『中央の魔女曰く。』
◆
「ふむ。大体の事情は判ったよ。
ハン君とかいったかな?」
コトハは腕組みをして、
ラロカの外交官であるハンから、
イファルの特使達がクゼナイに来て、
転移魔法で、
また突然何処かへ消えてしまったと云う話を聞いていた。
「は……、はい!!」
ハンはすっかり萎縮してしまっている。
突然、
飛翔魔法で空から現れたコトハとリクを警戒する様子だったが、コトハが自分の名を名乗り、
“中央の魔女”だと知ると、
態度を一変させて、
経緯の顛末を事細かに話し尽くしていた。
「イファルの特使の中に、スイと云う女の子は居たかな?
黒髪で、金色の瞳をしている娘だ」
「居ました! 特使様方を率いてらっしゃいました!」
「なんて事だ。とんだ入れ違いだ」
「どこ行っちゃったんだろうな?」
「わからないね」
コトハはとても残念そうにしている。
クゼナイに近づくにつれて、
感知した魔力の詳細が判明していて、
それがスイやユンタ達のものだと知った時、
コトハは見たことの無い様な嬉しそうな顔をしていた。
「イファルから送られて来たんだから、
普通に考えたらイファルに戻ったんだとは思うけど」
コトハは独り言の様にそう呟いた。
「飛翔魔法で行くにしてはイファルは少し遠すぎる。
ハン君。
ここからイファルに繋がっているゲートは無いかな?」
「ございます!!
……ですが、
交易時の移動に限り、
使用を許可されているものでして……。
国王の認可等が必要なのです……、
当然、イファル側の許可も必要でして……」
ハンが本当に申し訳無さそうに言った。
「その認可っていうのは、
了承を得るのに時間が掛かるのかな?」
「各所の手続きの書類等の製作もありますので……、
早くとも、一週間は掛かるかと……」
「それじゃ遅すぎるね。さすがに飛んで行った方が迅い」
「誠に申し訳ございません……」
コトハはクゼナイの、
王宮の方角を確かめると、
陽射しに少し眩しそうに顔をしかめて、
リクの手を取った。
「直接行って、どうにかならないか一応訊いてみよう」
コトハはそう言って、大地を蹴り上げると、
空中を駆け上がる様にして、
あっという間に王宮の方へ向かって飛んで行ってしまった。
ハンや、周囲に居た人間はその様子に呆気を取られ、
もう姿の見えなくなったコトハとリクを、
見送っている様に、ただ、空を見上げていた。
◆◆
「やあ。ラロカ王。はじめまして。
僕の名前はコトハ。中央の魔女と呼ばれている。
突然だけど、貴方に少し訊きたい事がある」
一陣の風と共に、
突如として宮廷内に現れ、
そうやって名乗ったコトハに対して、
誰しもが驚きを隠せない様子であった。
「ちゅ……、中央の魔女!?
行方知れずになられていたと聞いていましたが、
何故、
我が国へいらっしゃったのでしょうか?」
ラロカ王が、
何とか混乱を振り払って、
ようやくそれだけを言う事が出来た。
「便利な通り名だ。
急いでいるので、悪いけど手短に済ませたい。
僕が此処に居る理由については割愛させてくれるかな。
イファルへと繋がっている転移門を使わせて貰いたい。
その為の許可が欲しい」
「イファルへの転移門ですか……。
それはまた、一体どんな御用向きで……」
「悪いけど、急いでいる。
結論だけ答えて貰えるかな?」
「お前そんな強引な……」
「だって急がないと、また行き違いになってしまうかも知れないじゃないか」
「そりゃ分かるけどな」
「どうかな?ラロカ王。
何も無理矢理にゲートを使うつもりは無いんだけれどね。
どうしても駄目なら諦める」
「コトハ様……、大変申し上げにくいのですが、
イファルへのゲートだけでは無く、
この国の転移門の使用許可については、
私の一存だけではどうにもならないのです」
「国王に決定権が無いと云うのも、
随分厳しい取り決めがあるんだね」
「お恥ずかしながら、我が国は一度、
魔族の脅威に晒されております。
魔族は転移魔法に精通している者が多く、
過去に転移門を利用され、多大な被害を受けました。
それ以来、転移門は厳重な警備と複雑な認可を必要とするものと決めてしまったのです」
「複雑な認可と云うのも、おそらく術式の掛けられた、
文章や印が必要なんだろうね。
魔族が簡単に入り込めない様にする為に」
「その通りです」
「わかった。それなら諦めよう。
行こう、ナツメくん」
コトハはそう言うとあっさり引き上げてしまった。
「僕の飛翔魔法で、
多分三日はかからないくらいだと思うんだけれどね。
君の魔力が持たないと思うから、
時々、休憩を入れたとして……、
結局のところ、四、五日は必要かも知れないね」
コトハはウーたんの頭を、
指先で撫でながら言った。
かなりの速度の飛翔魔法で移動していたが、
契約でリクに付与されているウーたんは、
コトハとリクにしっかりついて来ていた。
「一応聞いておくけど、
ただ待ってるだけじゃ駄目なんだよな?」
「そうだね。
勿論、僕が早くスイに逢いたいって云うのが大きいけど。
チョコも溶けちゃう」
「やっぱりか」
ラロカは気温が高いので、
付け焼き刃だとは思うけど、と言って、
コトハは凍結魔法を掛けた、
チョコレートの入った袋を掲げて見せた。
「君はスイに逢いたくないの?」
「いや……、そりゃ逢いたいけど……」
「それにさ、この国にリロクは居ない」
「え?」
「ナツメくん。
僕も一応、君に聞いておくけど、
君の居たスイ達のパーティーに、
魔族のメンバーは居なかったんだよね?」
「は!? いや、居なかったけど……?」
「なるほど。
それならやっぱり、今すぐイファルに向かおう」
「ちょちょ……、ちょっと待て、どういう事だ?」
「スイ達のパーティーの中に、
魔族が一人、人間のふりをして紛れ混んでいる。
巧妙に隠してはいたけど、
残滓から読み取れたのは間違い無く魔族の魔力だった」
「マジかよ……」
「君を日本に飛ばした後に、
何食わぬ顔をしてパーティーに参加していたんだろうね。
勿論、スイ達は気づいていない。
一度リロクと戦った僕でさえ、
物凄く注意深く観察しないと気づけなかった」
「お前よく気づいたな」
「アメビックスと接して気づかなかったかい?
魔族って云う種族は、
こちらが理解出来ない程に、
複雑に策を張り巡らす事が好きなんだよ。
姿形を変えていても、
一度姿を現したリロクがスイ達に何もせずに、
何処かへ行くのは変だと思っていたんだ」
「一応聞くけど、めっちゃヤバい状況なんだよな……?」
「リロクが何を考えているかは判らないけどね。
でも、
彼は魔族の中でも悪質な部類だ。
スイ達に危険が及ぶ前に、
手を打たないといけない」
「お前の事見たら逃げ出したりして」
「逃げるだろうね。
前も言ったけど、リロクは実体を持たない。
他人の意識を支配して寄生する様にして、
その存在を保っている。
だから、逃げられると非常に厄介だ」
「捕まえる作戦は?」
「ふふん。
リロクが君を飛ばしたのは何でだと思う?
多分、リロクは君の能力を何処かで見ていたんだ。
そして、
君の能力が自分にとっての脅威になると思った。
つまり……」
そして、答えをリクに言わせる為に
コトハはリクの顔を覗き込んだ。
「俺のスキル妨害で捕まえれるって事か?」
「その通り。
幾ら、リロクが他人に寄生出来るとしても、
それがスキルなら、
君の能力が有れば、
彼の実体を必ず捕らえる事が出来る。
リロクが君を警戒しているのが、
何よりの証拠だ」
「マジかよ……」
リクは何となく、
身体の底からフツフツと沸き上がる様な感覚に、
気分が高揚している。
「ナツメリクくん。誇るんだ。
中央の魔女と呼ばれて、この世界で恐れられている、
この僕が保証しよう。
君の存在は間違い無くこの世界にとって、
必要な救いを齎す事になるだろうと、
僕は思っている」
コトハはそう言って笑うと、
リクの手を握り、
飛翔魔法の詠唱を始めた。
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ナブナのウミユリ海底譚でした!




