はそういう意味では無くて、
戦いを盛り上げる為の言い回しだろう!?
私の登場が台無しだ!!」
「僕と戦いたかったの?悪いけど、先を急ぐんだ」
「君には闘志と云うものは無いのか!?」
「そんな事言われても」
何だか様子がおかしいぞ、とリクは思った。
イズナは聖域教会の者らしいが、
リクの抱いていた教会へのイメージとは随分違っていた。
「卑怯だぞ!」
「僕が?何でさ?」
「私は妄言で翻弄して、
油断と隙を付け狙う作戦だろう!?
私はそんなものには屈しない!!」
「どう捉えてもらっても構わないけどさ」
「認めた!? 認めたな!?
この卑怯者め!!
偉大なる女神の加護の下、
この南方司教イズナが成敗してくれる!!」
「君の情緒はどうなっているんだ」
「さあ! 何処からでもかかってこい!!」
「イズナ様、それも困ります……。
去ると言っているので、
このまま行かせた方がよろしいかと……」
兵隊達も困惑し、ざわつき出していた。
「フッ……!
案ずるな!!
我ら聖域教会は、大いなる女神の意思の下、
悪しきを打ち砕きし光の刃と化す!!
お前達に訪れし常闇の深淵を、
今こそ、このイズナが見事切り裂いて見せようぞ!!」
「ナツメくん。どうしよう。
全然話が噛み合わない」
「俺に言われても……」
「フッ……!
コトハよ!
いかにお前が凶暴かつ凶悪な魔法使いだったとしても、
私は決してお前に打ち勝って見せる!!」
「要するにさ、僕と戦いたいんだね?
例えばさ、
戦って君に勝ったら、この場を通してくれるかい?」
「クッ……!! 卑劣な提案を……!!」
「意味がわからない。君はなかなか面倒くさいヤツだな」
「だが良いだろう!!
貴様のその提案を呑んでやる!!」
「良いんだ」
「イズナ様……。さすがにそれはマズイかと……」
「どうしてだ? まさか貴様、
このイズナが、こんな輩に負けるとでも?」
「いえ……、そうではありませんが……」
イズナに詰め寄られた兵隊は、
しどろもどろになりながら返答した。
「それならやってやろうじゃないか。
どっからでもかかってこい。この眉毛」
「なッ!!? 眉毛は関係ないだろう!?
自分だってボカロみたいな髪色してるくせに!!」
「やっぱり」
コトハにそう言われて、
イズナはハッと我にかえっていた。
「君さ、
こっちの世界の人間じゃないだろう?」
そう指摘されると、イズナはわなわなと震え出し、
何か反論をしようとしながら、
泳ぐ視線を必死に堪えている様に見えた。
「間違いないね。僕達と同じ転移者だ」
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